いちばん見てほしい人が、明日は来ない。
それから一週間、宏太はサナや先生たちと一緒にダンスの練習を続けた。
獅子王の子で身につけたリズム感は、今も体に残っていた。
だが、リズム感と体力は別物だった。
一曲踊り終える頃には息が上がり、二曲目に入る頃には足が重くなる。振りは分かっているのに、体が思った速さで動いてくれない。
「コータ、遅れてるぞ」
「分かってる」
「次、右足から」
「分かってるって」
「こうた先生、また反対!」
「それも分かってる!」
頭では、すべて分かっている。
ただ、四十歳の体が従わないだけだった。
しかも、最近の曲はテンポが速い。音が次々と押し寄せてきて、ひと息つく暇もない。
「最近の子供は、こんな速い曲で踊るのか」
「これくらい普通だろ。盆踊りするんじゃないんだから」
湊が笑った。
知っている相手が教えてくれるだけでも、宏太の気持ちは幾分か楽になった。
湊は高校を卒業したあと、本格的にダンスを学び、プロのダンサーとして舞台やイベントに出演していたという。現在は自分のダンス教室を開き、地域の子供たちを教えるほか、保育園や学校にも出向いているらしい。
三十五年ぶりなのだから、話したいことはいくらでもあった。
だが、今は昔話をしている場合ではなかった。
まずは、目の前の夏祭りを乗り切らなければならない。
そして迎えた夏祭り前日。
ほかの先生たちが会場の準備を進める中、宏太は遊戯室で湊から最後の指導を受けていた。
「そこ、腕をもう少し大きく」
「こうか?」
「大きすぎる。隣の人に当たるぞ」
「注文が細かいな」
「明日、園児より目立ちたくないだろ?」
「それだけは避けたい」
曲を止めた湊が、最初からもう一度確認しようとしたとき、宏太は遊戯室の隅に座っているサナに気づいた。
いつもなら曲が流れるだけで体を動かし始めるのに、今日は膝を抱えたまま、床を見つめている。
「どうした?」
宏太が声をかけると、サナは顔を上げた。
「なんでもない」
「何でもない顔には見えないぞ」
隣へ座ると、サナはしばらく黙っていた。
やがて、小さな声で言った。
「ママがお仕事で」
「えっじゃあ途中から来るのか?」
サナは黙って首を横に振った。
「明日は、ずっとおしごとだから来られないって」
宏太は言葉に詰まった。
「おばあちゃんが動画を撮って、ママに見せてくれるの」
「だったら、あとで見てもらえるじゃないか」
「でも……」
サナは膝を抱えたまま、小さな声で言った。
「本当は、そのときに見てほしかったの」
そのひと言に、宏太は何も返せなかった。
サナが毎日、迎えを待ちながら練習してきた理由。
ダンスのリーダーになろうと頑張ってきた理由。
上手に踊りたいだけではなかった。
忙しい母親に、自分が頑張っている姿を見てほしかったのだ。
「リーダーになったら、ママ、よろこんでくれると思ったの」
サナはそう言うと、立ち上がった。
「もう一回、練習する」
「うん。じゃあ、先生も一緒に踊ろうかな」
湊はそれ以上何も聞かず、サナの隣に並んだ。
「ママが見てると思って、いちばんの笑顔で踊ってみよう」
「うん」
湊が音楽を流す。
二人は遊戯室の中央で、同時に腕を伸ばした。湊はサナの動きに合わせながら、間違えそうになるたび、さりげなく次の振りを示している。
サナの顔から、少しずつ寂しさが消えていった。
宏太は壁際に立ったまま、二人を見つめていた。
何と声をかければいいのか迷っていた自分とは違う。湊は、子供の気持ちを無理に聞き出そうとせず、いつの間にかその隣に立っている。
子供と接することに関しては、やはり湊のほうがずっと慣れていた。
宏太は胸の奥に残ったものの正体が分からないまま、サナのダンスを見つめていた。
「見てる場合じゃなかった!」
宏太は慌てて二人の中へ加わった。
発表会は、もう明日に迫っていた。




