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無職が一攫千金を夢見て小説を書き始めたが、これがなかなか思うようにいかない話  作者: 南 春


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19/19

いちばん見てほしい人が、明日は来ない。

それから一週間、宏太はサナや先生たちと一緒にダンスの練習を続けた。


 獅子王の子で身につけたリズム感は、今も体に残っていた。

 だが、リズム感と体力は別物だった。

 一曲踊り終える頃には息が上がり、二曲目に入る頃には足が重くなる。振りは分かっているのに、体が思った速さで動いてくれない。


「コータ、遅れてるぞ」


「分かってる」


「次、右足から」


「分かってるって」


「こうた先生、また反対!」


「それも分かってる!」


 頭では、すべて分かっている。


 ただ、四十歳の体が従わないだけだった。

 しかも、最近の曲はテンポが速い。音が次々と押し寄せてきて、ひと息つく暇もない。


「最近の子供は、こんな速い曲で踊るのか」


「これくらい普通だろ。盆踊りするんじゃないんだから」


 湊が笑った。

 知っている相手が教えてくれるだけでも、宏太の気持ちは幾分か楽になった。

 湊は高校を卒業したあと、本格的にダンスを学び、プロのダンサーとして舞台やイベントに出演していたという。現在は自分のダンス教室を開き、地域の子供たちを教えるほか、保育園や学校にも出向いているらしい。

 三十五年ぶりなのだから、話したいことはいくらでもあった。

 だが、今は昔話をしている場合ではなかった。

 まずは、目の前の夏祭りを乗り切らなければならない。


 そして迎えた夏祭り前日。


 ほかの先生たちが会場の準備を進める中、宏太は遊戯室で湊から最後の指導を受けていた。


「そこ、腕をもう少し大きく」


「こうか?」


「大きすぎる。隣の人に当たるぞ」


「注文が細かいな」


「明日、園児より目立ちたくないだろ?」


「それだけは避けたい」


 曲を止めた湊が、最初からもう一度確認しようとしたとき、宏太は遊戯室の隅に座っているサナに気づいた。

 いつもなら曲が流れるだけで体を動かし始めるのに、今日は膝を抱えたまま、床を見つめている。


「どうした?」


 宏太が声をかけると、サナは顔を上げた。


「なんでもない」


「何でもない顔には見えないぞ」


 隣へ座ると、サナはしばらく黙っていた。


 やがて、小さな声で言った。


「ママがお仕事で」


「えっじゃあ途中から来るのか?」


 サナは黙って首を横に振った。


「明日は、ずっとおしごとだから来られないって」


 宏太は言葉に詰まった。


「おばあちゃんが動画を撮って、ママに見せてくれるの」


「だったら、あとで見てもらえるじゃないか」


「でも……」


 サナは膝を抱えたまま、小さな声で言った。


「本当は、そのときに見てほしかったの」


 そのひと言に、宏太は何も返せなかった。


 サナが毎日、迎えを待ちながら練習してきた理由。

 ダンスのリーダーになろうと頑張ってきた理由。

 上手に踊りたいだけではなかった。

 忙しい母親に、自分が頑張っている姿を見てほしかったのだ。


「リーダーになったら、ママ、よろこんでくれると思ったの」


 サナはそう言うと、立ち上がった。


「もう一回、練習する」


「うん。じゃあ、先生も一緒に踊ろうかな」


 湊はそれ以上何も聞かず、サナの隣に並んだ。


「ママが見てると思って、いちばんの笑顔で踊ってみよう」


「うん」


 湊が音楽を流す。


 二人は遊戯室の中央で、同時に腕を伸ばした。湊はサナの動きに合わせながら、間違えそうになるたび、さりげなく次の振りを示している。

 サナの顔から、少しずつ寂しさが消えていった。

 宏太は壁際に立ったまま、二人を見つめていた。

 何と声をかければいいのか迷っていた自分とは違う。湊は、子供の気持ちを無理に聞き出そうとせず、いつの間にかその隣に立っている。

 子供と接することに関しては、やはり湊のほうがずっと慣れていた。

 宏太は胸の奥に残ったものの正体が分からないまま、サナのダンスを見つめていた。


「見てる場合じゃなかった!」


 宏太は慌てて二人の中へ加わった。


 発表会は、もう明日に迫っていた。


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