予兆<14>
晴茂は、十二天将を呼び、それらの持つ術を見る必要があった。式神として操るには、それぞれの特徴を把握しなければならない。
「では、一番凶暴そうなのを呼ぼうか」
晴茂は小さく呪文を唱えた。
南東の空が赤く染まった。沢山の鬼火が集まってきた。その中央に小さな羽根の生えた赤い大蛇がいる。目は赤く鋭い。いかにも恐ろしそうな姿をしている。
「騰蛇か」
「そうだ」
「おまえの得意な業は何だ」
「すべてを焼き尽くす」
「では、これを焼いてみよ」
晴茂が近くの大きな岩に息を吹きかけると、岩は勢いよく飛び上がった。
騰蛇はそれを見て『ふんっ』と鼻で笑うと、口から火を吐いた。周りの鬼火も一斉に岩に群がった。一瞬の出来事だった。大きな岩が真っ赤に焼かれ、細かい灰となって谷底に舞い落ちていった。
「さすがだな、騰蛇」
「騰蛇の火は、朱雀の火より強い」
騰蛇は同じ火の化身として朱雀を挑発したが、朱雀は動じない。
「分かった、騰蛇。しかし、その姿では連れて歩けないな。何かに変身できるか」
騰蛇は小さな赤い蛇に姿を変えた。周りで小さな鬼火も群れている。
「その鬼火は何とかできないか?」
そう言うと、騰蛇は鬼火を体内に入れた。この秘術が、焼き尽くせぬものがないという、騰蛇の紅蓮の業火だ。
「次は、勾陳を呼ぼう」
呪文を唱えると、勾陳が現れた。綺麗な金色の大蛇だ。
「うわっ、美しいな、勾陳」
「お呼びでしょうか」
「みんなに得意な業を聞いている。勾陳の業は?」
「地を揺るがし、地を割き、山を造り、山を弾けさせます」
「それはすごいな、では、あの遠くにある川を滝に変えてみよ」
すかさず朱雀が制止した。
「そんな事をすれば、人々が困りますぞ」
「あははは、そうだな。では、向うの岩を土で覆い隠せるか?」
勾陳は鎌首を持ち上げると、口から金色の気を吐いた。気は土に変わり、見る見るうちに岩を覆い尽くした。勾陳も金色の小さな蛇に姿を変え、晴茂の足元に並んだ。
次に呼び出されたのは、青龍だ。よく絵画に描かれているような龍だが、それ程大きくはない。全長三十メートル位だ。青龍と呼ばれるだけあって、全身は美しい青色の鱗で覆われている。目は突き刺さるように鋭い。青龍の業は、雷を呼び、稲妻を飛ばす。変身して小さなトカゲとなった。
白虎は、白い大きな虎だ。普通の虎の三倍はあろうかという体だ。爛々と輝く目から、鋭い光線を放ち、あらゆるものを溶かす業がある。一晩で空を千里を駆けるという。白猫に変身した。
そして、玄武。身体は黒い甲羅で覆われた亀、頭は龍となっている。玄武の甲羅はこの世で最も強い防御の盾になる。玄武も身体は大きい。水の術を使う。水は玄武の思い通りに動く。荒れ狂う海、川の氾濫、豪雨、そして台風。玄武が暴れ出せば止められる者はいない。唯一、四時の善神である大裳だけが、玄武を静める事ができる。小さな亀に姿を変えた。
「朱雀、おまえの番だ」
「私も業を示さねばなりませんか。私も火を使います。しかし、騰蛇のように野蛮な火ではありません」
「何が野蛮だ!」
赤い蛇から鬼火が飛び出してきた。
「まあ、待て待て。同じ火を司る天将なのに、仲が悪いなあ」
「これは失礼をしました。この翼で風を起こし、火を自在に操る事ができます」
「なる程、みんな強そうな天将だ。」
騰蛇と勾陳を除く四獣将は、東西南北の方角を各々守っている。北に玄武、南に朱雀、東に青龍、西に白虎だ。
さて、残るは六天将だが、これらは元々が人間なのだから、人の姿をしている。晴茂は、呪文を唱え五人の天将を呼び出した。
一番大きく壮健な身体をしているのが、六合。老将軍の姿をしている。将軍なのに平和を司るとは面白い。天后は、まだ若い女神だ。特に航海の安全についてはお手の物だ。安全を司る天将だ。太陰は、大人の女神で知恵者だ。太陰の智恵には誰もが感心する。太陰は常に酔っ払っているのだが、寝ぼけた顔で誤魔化している。大裳は文官らしく聡明な顔立ちの男性だ。そして、貴人。思っていたより背丈が小さい。大人か子供か分からない。また、男か女かも分からない。凛々しい顔立ちだ。貴人は、みんなを見渡せる所で、ひとり空中に浮いている。
「あ、そうだ、天空を忘れてる」
十二天将の中で七天将が凶将と言われ、荒くれ者である。凶将は、青龍、騰蛇、朱雀、勾陳、白虎、玄武、それに天空だ。そして凶将は獣の姿をしているのが普通だが、天空だけは人の姿をしている。そして、霧や黄砂を呼ぶ、暴れ者である。
土神の天空を静める役目は火神である。しかし、火神は獣神の騰蛇と朱雀なので、なかなか天空も従わない。土神に強い木神の六合が、力で天空を静めるのが常だ。しかし天空は、そもそもどのような生い立ち素性なのか、晴茂は知らない。呼び出した十一の天将に聞いてみた。
「天空は、何者なのか?知っているものはいるか?」
誰も知らない様子だ。六合が答えた。
「天空は暴れ者と言われていますが、時々羽目を外すだけだと思われます。天空は嘘ばかりついていると言われますが、他人を喜ばそうとしているだけです。元来は善神だと思います」
「そんなことはないぞ。天空には真実がない。信じるとひどい目に合う」
騰蛇が反論した。
「そうよ、あたしなんか随分騙されたわ。それに乱暴よ」
天后が加わった。
「天空は孤独なんだ。みんなと意気投合したいのじゃ。それが素直に表現できぬだけだ。分かってやれ」
六合が天空をかばって発言するのだが、それが又、みんなの反感を増長させる。
「天空は孫悟空ではないかと、私は感じています」
貴人が言った。
「何も確証はありませんが、天空が瀕死の重傷を負った時、私が天空の心を吸い取り立ち直らせた事があります。その時、天空の心の中に孫悟空を感じました」
晴茂は、天空に興味を持った。安倍晴明の式神である十二天将の中に、こんな得体の知れない者が紛れている。晴明の魂も、天空の多くを語らなかった。謎の多い天空だ。
晴茂は、天空を呼びだした。天空は、思ったより小柄だ。乱暴者には見えない。それに痩身の若者だ。晴茂と同年配に見える。顔は、猿に似ていると思えば、似ている。自分の身長ほどもあろうかという長尺の剣を手に持っている。
現れた途端に全員を挑戦的な目で眺めて、その長尺の剣で天后の尻を突っついた。
「きゃ、何するのよ!」
天后は身構えた。
「聞いていれば、あることないこと、俺の悪口を言っていたな」
「これ!天空!呼び出される前のことは分からんだろうに、嘘を吐くな。それに、晴茂様の前だ」
六合が天空をたしなめた。
「天空か」
晴茂が言った。
「そうだ」
「おまえの業が見たい」
「ほおぅ、業が見たい?じゃあ、俺の業でこの天后を懲らしめてやります」
天后は身構えながら、六合の後ろに隠れた。
水神である天后は、力や業では土神である天空に勝てない。それをいいことに天空は天后を何時もいじめている。同じ水神の玄武は、完璧な防御の術を使うので、いくら天空と言えども付け入る隙がない。
「こらっ!天空、いい加減にしろ」
六合が叱った。
「天空、向うの山の頂にある松の木をここから切り倒し、ここまで運べるかな」
晴茂が言った。
「おお、そんな事でいいのかい」
天空が剣を一閃すると、剣はするすると伸びて行き、遠くの山にある松の木を切り倒した。更に剣を天に向かって差し上げると、どこからともなく黄砂の突風が吹き、切り倒された松の木を巻き込んで運んできた。
天空の剣は孫悟空の如意棒のように伸び縮みするのだ。貴人が言うように天空は孫悟空かもしれないと晴茂は思った。
「へへん、朝飯前さ」
天空は無邪気に笑った。
晴茂は、これで十二天将の全員に会った訳だ。目を閉じて雑念を静め、それぞれの天将に気を送った。晴茂が最も強い気を送ったのは、貴人と天空だ。これらの二天将には御し難い何かが秘められている。そして、それが今後どのように展開するか、心配でもあり楽しみでもあった。
十二天将の業は、晴茂が式神として呼び出して指示をしなくても、気の中で晴茂自身の呪術として使う事ができるのだ。しかし、その意味でも、貴人と天空は他の天将と少し異なる。
晴茂は、貴人のように相手の心を吸い取って自分の中に取り込むことも、治癒することもできない。また、天空に関しては、天空の術を生んでいる天空剣を晴茂は持たない。晴茂は、自分の式神と言えどもこの二天将の業を、晴茂が自在に使う事はできない。そんな貴人と天空なのだ。




