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第7話 飢饉がきた(本格的な内政パートが始まるよ)

お読みいただきありがとうございます。


面白いと思っていただけたら、評価とブックマークをいただけると大変励みになります。

(正直なところ、評価とブクマは更新頻度に影響します!)

今話から本格的に内政パートが始まります。

飢饉は来た。


ヴァルマ全土を巻き込む、広い範囲の飢饉だ。


市場から、麦の袋が目に見えて減った。


パンは少しずつ小さくなり、粥は水に近くなった。


屋敷の食卓に出るものまで目に見えて減るわけではない。だが、厨房へ運び込まれる袋を見る使用人の目つきが少し変わった。ふと通りがかりに、使用人たちがトルガ家の食卓について低い声で話しているのが耳に入り、それが妙に記憶に残った。


ただ、壊滅的というほどではなく、餓死者は出るが死体の山が積み上がるほどではないという規模だ。


父とベルマン商会長の仕込んだ小麦の取引は大きな利益を生み、飢饉の中で我が家は潤っていた。


飢饉を傍目に小麦を売り捌いたというわけではない。父たちは初めから転売及び備蓄目的で小麦を購入していたが、大半は王都ヴァルムブルクの倉庫にあった。


小麦を買って領地に持ってきたというよりは、ヴァルムブルクの倉庫にあった小麦の権利を買ったのだ。


飢饉が始まった結果、その小麦は一括で国に買い上げられることとなった。高値ではあるが、強制でもある。


結果として、転売して大儲けはできたが備蓄にはならなかったという格好だ。


後味は悪い。儲けたのは事実で、その金で領民が死んでいないのも事実だ。だが、気分がいいかと聞かれると、別問題である。


飢えて死んでいる人がいる横で、儲けの数字だけを喜べるほど、俺の神経は太くない。


とはいえ、トー商会の倉庫には近隣の領地から買い集めた小麦がかなり眠っている。


だが、それは今は出せない。


倉庫には番人が増えた。


荷を運び込む馬車は減ったのに、倉庫の前だけは妙に物々しい。


食べ物がある場所は、飢饉の時には金庫より危ない。


出せない理由は単純で、飢饉の間中領地全体の胃袋を満たすには少なすぎるのだ。なので次の春の収穫が近づいた二月から配給を開始する予定だ。


ただ、農家が飢えて収穫が減っては本末転倒なので、飢饉の初期から農家には一部配給が行われていたりする。


なので嫌な話だが、飢饉で本当に食えない人がいなくなり、ギリギリの人はなんとかやっているというタイミングで大々的に配給を実施する予定だ。


これでも、他の領地と比較すると破格に良いので、領民からのヘイトはたまらないし、人道優先で倉庫を空にして結局飢えるという問題も回避できる。


トルガ家の領分は高福祉国家の運営ではなく、あくまで領地経営なのだ。


とはいえ、福祉は大切だ。特に、食べるものが減ったことにより、娯楽産業やサービス業が下火になり、仕事が減り失業者が増えた。孤児だって増えた。


市場の端で歌っていた男を、最近見ない。


荷運びの仕事をしていた若い男たちは、仕事の代わりに喧嘩をするようになった。


トルガ家としては、小麦で儲けた金もあるので配給と並行しながら、ある程度対策を講じる予定である。


税収や生産に直結する、領地経営の領分だからだ。


実は俺も、一部仕事を任されていたりする。


先日、父レオンハルトが久しぶりに俺を部屋に呼んだ。


父の書斎には、いつもより紙が多かった。


机の上には、封を切った書状、領内の村の名前が並んだ帳面、赤い印のついた地図が広げられている。


杯もあったが、中身はほとんど減っていない。


父は疲れた顔をしていた。


それでも、声はいつも通り静かだった。


「ベルク、率直に今の状況をどう思う?」


今のとは? と聞き返す必要はない。飢饉のことだ。


「悪いですが、最悪ではないというところかと」


父は怒らなかった。


ただ、机の上の地図へ視線を落とした。


歴史に学べば、避けようがないことは多々ある。歴史イベントは起こるのだ。


そして、起こってしまった後にできることは、比較的マシな結果に着地させることだけである。


トルガ領の状況は他に比べてマシだ。少なくとも道端に大量の死体が転がっているという事態は避けられている。


外部への小麦を含む農作物販売に特別税を課して流出を抑制していたのが効いた。いざやばいとなった時、うちの領地の領民はまだマシな値段で備蓄を増やすことができた。


最低限の蓄えがあった者は、という条件付きではあるが。


だが、マシなだけで飢饉は飢饉である。


「そうだ、うちの領地は最悪の事態は避けられている。隣のエルネ領は大量の死者が出て暴動も発生しているらしい」


「ベルク、飢饉が乗り切れる見込みは立っている。だからその後の話をしたい」


父はそう言って、地図の端を指で押さえた。


紙の上では、村の名前はただの文字だ。


だが、その一つ一つに、畑があり、井戸があり、腹を空かせた人間がいる。


「父上もお分かりと思いますが、腹が減った状態では人は動けません。領地の生産は下がりますし、飢饉で金が底をついた者は犯罪に手を染めもするでしょう」


「父上、必要なのは希望です」


父が少し、意外そうに目を見開いた。


「希望?」


「そうです。兎にも角にも、飢饉は終わった、俺たちは生き延びた、今年は腹一杯食べられる。そういう実感や空気があれば、生産は活発になりその他の商売も賑わい始めます」


父は少しの間、黙っていた。


実務的な対策が出てくると思っていたのかもしれない。


だが、怪訝な顔ではなかった。どちらかと言えば、噛み締めるような間だった。


「それはいいな」


父がそう言ったので、もう少し踏み込むことにした。


「具体的にはどうするのがいい?」


「そうですね、まず配給の開始は少し前倒しして一月の後半。初めは薄い麦粥に少しの野菜と脂を加えたぐらいのものがいいでしょう。これを一日一回」


「日に日に具材を増やして、二月頭には普通の粥に。そのタイミングで少量の給金と十分な食事を条件に、農地開墾のための人手を募りましょう。直接関わらない領民にも作れる食べ物が増えるという安心感が生まれますし、体力のある男手を安く調達できます」


「春の収穫の見込みが立つようなら、三月の頭には各家庭にまとまった量の食材の配給を行い、満足するぐらい食べていける状況を作りましょう。その時四月までの配給計画も教えてあげると、民たちの不安はなくなります」


「なるほど」


父は少し笑いながら頷いた。自嘲気味の笑い方だった。


俺の案が自分の考えていたものより良かったのか、七歳の息子に言われたことが面白かったのか。多分、両方だろう。


「ベルク、開墾の人手を募ると言ったが、具体的にどこを開墾するんだ? 簡単に開墾できるところはもうされているぞ」


「そうですね、これは他意があるわけでなく一番適しているところを言うのですが、リストレインがいいと思います」


言った瞬間、父が少し吹き出した。


確かにいい場所なのだ。大量の水があって土地もいい。加えて海が近いので人口の増加耐性も高い。


だが、リストレインは二年前に父がいずれ俺に任せると言った土地だ。


自分がもらう土地を、飢饉対策の金で豊かにする。字面は悪辣だ。


だが面白いだろう。今のトルガにとって最適な政策の結果が、将来的な自分の利益にもなるというだけのことだ。


「ベルク、言っている意味は分かっているな?」


「はい」


リストレインは、いずれ俺が任される予定の土地だ。


そこを、飢饉対策の名目で開く。


言い方を間違えれば、父の金とトルガ家の食料で、自分の足場を作る話になる。


字面は悪い。


かなり悪い。


だが、条件だけを見れば、リストレインは悪くなかった。

水がある。

土地もある。

海にも近い。

人を増やしても、食わせる手段を作りやすい。


父はしばらく俺を見ていた。


怒っている顔ではない。


だが、笑ってもいなかった。


「……いいだろう。では、お前がやれ」


「は……い?」


思わず、変な声が出た。


意見を聞かれるところまでは分かる。

案を出すところまでも、まあ分かる。


だが、実際に人と食料と金を動かす側に回るのは、話が違う。


「私の名を使っていい。必要なら、お前の名を出すことも許す。ベルマンの倉庫にある食料は、配給と開墾に必要な範囲で使え。資金は六千グリンド以内だ。一日一度、必ず報告しろ」


六千グリンド。


大金だ。


今回の小麦取引でトルガ家が得た利益が、たしか一万グリンドほど。

その六割に相当する。


見ようによっては泡銭の一部だが、七歳の子どもに預けていい金額ではない。


父の名で動かす金ではある。だが実際の用途を決めるのが俺である以上、その金を生きた金にする責任は俺にある。


俺は父を見た。


冗談ではない顔だった。


「……分かりました」


声が少し硬くなった。


父は頷いた。


「まずはベルマンを呼ぶ。商会の倉庫を動かすなら、あの男の協力がいる」


「金は、執事のシュタークに言えば動かせるようにしておく」


「はい」


「それと、ガルムにも話を通す。食料を動かせば、必ず人が寄る。護衛なしでは済まん」


そこまで言われて、ようやく実感が来た。


これは、机の上の案ではない。


明日には、倉庫の扉が開く。

荷車が動く。

人が集まる。

腹を空かせた者たちが、こちらを見る。


俺の言葉で、領地の一部が動き始める。


七歳の体には、少し重すぎる話だった。


だが、断るには遅かったし、断るつもりもなかった。


俺が言い出したのだ。



【この世界の通貨について】

大金貨:グリンド

金貨:グルド

銀貨:マルク

銅貨:リント

賤貨:ペス


ペス10枚 = リント1枚

リント10枚 = マルク1枚

マルク10枚 = グルド1枚

グルド10枚 = グリンド1枚


ざっくりとした物価感覚は以下の通りです。


ペス1枚 ≒ 十円くらいの感覚

リント1枚 ≒ 百円くらいの感覚

マルク1枚 ≒ 千円くらいの感覚

グルド1枚 ≒ 一万円くらいの感覚

グリンド1枚 ≒ 十万円くらいの感覚


大きなパン一つ:リント2〜3枚

貴族や大商人の取引:グルド単位

領地間の大口取引や土地売買:グリンド単位


庶民が日常で使うのはペスとリント。

マルクは少し大きな買い物に使います。

グルドは裕福な一般人がたまに使います。

グリンドは貴族や大商人の間でのみ動く通貨です。


次回はいよいよプロローグのミュレが登場シーンのベルク視点が書かれます。

お楽しみに!

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