予兆<15>
晴茂は、その後も一週間ほど山に籠った。朱雀も晴茂の先生としての役目を終え、晴茂の元には既にいない。時々は修行の場に行って安部晴明に呪術を聞く。六合に九尾の消息を追うように指示をしてある。そして、冬を司る天后にも探索を手伝うように指示をした。
晴茂は、九尾のキツネと対決しなければならない。初めて戦う妖怪にしては、九尾のキツネは大物過ぎる。知られている妖怪の中でも五指に入る強敵だ。もっと戦いの業を磨かねばならない。十二天将の持つ特技の中でも、六獣神の攻撃術は完全に会得しておく必要がある。晴茂が尋ねても、安部晴明は九尾との戦い方は教えてくれない。『必ず解決できる』と言うだけだ。
晴茂は、例の岩の頂に座り気を集中する。そして時々は山中を駆け巡り、十二天将の持つ業を試したりしている。今日は年末も押し迫った二十九日だ。あれから気候は一気に寒くなった。季節風が吹き、雪もちらついている。今年中には九尾を封じなければと考えている。
その日も暮れかかった時、晴茂は白虎の光線を試していた。気を静め念じると、右手の指先から青白い光線が出る。非常に鋭い光線だ。その光線は、しかし、まだ晴茂の気を一割も込めていない。それでも、光線が当たった枯葉は焼け焦げた色に変わった。晴茂は、「ふうっ」と息を吐くと気を込めて光線を向かいの岩に当てた。
光線の当たった部分から火が出た。そして火が消えると、岩はその部分が融け、穴が開いた。『まだ、白虎のようにはできないな』と思いつつ、その岩から目を離した時、赤くきらっと光るものが見えた。見ると岩の近くの崖の中で月明かりに光る石がある。晴茂は、その綺麗な石を土から掘り出した。月明かりにかざすと、光が透けて見える。『琥珀石だ』と晴茂は呟いた。
握ると手の中に納まる程の大きさだ。晴茂はその琥珀石を眺めながら、これを式神にしようと考えた。やはりこうして山の中で修行をしていると、身の回りの世話をしてくれる人が必要だ。特に、食べ物を山の中で調達するのは大変だ。いくら呪術が使えるとは言え、自分で作ったものをひとりで食べるのも味気ない。
左手に琥珀石を持ち、例によって右手の手の平に呪文を呟くと、ふっと息を琥珀石に飛ばした。琥珀石は綺麗に磨かれ本来の透き通った褐色が際立ち、そして『大』の字の人型になった。更に晴茂は呪文を唱え、人型となった琥珀石に生気を吹き込み『人間になれ!』と念じ、軽く琥珀石を投げて強力な呪術を放った。
琥珀石が落ちた場所に美しい女性が跪いて現れた。晴茂は、無生物に命を吹き込み人間を造ったのは初めてだったが、その式神を見て『あっ、いかんいかん』と目を外した。別に目をそらす必要はないのだが、彼女は眩しいほどの全裸だった。
全身の肌が透き通るような褐色をし、均整のとれた美しい身体だ。まさに琥珀石を人にすればこうなるだろうと思わせるような美しさだ。晴茂の理想を形にしたのだから、晴茂が見惚れるのも頷ける。なぜか晴茂は慌てて、近くにあった枯葉を呪文で服にして着せた。そして式神にこう言った。
「おまえは僕の式神だ。琥珀の石からおまえを造った。これからは、おまえを『琥珀』と呼ぶ。僕の側にいて身の回りの世話を引き受けてくれ。おまえは既に人間だ。そのように振る舞うようにしなさい」
ちょっと偉そうな言い方をしたなと晴茂は苦笑いをした。
「はい、晴茂様」
琥珀は頷いた。式神琥珀は、これから晴茂の近くに仕えることになった。琥珀は、肌の色が薄い琥珀色をしている。肩に触れながら背に届く長い髪の毛も琥珀色だ。そして、その瞳も琥珀色をしている。活発な若い娘が夏の太陽で肌を焼いた、そんな容姿だ。
女性として均整の取れた身体の琥珀は、晴茂よりやや背は低く、しなやかな長い四肢を見せていた。その容姿の所為でこの式神は活発なお転婆娘に見えた。いや、実際もかなりのお転婆のようだ。晴茂に答えながら、にこっとほほ笑んだ。では、食事の用意をしますと言うと、山の中へ消えた。




