表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

14

 「明日にはトリエンテに着くらしいぞ」

 洗濯物を畳んでいたルキは、ルークの言葉に顔をあげた。

「そっか。結構早かったなあ」

 一度は離れる覚悟をしたものの、やはりフレッドがいなくなるのは寂しい。

 ルキの座ったソファの背もたれから身を乗り出したルークが、ルキの銀髪を引っ張った。

「寂しいか?」

「そりゃ寂しいよ」

「ふうん」

 呟いたルークの顔が近付いた気がした。

 途端、彼は身を起こしてルキの髪を放し、飛んできた何かをキャッチした。

「受け止めるとは可愛いげがない」

「あれだけ妙な殺気があれば誰でも気付くだろ」

 ルークはフレッドにイモを投げ返した。

「俺の前で妹に手出すなよ」


 兄さん、この前と言ってることが違うんだけど。


「誰がこんなちんちくりんに手ぇ出すか」

「貴様、人の妹を捕まえてちんちくりんとは何だ。少しは褒めたらどうだ」

「あんた褒めたら褒めたで怒るんだろうが」

「悪いか。複雑な心境なんだよ」

 近付いてきたフレッドが、ルキの頭をそっと撫でた。

「辛い時は俺のとこ来いよ。こいつに泣かされたら兄さんが仕返ししてやるから。危ないことがあったら……」

フレッドがルークを睨む。

「おまえに任せたからな」

「ああ」

 珍しくルークが素直に答えた。

 フレッドが甲板へ出ていくと、彼はふっと苦笑いを浮かべた。

「ロイドもぼやいてたが、意外と兄馬鹿だな。おまえの兄貴は」

「ごめん。ずっと兄さんが育ててくれたようなものだから……」

「いや、良い兄貴じゃないか?」

 ルークに褒められ、涙腺が緩んだ。

「やっぱり寂しいな。何だかんだで、明日離れたらもう会えないかもしれないんだよね」

 ルークが手を伸ばし、ルキの目元を荒く拭ってくれる。

「……トリエンテだからな。そうならないかもしれねえ」

「どういうこと?」

「船長次第だが、あんまり悲観するなってことだ」

 ルークがぽんと頭に手を載せ、ソファから離れる。

 彼の言うことはよくわからなかったが、とりあえず涙を全て拭い、洗濯物を畳む作業を続けた。



 トリエンテの港におりて丘陵地につくられた街を見上げていると、妙にまわりの視線を感じた。ルキの銀髪は隠れているし、何だろうと思っていると、視線を集めているのはカインで、見ているのは警備についている騎士だということに気が付く。

 カインは気にとめる風もなく行動していたが、騎士が海賊を捕らえる気ではないかとひやひやした。

 現に「こちらです」と声がして騎士の動きが慌ただしくなっている。

「カイン……」

「カインっ!」

 ルキの声が誰かの声に覆い隠された。黒髪の騎士が人混みをかきわけてやって来る。

「反逆者だ、捕らえろ!」

「え?俺?」

 ぽかんとするカインを騎士たちが取り囲む。さらには、一緒にいた船員まで何かわからないまま捕らえられてしまった。


 「カイン、これどういうことだよ」

 隣の牢からレックスがぼやいているのが聞こえた。

「すみません。まさか捕まるとは思ってなかったんですよ」

 すまなさそうなカインの声が答えた。

「ルキ、大丈夫か?」

 フレッドの安否確認に大丈夫だと答える。

「そっちもみんな大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「カイン、昔何かあったのか?」

 ロイドの問いに、カインがううんと唸るのが聞こえた。

「俺、昔この国で騎士やってたんですよ」

「騎士!?カインが?」

 ハルがすっとんきょうな声を出す。

「そうなんです。でも肌が合わなくて。騎士は主に忠誠を誓うでしょう?直接顔を合わせない相手に忠誠を誓うっていうのがどうしてもしっくり来なくて。一年で辞めました。それから異国を見てみたくなって、それで海へ出たんです」

 カインがそこまで話した時、足音がして誰かが地下牢へ降りてきた。それは口髭をたくわえた騎士で、彼はカインたちの牢の前に立ってじろりと彼らを見下ろした。

「カイン。おまえにはスパイ容疑がかかっている。それにそっちの黒いの。おまえ、ルークだな?」

 へえ、とルークが呟いた。

「どこかで会ったか?」

「よく言う。傭兵だったおまえのことはよく覚えているぞ」

「俺はいちいち覚えてねえ。傭兵は戦場を転々とするものだからな」

 挑発するようなルークの物言いに、騎士が顔を歪めるのが見えた。

「我々の敵だったおまえとカインが一緒にいる時点で剣呑だ。覚悟しておくんだな」

「随分乱暴ですね。一介の騎士だった俺が騎士団や国の有益な情報を持っていたわけないじゃないですか」

 カインが不満を言ったが、口髭の騎士は聞いてくれなかった。追って沙汰すると言ってまた階段をのぼっていく。

 ロイドが不満げに唸った。

「おまえが喧嘩売るから話が面倒になったぞ」

「俺は頭の固い騎士殿に事実を端的に申し述べただけだ」

 ルークも不機嫌に答える。

「処刑とかされるのかなあ」

 ハルの不安そうな声がした。

「大丈夫だと思いますよ。話のわかる連中もいますし……たぶん」

 カインの「たぶん」は不安を煽った。


 夜中、隣の牢からは仲間たちが眠っている気配がしていた。

 この状況で眠れるとは、神経が太い。

 ルキは小さくため息をついて壁にもたれ、膝を抱いて小さくなった。

「眠れないのか」

 向こう側から声がした。ルークだ。

「寝れるわけないでしょ」

 思わず声が尖ってしまう。

「心配するな。こんな牢、その気になればいつでも破れる」

「じゃあ破ってよ」

「嫌だね。そんなことしたら立派なお尋ね者じゃねえか。面倒くさい」

 壁一枚隔て、ルークはルキと背中合わせになっているようだった。そう思うと、少し気持ちが落ち着いてくる。

 ためしに、格子の外へ右手をそろそろと伸ばしてみる。すると、同じように伸びてきたルークの左手が迷うことなくルキの右手を握った。

 指を絡めてみると、彼もそれに応えてくれる。

「……少し寝ておけ」

 そう言った声が不自然に頑なで、それに少し心が和んだ。

「おやすみなさい」

 それだけ言って、指をそのままに目を閉じる。ルークの方からも、指を外すことはなかった。



 翌朝は、固いパンと水が出された。それをもそもそ食べていると、階段をおりてくる足音がする。おりてきたのは二人の騎士と牢番の一人だった。

「おや、本当にカインじゃないか」

 前を歩く騎士の一人が眉をあげる。やたらと美形な騎士だ。隣にいるもう一人の黒髪の騎士は、驚いたように目を見開いている。

「トリスタン様、エルドレット……」

 カインの声も驚いていた。美形の騎士が微笑む。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「トリスタン様もお変わりなく」

「昨晩早馬が来て驚いたぞ。スパイ容疑だって?」

 トリスタンは少し愉快そうに言った。

「はあ。この通りです。身に覚えはないんですけどねえ」

 カインが困ったような声を出す。

「あんたに間蝶が務まるなら世も末だな。おい、出してやれ」

 エルドレットと呼ばれた黒髪の騎士が牢番を振り返る。

「し、しかしエルドレット班長、無実の証もありませんし……」

「クロだって証拠もないだろうが」

「は、はあ。でも、あの黒髪の男は傭兵として我が軍と交戦……」

「戦なんてそんなものだろ。なんなら俺じゃなく、トリスタン分隊長が命じようか」

 エルドレットに凄まれ、牢番は渋々鍵を開けてくれた。牢から出るなり、フレッドが飛んできてルキに怪我がないか確かめられる。その襟首をカインが掴んだ。

「ちょうど良かった。エルド、この人がこれからこの街で商いを始めるんです。気にかけてやって貰えますか」

「あ、ああ」

「それと、俺もここの港を拠点に動こうと思っているので、よろしくお願いしますね」

 えっ、とルキがカインを見ると、彼はにっこり微笑んだ。

 対照的に、エルドレットはまるでルークのように眉間に深いしわを刻む。

「牢から出た第一声がそれか。相変わらず人当たりはいいくせに強引だな。だいたいあんた海賊だろう。一応取り締まる対象なんだが」

「略奪行為を働かない海賊より、取り締まるべき相手はたくさんいるでしょう?」

 にっこり笑ったカインを見て、エルドレットの顔がひきつった。

 ぽんとルキの頭に後ろから手が載る。ルークだ。

「兄貴とはすぐに再会できそうだぞ。良かったな」

「ルーク、知ってたの?」

「拠点が要るって話は前からしていたからな。トリエンテに行くと聞いた時にこうなる気がした」

 嬉しくて、目の奥が熱くなった。泣き出す寸前のルキをフレッドが抱き締め、ルークはそれを呆れたように見ている。

 エルドレットは疲れたようにため息をつき、トリスタンが彼を慰めた。

「感動の場面に水差して悪いんだけど」

 レックスがおずおずと口を挟む。

「続きは太陽の下でやったらどうだ?」



 「じゃあまた三ヶ月後ぐらいに寄ります。その頃には商いが軌道に乗っていると良いですね」

「ああ。いろいろありがとう、船長さん。ルチアのことよろしく頼みます」

 フレッドがカインと大人の挨拶を交わす。その後で、ルキの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。

「元気でな、ルキ。その男に泣かされたらちゃんと言うんだぞ」

「一番に言うよ。兄さんにかわりに怒って貰うから」

 出航する船を、フレッドが港から見送ってくれた。ルキは彼が見えなくなるまで、船から手を振った。

 点になったトリエンテの港を見つめていると、「冷えるからそろそろ入れよ」と後ろからルークの声がした。

「もうちょっと」

 薄暗くなった空を見上げて答えると、呆れたようなため息が聞こえ、ルキの身体を包むように背後から伸びてきた腕が船の手すりを掴んだ。

 どきんとしたが、平静を装う。

「あ、見て。明けの明星」

「ああ、本当だな」

 ルキの肩に顎を載せたルークが答える。心臓がもたない。

「ちょっと……ルーク、離して」

「嫌」

「嫌ってそんな子どもみたいな……」

 振り向こうとすると、ルークの顔が思ったよりも近くにあった。ルークは驚くルキの身体を反転させ、逃げられないように手すりを掴む両手に閉じ込める。

「どうしたの、ルーク……」

「兄貴がいてお預け食らってただけだ」

 左手が銀髪に差し込まれ、口付けられる。角度を変えて、何度も何度もーー……。

 いつの間にか、ルキは彼の背中に腕をまわして自分からも彼を求めていた。


 日が完全に落ちて、やっとルークはルキを離した。

 随分長かったはずなのに、まだ物足りないと思ってしまう。

 しかし、ルークは「戻るぞ」と促した。寂しげなルキに気付いたのか、苦笑まじりに頭を撫でられる。

「そろそろ戻らねえと何言われるかわからねえからな」


 船室に戻ると、ルークの悪い予感が的中したことがわかった。

「副船長、ルキゲットおめでとう!」

 ハルとレックスに叫ばれて、ルキは思わず顔を赤くしたが当のルークは「うるさい黙れお気楽脳」と一蹴していた。

 しかし、食後にカインが「おめでとうございます」とケーキを出してきた時には遂にがっくりと頭を垂れた。

「何だよこれ……」

「フレッドが買ってくれたよ」

「君がお預け食らってたこともお見通しだったんじゃない?」

 ロイドとドクターにけろりと言われ、ルークはますます傾いだ。

「寝る」

「えーっ!ケーキ食べようよ。ほら、この砂糖人形ルークにそっくりだよ」

 ルキが引き止めると、ルークは渋々席に戻った。

「ルキには弱いですね」

「うるさい」

 船長を睨んだ副船長は、ルキの口に自分を型どった砂糖菓子を突っ込んだ。

 もごもご言いながらそれを食べるルキを、みんなが楽しそうに見守る。


 ケーキを片付けてから、レックスが海図を広げた。カインがにっこり微笑む。


「さて、次はどこを冒険しましょうか」


 仲間たちの顔が輝く。

 彼らと一緒に、ルキも海図を覗きこんだ。


 まだ見ぬ世界を訪れるために。

書きためていたのを一気にアップしてみました。

読んでくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ