001 アップデート
世界初となる完全フルダイブVRファンタジーRPG
『アルカディア・ワールド・オンライン』――通称『AWO』。
このゲームには、二つの絶対的な制約があった。
ひとつは『体型の変更不可』。
身長160cmの人間が2mの屈強な戦士になれば、ログアウトした際に固有受容覚や身体図式がバグを起こし、まともに歩くことすらできなくなる。
もうひとつは『顔の変更不可』。
理想の美男美女に顔を変えると、現実の鏡を見た際に強烈な離人感や自己像幻視に襲われ、精神に異常をきたすプロテウス効果の逆流が問題視されたためだ。
つまり、ログインしているプレイヤーたちは全員、現実の姿のままファンタジー世界を歩き回ることになる。
発売当初は「夢がない」「誰がおっさんのままファンタジー世界を歩きたいんだ」と批判されたが、いざ蓋を開けてみれば、五感のすべてを再現した異常なまでの作り込みと、圧倒的なやり込み要素がウケて、世界的な大ヒットを記録していた。
5月3日ゴールデン・ウイーク初日。
大型アップデートが開ける午前10時。
「――よし、ログイン完了っと」
視界を覆っていた光の粒子が晴れると、見慣れた石畳の上に立っていた。
名前はゲン(本名:弦一・42歳)。
プレイスタイルは【農家】。現実の草臥れたスーツ姿とは違い、麻のチュニックに麦わら帽子という出立ちだ。
リアルでは、企業向けシステムの開発会社に勤務。若い頃はプログラマー、現在はプロジェクトマネージャーのゲーム好きのおじさんだ。
「ん……? なんだここ。王都の中央広場か?」
周囲を見渡して首を傾げる。
本来なら前回ログアウトした、郊外にあるクランハウスのトマト畑にログインするはずだった。
しかし今、俺の周囲には数え切れないほどのプレイヤーたちが密集し、ざわざわとどよめいていた。
「大規模アップデートの影響で、ログイン位置がリセットされたのか? まぁいいか」
社会の荒波に揉まれて二十年。おじさんはちょっとしたシステムトラブルくらいでは動じない。
俺はすぐさまメニューを開き、クランメンバーの二人にメッセージを飛ばした。
『なんか王城前の中央広場に飛ばされたわ。二人ともどう?』
『奇遇だな。俺は噴水のある公園だ。とりあえず、クランハウスに集合しよう』
『了解。すぐ向かう』
人混みを掻き分け、石造りの立派な街並みを抜けていく。
やがて王都の喧騒から少し離れ、城壁の外に建てられた、俺たちおじさん三人だけのクランハウスが見えてきた。ログハウス風の古めかしい建物が、俺たちの第二の我が家だ。
ドアを開けると、すでに二人がテーブルを囲んでいた。
一人は、俺と同い年のシュウ。プレイスタイルは【料理人】。現実では中堅出版社で編集をやっている男で、真っ白なコックコートと少し出たお腹がトレードマークだ。
もう一人は、一歳年上で43歳のテツ。プレイスタイルは【建築家】。本業もゼネコン勤務の現場監督だ。ゲーム内でも常に腰に大工道具をぶら下げている。
歳も近く、ジャンルは違えど生産メインのプレイスタイル。ゲーム内で知り合い意気投合。
三人だけのクランを結成して、イベントや大型アップデートの時は協力して、新要素を見つけたりして楽しんでいる。
「お待たせさん。いやー、待ちに待った大型アップデート、何が変わったのか楽しみだなー。俺は新種の野菜のタネが追加されてないかワクワクしてるよ」
「俺はやっぱり新しい食材だな。追加された新種のモンスターの肉、どんな味がするか楽しみだな。早く探索に行こうぜ!」
俺とシュウがのんきに笑い合う中、テツだけがなぜか腕を組み、眉間を深く寄せて黙り込んでいた。
「……二人とも、落ち着いて聞いてくれ」
テツの低く、ひどく真剣な声に、俺とシュウは顔を見合わせた。
「なんだ? クランハウスの維持費でも値上がりしたか?」
テツはゆっくりと顔を上げ、俺たちの目を見据えて言った。
「ログアウトボタンが、無くなった」
「「は!?」」
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7:00・12:00・18:00に投稿予定。




