表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
14/231

予兆<14>

 晴茂は、十二天将を呼び、それらの持つ術を見る必要があった。式神として操るには、それぞれの特徴を把握しなければならない。

「では、一番凶暴そうなのを呼ぼうか」

晴茂は小さく呪文を唱えた。


 南東の空が赤く染まった。沢山の鬼火が集まってきた。その中央に小さな羽根の生えた赤い大蛇がいる。目は赤く鋭い。いかにも恐ろしそうな姿をしている。

騰蛇(とうだ)か」

「そうだ」

「おまえの得意な(わざ)は何だ」

「すべてを焼き尽くす」

「では、これを焼いてみよ」

晴茂が近くの大きな岩に息を吹きかけると、岩は勢いよく飛び上がった。


騰蛇はそれを見て『ふんっ』と鼻で笑うと、口から火を吐いた。周りの鬼火も一斉に岩に群がった。一瞬の出来事だった。大きな岩が真っ赤に焼かれ、細かい灰となって谷底に舞い落ちていった。

「さすがだな、騰蛇」

「騰蛇の火は、朱雀の火より強い」


騰蛇は同じ火の化身として朱雀を挑発したが、朱雀は動じない。

「分かった、騰蛇。しかし、その姿では連れて歩けないな。何かに変身できるか」

騰蛇は小さな赤い蛇に姿を変えた。周りで小さな鬼火も群れている。

「その鬼火は何とかできないか?」

そう言うと、騰蛇は鬼火を体内に入れた。この秘術が、焼き尽くせぬものがないという、騰蛇の紅蓮(ぐれん)の業火だ。


「次は、勾陳(こうちん)を呼ぼう」

呪文を唱えると、勾陳が現れた。綺麗な金色の大蛇だ。

「うわっ、美しいな、勾陳」

「お呼びでしょうか」

「みんなに得意な(わざ)を聞いている。勾陳の業は?」

「地を揺るがし、地を割き、山を造り、山を弾けさせます」


「それはすごいな、では、あの遠くにある川を滝に変えてみよ」

すかさず朱雀が制止した。

「そんな事をすれば、人々が困りますぞ」

「あははは、そうだな。では、向うの岩を土で覆い隠せるか?」

勾陳は鎌首を持ち上げると、口から金色の気を吐いた。気は土に変わり、見る見るうちに岩を覆い尽くした。勾陳も金色の小さな蛇に姿を変え、晴茂の足元に並んだ。


次に呼び出されたのは、青龍(せいりゅう)だ。よく絵画に描かれているような龍だが、それ程大きくはない。全長三十メートル位だ。青龍と呼ばれるだけあって、全身は美しい青色の(うろこ)で覆われている。目は突き刺さるように鋭い。青龍の(わざ)は、雷を呼び、稲妻を飛ばす。変身して小さなトカゲとなった。


白虎(びゃっこ)は、白い大きな虎だ。普通の虎の三倍はあろうかという体だ。爛々(らんらん)と輝く目から、鋭い光線を放ち、あらゆるものを溶かす(わざ)がある。一晩で空を千里を駆けるという。白猫に変身した。


そして、玄武(げんぶ)。身体は黒い甲羅で覆われた亀、頭は龍となっている。玄武の甲羅はこの世で最も強い防御の盾になる。玄武も身体は大きい。水の術を使う。水は玄武の思い通りに動く。荒れ狂う海、川の氾濫、豪雨、そして台風。玄武が暴れ出せば止められる者はいない。唯一、四時の善神である大裳(たいも)だけが、玄武を静める事ができる。小さな亀に姿を変えた。


「朱雀、おまえの番だ」

「私も(わざ)を示さねばなりませんか。私も火を使います。しかし、騰蛇のように野蛮な火ではありません」

「何が野蛮だ!」

赤い蛇から鬼火が飛び出してきた。

「まあ、待て待て。同じ火を司る天将なのに、仲が悪いなあ」


「これは失礼をしました。この翼で風を起こし、火を自在に操る事ができます」

「なる程、みんな強そうな天将だ。」

騰蛇と勾陳を除く四獣将は、東西南北の方角を各々守っている。北に玄武、南に朱雀、東に青龍、西に白虎だ。


 さて、残るは六天将だが、これらは元々が人間なのだから、人の姿をしている。晴茂は、呪文を唱え五人の天将を呼び出した。


 一番大きく壮健な身体をしているのが、六合(りくごう)。老将軍の姿をしている。将軍なのに平和を司るとは面白い。天后(てんこう)は、まだ若い女神だ。特に航海の安全についてはお手の物だ。安全を司る天将だ。太陰(たいおん)は、大人の女神で知恵者だ。太陰の智恵には誰もが感心する。太陰は常に酔っ払っているのだが、寝ぼけた顔で誤魔化している。大裳(たいも)は文官らしく聡明な顔立ちの男性だ。そして、貴人(きじん)。思っていたより背丈が小さい。大人か子供か分からない。また、男か女かも分からない。凛々しい顔立ちだ。貴人は、みんなを見渡せる所で、ひとり空中に浮いている。


「あ、そうだ、天空(てんくう)を忘れてる」

十二天将の中で七天将が凶将と言われ、荒くれ者である。凶将は、青龍、騰蛇、朱雀、勾陳、白虎、玄武、それに天空だ。そして凶将は獣の姿をしているのが普通だが、天空だけは人の姿をしている。そして、霧や黄砂を呼ぶ、暴れ者である。


土神の天空を静める役目は火神である。しかし、火神は獣神の騰蛇と朱雀なので、なかなか天空も従わない。土神に強い木神の六合が、力で天空を静めるのが常だ。しかし天空は、そもそもどのような生い立ち素性なのか、晴茂は知らない。呼び出した十一の天将に聞いてみた。


「天空は、何者なのか?知っているものはいるか?」

誰も知らない様子だ。六合が答えた。

「天空は暴れ者と言われていますが、時々羽目を外すだけだと思われます。天空は嘘ばかりついていると言われますが、他人を喜ばそうとしているだけです。元来は善神だと思います」

「そんなことはないぞ。天空には真実がない。信じるとひどい目に合う」

騰蛇が反論した。

「そうよ、あたしなんか随分騙されたわ。それに乱暴よ」

天后が加わった。


「天空は孤独なんだ。みんなと意気投合したいのじゃ。それが素直に表現できぬだけだ。分かってやれ」

六合が天空をかばって発言するのだが、それが又、みんなの反感を増長させる。

「天空は孫悟空ではないかと、私は感じています」

貴人が言った。

「何も確証はありませんが、天空が瀕死の重傷を負った時、私が天空の心を吸い取り立ち直らせた事があります。その時、天空の心の中に孫悟空を感じました」


晴茂は、天空に興味を持った。安倍晴明(あべのせいめい)の式神である十二天将の中に、こんな得体の知れない者が紛れている。晴明の魂も、天空の多くを語らなかった。謎の多い天空だ。


 晴茂は、天空を呼びだした。天空は、思ったより小柄だ。乱暴者には見えない。それに痩身の若者だ。晴茂と同年配に見える。顔は、猿に似ていると思えば、似ている。自分の身長ほどもあろうかという長尺の剣を手に持っている。


現れた途端に全員を挑戦的な目で眺めて、その長尺の剣で天后の尻を突っついた。

「きゃ、何するのよ!」

天后は身構えた。

「聞いていれば、あることないこと、俺の悪口を言っていたな」

「これ!天空!呼び出される前のことは分からんだろうに、嘘を吐くな。それに、晴茂様の前だ」

六合が天空をたしなめた。


「天空か」

晴茂が言った。

「そうだ」

「おまえの(わざ)が見たい」

「ほおぅ、業が見たい?じゃあ、俺の業でこの天后を懲らしめてやります」

天后は身構えながら、六合の後ろに隠れた。


水神である天后は、力や業では土神である天空に勝てない。それをいいことに天空は天后を何時もいじめている。同じ水神の玄武は、完璧な防御の術を使うので、いくら天空と言えども付け入る隙がない。

「こらっ!天空、いい加減にしろ」

六合が叱った。


「天空、向うの山の頂にある松の木をここから切り倒し、ここまで運べるかな」

晴茂が言った。

「おお、そんな事でいいのかい」

天空が剣を一閃すると、剣はするすると伸びて行き、遠くの山にある松の木を切り倒した。更に剣を天に向かって差し上げると、どこからともなく黄砂の突風が吹き、切り倒された松の木を巻き込んで運んできた。


天空の剣は孫悟空の如意棒(にょいぼう)のように伸び縮みするのだ。貴人が言うように天空は孫悟空かもしれないと晴茂は思った。

「へへん、朝飯前さ」

天空は無邪気に笑った。


 晴茂は、これで十二天将の全員に会った訳だ。目を閉じて雑念を静め、それぞれの天将に気を送った。晴茂が最も強い気を送ったのは、貴人と天空だ。これらの二天将には御し難い何かが秘められている。そして、それが今後どのように展開するか、心配でもあり楽しみでもあった。


 十二天将の(わざ)は、晴茂が式神として呼び出して指示をしなくても、気の中で晴茂自身の呪術として使う事ができるのだ。しかし、その意味でも、貴人と天空は他の天将と少し異なる。


晴茂は、貴人のように相手の心を吸い取って自分の中に取り込むことも、治癒することもできない。また、天空に関しては、天空の術を生んでいる天空剣を晴茂は持たない。晴茂は、自分の式神と言えどもこの二天将の(わざ)を、晴茂が自在に使う事はできない。そんな貴人と天空なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ