予兆<16>
次の朝、琥珀が晴茂を揺すって起こした。
「晴茂様、何か来ます」
「分かってるよ」
晴茂は寝ていても気は外に向かって張り巡らせている。天后だな、六合も来たか。
「六合、天后か?」
晴茂のその声に二人が姿を現した。
「九尾はいたか?」
「はい、御栗山の中腹に、九尾の痕跡がありました」
六合が答えた。
「近いな」
「夔と異獣の気配はありません」
天后が付け足した。
「夔も異獣も、悪さをしない妖怪だ。妖気が薄いのも当然だな」
晴茂は、御栗山の方角、東の方を見て決意を言葉にした。
「今日は九尾を封じに行こう」
天后は、晴茂の後ろでかしこまっている琥珀をじろじろと見ている。あまりに天后が見るものだから、琥珀は顔を上げ、刺すような視線を天后に投げかけた。天后は、六合に言った。
「誰?この小娘」
「晴茂様の式神だろう」
天后は、その鋭い目線に、『この小娘は私に挑戦している』と感じた。
天后も小娘の容姿なのだが、琥珀を見下している。それは十二天将の天后としては当然の感情だ。同じ晴茂の式神ではあるが、無生物から造られた式神とは格が違う。晴茂は、六合と天后に琥珀を紹介した。
「僕の身の回りの世話をする式神だ。名前は琥珀と付けた」
天后は琥珀を見ながら『ふぅん、琥珀か』と、晴茂が何故にこんな式神を造ったのか合点が行かぬ表情をした。
「琥珀と申します。晴茂様の身の回りの世話を致します。晴茂様も色々とご事情があります故、晴茂様にご用の時は、まずわたくしにお知らせください」
琥珀は礼儀正しく頭を下げながら、あえて天后に向かって挑戦的な内容で名乗った。
天后は、この琥珀という式神に僅かな感情が備わっているのを訝った。
「用があるから来るんだからさ、わざわざあんたを通す必要があるの?」
天后は、『ふんっ!』とした表情で横を向いた。六合は琥珀と天后の様子を見比べていたが、もう笑いを堪える事ができない。
「はははは、六合と申す。晴茂様のことをよろしく頼みますぞ、琥珀殿」
天后は、そっぽを向いている。そして、晴茂に向かってこう言った。
「晴茂様。お世話なら、この天后がやります。なぜこんな…」
途中で、六合が遮った。
「これこれ、天后。おまえに晴茂様のお世話は出来んだろう。おまえは玄武と共に、水神で、しかも冬を司る天将だ」
「天后、琥珀とは仲良く頼むよ。おまえには僕の世話なんかより天后としての役目がある」
晴茂は、天后の琥珀に対する態度に戸惑いながら、そう言った。天后は、またまたそっぽを向いている。
「では、一時間後に御栗山で会おう」
そう晴茂が言うと、六合、天后は姿を消した。琥珀は、食事の用意を急いだ。
晴茂は、どうにも九尾の行動が読めなかった。晴茂が夔と異獣に出くわした時には、結界から妖怪が逃げ出したことを知られたと、九尾は分かったはずだ。そして、陰陽師の我々が九尾を探して動いていることも分かっているはずだ。それならば、九尾はもっと遠くへ逃げてもよさそうなものだ。
それなのに、結界があった場所から峰続きの隣の山に何故潜んでいるのだろう。何かこの近辺を離れられない理由があると言うのか。晴茂は、琥珀の用意した食事をしながら考えたが、分からない。結界の破り方といい、九尾の動きといい、これには何か奥の深い事情がありそうだ。




