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行き止まりの神 —全能のパラドックス:封印された僕が世界を終焉させるまで—  作者: Daikon


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白き砂漠の大競技祭


大競技祭が始まる朝、シュウは夜明け前に目が覚めた。


理由は分からなかった。


ただ、目が覚めた。


窓の外を見ると、白い砂漠が——変わっていた。


昨日まで、砂漠はただ白かった。静かで、広大で、どこまでも続く白さ。


しかし今は——


砂漠の中に、光があった。


無数の光が。


島々の光だった。


昨日は遠くに点として見えていたものが——今は、はっきりと見えた。それぞれの島が、それぞれの色で輝いていた。赤い光、青い光、金色の光、そして——色のない光。


そして、その全ての島から——橋が伸びていた。


光の橋ではない。


概念の橋だ。


「ここに来る」橋ではない。「ここに繋がる」橋だ。


砂漠の中央に向かって、全ての島から橋が伸び——砂漠の中心の、あの光の柱の元に、全てが集まっていた。


シュウは窓に額をつけた。


(数えられない)


(島の数が——数えられない)


朝食の場に、四人が揃った。


概念スープではなかった。今日は、レンが別のものを作っていた。


「これは?」シュウは椀を見た。


「固定スープよ」レンが言った。「輪郭が薄くなるのを防ぐための。今日みたいな日は、存在が不安定になりやすいから」


「なぜ不安定になる」


「これだけ多くの島の意識が、一か所に集中するから」レンは説明した。「この砂漠にある全ての島の住人が——今日だけは——同じ方向を向いている。その集合的な意識の密度が、個々の存在を引っ張るの」


シュウはスープを飲んだ。


味はなかった。しかし、飲んだ後、自分の輪郭が少しだけはっきりした——気がした。


「聞いていいか」シュウはレンに言った。


「どうぞ」


「島が無数にあるとして——全部の島から、代表者が来るのか」


「来るわ」


「ということは——代表者の数も、数えられないほど多い?」


「そうよ」


「全員が、この砂漠の中央で戦うのか」


「同時にではないわ」レンは言った。「大競技祭のサンドボックスは——並列に複数の戦場を展開できる。でも、どの戦場も、同じ構造を持っている」


「全員が、同じ複雑さのサンドボックスで戦うのか」


「そう。だから——」レンの声が低くなった。「——ほとんどの代表者は、帰ってこない」


テーブルが、少しだけ静かになった。


レオはスープを飲みながら、何も言わなかった。


「もう一つ聞いていいか」シュウは言った。


「何?」


「他の島にも——エリみたいな存在がいるのか。島を管理する、女王や王みたいなものが」


レンとハルが、視線を交わした。


「いる」レオが答えた。「ただし——全員が、エリと同じ性質というわけではない」


「どう違う」


レオはスープの椀を置いた。


「エリは——書く者だ。島を物語として記述し、住人を安定させる。彼女の力は、インクと言語の力だ」


「うん」


「他の島の管理者は——違う力を持っている。例えば——」レオは少し考えた。「——あの赤い光の島の管理者は、『定義する』力を持っている。彼女が何かを『これは存在する』と定義した瞬間、それは不滅になる。存在の確定者だ」


「エリより強いのか」


「強さの話ではない」レオは静かに言った。「次元が違う。エリが言語で島を書くなら——あの管理者は、言語の外側で島を確定させる。書かれた物語と、書かれる前から存在した事実の違いだ」


シュウはその言葉を、ゆっくりと処理した。


(書かれた物語と、書かれる前から存在した事実)


(エリは前者だ)


(では、後者の管理者は——エリよりも、僕に近い)


「他には?」シュウは続けた。


「暗い島の管理者は——『忘れさせる』力を持っている。その島に近づいた存在は、自分が何者かを忘れる。忘れた瞬間、存在が崩壊する。彼は直接攻撃しない。ただ、存在の記憶を消すだけだ」


「それは——」シュウは考えた。「——エリよりも、危険な力のように聞こえる」


「物語に登場する悪役の方が、主人公より危険に見える場合がある」レオは言った。「しかし——」


レオはシュウを見た。


「危険に見えることと、本当に危険なことは——違う」


シュウはその言葉の意味を考えた。


しかし、答えが出る前に——


島全体が、低く震えた。


震えは一度だけだった。


しかし、その一度で——島中の住人が、同じ動作をした。


空を見上げた。


シュウも見上げた。


白い砂漠の上空に——何かが現れていた。


巨大な、球体だった。


しかし、闘技場のものとは違う。


闘技場のサンドボックスは——光り輝いていた。内側から命が溢れるように、色と動きで満ちていた。


これは——


暗かった。


光を放っていない。


光を——飲み込んでいた。


球体の表面は、黒でも白でもなかった。色という概念の外側にある、何か。近くを通る光が、球体の表面に触れた瞬間——消えた。吸収されたのでも、屈折したのでもない。ただ、その光が「意味を持つこと」をやめた。


「あれが——大競技祭のサンドボックスか」シュウは呟いた。


「そうよ」レンが静かに言った。


「闘技場のものとは——全然違う」


「当然よ」レンの声に、珍しく——震えがあった。「あれは、ただの戦場じゃない。あれは——存在の篩よ。入った者の存在論的な密度を、層ごとに試していく。密度が足りなければ——その層に留まったまま、溶ける」


「どれだけの層があるんだ」シュウは聞いた。


レンは答えなかった。


ハルも答えなかった。


レオが、静かに言った。


「数えた者は、戻ってこない」


シュウはレオを見た。


「五十年前——お前はどこまで行けた」


「十七層まで」


「何層あるんだ、全部で」


「分からない」レオは言った。「分かるのは——十七層の上に、まだ無数の層があったということだけだ。そして、十七層の時点で——僕の存在の密度は、限界に近かった」


「それで引き返した」


「そうだ」


「今回は——何層まで行くつもりだ」


レオは答えなかった。


その沈黙が——シュウの胸に、鈍い痛みを残した。


午前中、大競技祭の開会式が行われた。


砂漠の中央の光の柱の周囲に、全ての島の代表者が——どういう仕組みかは分からないが——集まっていた。シュウには、直接その場所は見えない。しかし、尖塔の上から見下ろすと、光の柱の周囲に、無数の点が集まっているのが見えた。


代表者の数は——


シュウには数えられなかった。


ただ、「多すぎる」という事実だけがあった。


「あの全員が——サンドボックスに入るのか」シュウはハルに聞いた。


「全員が、同時には入らない」ハルは説明した。「ブロック分けされてる。まず各ブロックの代表者同士が戦う。勝者が次のラウンドに進む。ラウンドを進むごとに——サンドボックスの層が、一段深くなる」


「一回戦のサンドボックスと、決勝のサンドボックスは——全然違う構造なのか」


「そう」ハルは真剣な目をしていた。「一回戦は——まだ、普通の戦いに近い。宇宙を壊す。概念を消す。闘技場の試合の延長線上だ。でも、ラウンドが上がるごとに——サンドボックスが要求するものが変わる。戦士として戦えなくなる」


「では、どう戦う」


「証明するんだよ」ハルは言った。「自分の方が——上の層の法則よりも、存在論的に上位であることを。言葉で。論理で。あるいは——ただ、そこにいることで」


(ただ、そこにいることで)


シュウはその言葉を聞いた。


(それは——遠界の裂け目を塞いだ時と、同じことだ)


(僕は何もしなかった。ただ、立っていた)


(それだけで、裂け目が消えた)


しかし——


(サンドボックスの中では、そうはいかない)


(サンドボックスの各層は——能動的に、侵入者を試す)


(ただ立っているだけでは、試験に答えたことにならない)



大競技祭の一回戦が始まったのは、午後になってからだった。


シュウは尖塔の上から、砂漠の中央のサンドボックスを見ていた。


闘技場のような観客席はない。それぞれの島から、住人たちがそれぞれの場所で——島の崖の上から、あるいは尖塔の窓から——砂漠を見ていた。


シュウの隣には、レンとハルがいた。


レオは、もういなかった。


彼はいつ出発したのか、シュウは気づかなかった。


朝食の後、少し話して——気づいたらいなかった。


(見送れなかった)


(それが正解だったのかもしれない。見送られることを、レオは望まないだろう)


一回戦のサンドボックスが展開した時、シュウは目を細めた。


闘技場のサンドボックスとは——全く違った。


闘技場のものは、光り輝いていた。


これは——静かだった。


色があった。しかし、その色は——「見える」色ではなく、「感じる」色だった。光を通さない、しかし存在を感じさせる、そういう色。


内部の構造が——僅かに——漏れ出していた。


シュウが見ると、その漏れ出した構造の中に——


無限の宇宙が見えた。


しかし、その宇宙の一つ一つが——それ自体の中に、また無限の宇宙を持っていた。


そしてその無限の宇宙のそれぞれが——


「見るな」レンが言った。


「え?」


「見続けると、意識が引き込まれる。あのサンドボックスの内側は——外から見るだけでも、存在に影響を与える。特に——あなたは危ない」


「僕が危ない?」


「あなたの意識が、サンドボックスに向くだけで——その方向の現実密度が上がる。サンドボックスの構造が歪む可能性がある」


シュウは視線を外した。


(見るだけで、影響を与える)


(存在するだけで、影響を与える)


(これは——便利なことなのか、それとも)


一回戦が始まった。


シュウはサンドボックスを直接見ることができなかったので——レンの解説を聞いた。


「第一ブロックが始まった。二名の代表者がサンドボックスに入った」


「どんな戦いになる」


「一回戦の第一層は——宇宙の消去よ。基本的な試験。自分の存在の密度で、サンドボックスが生成する宇宙を消去できるかどうか」


「闘技場の試合と同じか」


「表面的には。でも——」レンは少し間を置いた。「——大競技祭のサンドボックスが生成する宇宙は、闘技場のものとは密度が違う。一回戦でも——闘技場の最高レベルの宇宙より、遥かに厚い」


「どれくらい違う」


レンは考えた。


「闘技場の最高レベルの宇宙を——一とする。大競技祭の一回戦の宇宙は——数で言えば、比較にならない。数で比べること自体が、意味をなさない」


「数で比較できないとは、どういうことだ」


「闘技場の宇宙は、大競技祭の宇宙から見ると——存在しないのと同じだということ。数の問題ではなく、存在の層が違う」


シュウはその言葉を聞いた。


(存在の層が違う)


(闘技場の試合を見た時——あの戦いが薄く見えた。理由が、分かった気がする)


(あの戦いは、確かに「薄い」層の戦いだったんだ)


一回戦は、次々と終わっていった。


シュウはサンドボックスを見ることができない。しかし、結果は——砂漠から感じ取れた。


戦いが終わるたびに——砂漠のどこかで、小さな光が消えた。


代表者が戻ってこなかった島の光が、少しだけ暗くなる。


「どれくらい、戻ってこないんだ」シュウは聞いた。


「一回戦だけで——」ハルは言いにくそうにした。「——七割から八割は戻ってこない」


「一回戦で、それだけ」


「一回戦のサンドボックスは——まだ、第一層しか展開しない。でも——その第一層だけで、ほとんどの代表者の密度を超える」


シュウは砂漠を見た。


暗くなっていく島々の光を。


(それぞれの島の住人たちが——今、どんな思いでいるのか)


(自分たちの代表者が、戻ってこないことを知って)


夕方になった。


一回戦の全てのブロックが終わった。


レオはまだ——出番ではなかった。


「いつ、レオは?」シュウは聞いた。


「二回戦は明日よ」レンが言った。「一回戦を勝ち抜いた代表者だけが、二回戦に進む。そして——二回戦のサンドボックスは、第二層まで展開する」


「レオは一回戦を、どのブロックで戦う」


「レオは——シードよ」レンが言った。「五十年前に十七層まで到達したことで、一回戦は免除されている。彼が最初に戦うのは——二回戦から」


「ということは——」シュウは考えた。「——明日、初めてレオが戦う」


「そう」


シュウは尖塔の方向を見た。


レオが、今——どこにいるのか。


何をしているのか。


夜、シュウはレオの部屋に行った。


ノックした。


返事がなかった。


もう一度、ノックした。


やはり、返事がなかった。


扉を、少しだけ開けた。


レオは、部屋の中にいた。


しかし——


机に向かっていなかった。


窓の前に、ただ立っていた。


白い砂漠を見て。


大競技祭のサンドボックスを見て。


「レオ」シュウは静かに言った。


レオは振り向かなかった。


「何を見てる」


「考えてる」


「何を」


「十七層より先が——どうなっているか」


シュウは部屋に入った。


レオの隣に立ち、一緒に砂漠を見た。


「五十年前に、引き返した場所だな」


「そうだ」


「後悔しているか」


「していない」レオは言った。「あの時、引き返したのは正しかった。でも——」


彼は少し止まった。


「——今回は、正しいことをする自信がない」


シュウはレオの横顔を見た。


無表情だった。いつも通り。


しかし——その無表情の奥に——何かがあった。


シュウには、それが何かが分かった。


(怖いんだ)


(レオも——怖いんだ)


「なあ、レオ」シュウは言った。


「何だ」


「十七層より先に何があるか——僕には分からない。でも、一つだけ分かることがある」


「何が」


「お前が引き返す判断をした時——それは正しかった、とさっき言った。なぜ正しかったか分かるか」


「限界を知っていたからだ」


「違う」シュウは言った。


レオが、初めてシュウを見た。


「戻るべき場所が——あったからだ。五十年前のお前には、戻るべき場所があった。だから、引き返せた」


レオは何も言わなかった。


「今回も——戻るべき場所が、ある」シュウは続けた。「ここだ。この島だ。ハルも、レンも、エリも、あの女の子も——全員、ここにいる。それが——十七層で引き返せた理由と、同じだ」


レオは長い間、黙っていた。


それから——


「……そうか」と言った。


それだけだった。


しかし、それで十分だった。


シュウは部屋を出た。


廊下に出て、扉が閉まる音を聞きながら——


(戻ってこい、レオ)


(言えなかったけど——それだけだ)


二回戦の朝、シュウは早起きした。


レオが出発する前に——声をかけたかった。


しかし、レオの部屋は——すでに空だった。


机の上に、紙が一枚あった。


シュウは読んだ。


短かった。


「昨夜の言葉は——役に立った。ありがとう」


それだけだった。


シュウはその紙を、そっとポケットに入れた。


二回戦が始まった。


シュウは尖塔の最上階——エリの部屋の下の階——に陣取っていた。そこから、砂漠が最もよく見えた。直接サンドボックスは見られないが、砂漠全体の変化を感じることができた。


ハルとレンも、一緒だった。


エリも——来ていた。


珍しかった。


「珍しいな」ハルが言った。「女王様が、こんな場所で観戦するなんて」


「うるさい」エリは短く言った。


彼女の目は、砂漠に向いていた。


その目に——何かがあった。


シュウは、それが心配だと気づいた。


(エリも——心配しているんだ)


(彼女は、レオが五十年ここにいることを知っている。レオが限界を超えようとしていることも、知っているはずだ)


(それでも、指名した)


(それは——他に選択肢がなかったからか。それとも——レオを信じているからか)


シュウはエリを見た。


聞かなかった。


二回戦が始まって、しばらく経った頃——


砂漠の何かが、変わった。


空気が——重くなった。


ただし、シュウの「重さ」とは違う種類の重さだ。


これは——深さの重さだった。


「第二層が展開した」レンが低く言った。


「第二層は——どんな構造だ」シュウは聞いた。


「第一層が宇宙の集合体なら——第二層は、その宇宙の集合体を内包する『概念の枠組み』よ。宇宙が存在するための——法則の法則、みたいなもの」


「法則の法則」


「そうよ。第一層では、物理法則が機能していた。第二層は——その物理法則が機能する理由を、定義している層。代表者たちは、その定義と戦わなければならない。定義を破ることで、上に進める」


「定義を破るとは、どういうことだ」


「自分の存在が——その定義よりも、存在論的に上位であることを証明すること」レンは言った。「例えば——第二層に、『時間は一方向にしか流れない』という定義があるとする。それを破るためには、時間を逆流させるのではなく——『時間が一方向にしか流れないという定義が、自分の存在の前では意味をなさない』ことを証明する」


「力ではなく——存在で証明する」


「そうよ。だから——力が強いだけでは、意味がない。存在の質が——その層の定義より、上でなければならない」


シュウはそれを聞きながら——


(また、「薄い」という言葉が来る)


(全ての層の定義が——薄い存在には、意味をなす。しかし——「本物」な存在の前では、意味をなさない)


(つまり、大競技祭のサンドボックスが試していることは——)


(どれだけ「本物」かということだ)


二回戦が終わる頃、夕日が砂漠を染めていた。


しかし、砂漠には夕日がない。


ただ、光の柱の色が変わっていた。


白から——深い紫へ。


「色が変わった」シュウは言った。


「二回戦が終わったサインよ」エリが言った。「参加者が、さらに減った」


「レオは?」


エリはしばらく砂漠を見ていた。


「戻ってきた」彼女は言った。「勝った」


シュウは息を吐いた。


「どこまで進んだ」


「第二層の、深部まで」エリは言った。「第三層の手前で、相手が溶けた。レオは進まなかった。境界で待って——相手が溶けるのを、見届けた」


「なぜ進まなかった」


「必要がなかったから。勝つためには、相手が溶ければ十分だ。余分に進む必要はない」


(それが——レオの戦い方だ)


(無駄がない。必要なことだけをする)


(そして、自分の密度を——温存する)


シュウは、少しだけ安堵した。


しかし——


三回戦は、明日だ。


そして、三回戦のサンドボックスは——第三層まで展開する。


三回戦は、昼に始まった。


シュウは同じ場所で、同じ四人で見ていた。


しかし——今日は、空気が違った。


昨日までは、どこか「祭り」の空気があった。緊張しながらも、どこか非日常への興奮が混じっていた。


しかし今日は——


ただ、重かった。


「三回戦に残っているのは、何人だ」シュウはレンに聞いた。


「一回戦開始時の代表者を——百とするなら」レンは言った。「二回戦終了時点で、残っているのは——五人前後よ」


「百人から、五人」


「ほとんどが、一回戦で脱落する。二回戦を生き残るのは——それほど稀なことよ」


「レオは、その五人の中の一人か」


「そうよ」


「残り四人は——どんな存在だ」


レンは少し考えた。


「それぞれの島の——最も安定した存在よ。私たちの島でエリに相当するような。それぞれの島で、現実の密度を管理している存在」


「つまり——管理者クラスが、残っているということか」


「そう。そして——管理者クラスの代表者は、自分の島をかけて戦っている。負けることは——単に競技で負けることではない。島の安定度が、大幅に下がる」


「賭けているんだ」シュウは言った。


「全員がね」レンは静かに言った。「だから——ここまで来た代表者は、皆——限界を超えている。普通なら、二回戦で溶けるはずの密度なのに、まだ存在している」


「どうして存在できている」


「意志よ」レンは言った。「存在論的な密度が足りなくても——戻るべき場所への意志が、存在を補強する。ここでの意志は——物理的な力を持つ」


シュウはそれを聞いた。


(意志が、存在を補強する)


(レオが昨夜——あの話の後、少しだけ変わって見えたのは)


(それが理由だったのかもしれない)


三回戦が始まって——一時間が経った。


砂漠の光の柱が——また変わっていた。


紫から——黒に近い色へ。


「第三層が展開した」レンが言った。その声には、明確な緊張があった。


「第三層は——どんな構造だ」シュウは聞いた。


「第二層が——法則の法則だとしたら」レンは言った。「第三層は——その法則の法則を、成立させている枠組みの枠組みよ。つまり——」


彼女は言葉を探すように、少し止まった。


「——概念が、概念であるための条件を定義している層よ。そこに入った存在は——自分が何であるかという、最も根本的な部分を、その層に証明しなければならない」


「自分が何であるかを、証明する」


「そうよ。第一層は力で突破できる。第二層は存在の質で突破できる。でも——第三層は——」レンの声が低くなった。「——存在の根拠で突破する。『私はなぜ、ここに存在しているのか』という問いに——その層が納得する答えを出せなければ、溶ける」


「哲学的な問いに、答えなければならないのか」


「哲学ではないわ」レンは言った。「存在論的な証明よ。言葉で答えるのではなく——自分の存在自体で証明する。自分の存在に、確固たる理由があれば——第三層は道を開ける。理由がなければ——溶ける」


(存在の理由)


(レオには、ある)


(この島のために。住人のために。戻るべき場所のために)


それから、さらに一時間が経った。


砂漠から——何かが来た。


「波」ではない。


「揺れ」でもない。


正確に言えば——砂漠全体が、一瞬だけ——「意味を失った」。


シュウには、それが分かった。


他の三人には——分からなかったようだった。


しかし、シュウには——分かった。


(何かが——第三層で、起きた)


「レン」シュウは言った。「今、砂漠が——」


「分かってる」レンが言った。その顔が、青ざめていた。「誰かが——第三層で——」


彼女は続けなかった。


エリが、立ち上がった。


「戻ってきた」彼女は言った。「一人、戻ってきた」


「誰が」


「レオよ」


シュウは立ち上がった。


「レオが——戻ってきた。三回戦を、勝ったのか」


エリは少し間を置いた。


「……違う」彼女は言った。「レオは——戻ってきた。でも、勝ったわけではない」


「どういうことだ」


「第三層で——他の代表者が全員、溶けた。レオ以外の全員が。レオは第三層を——突破したわけではない。第三層の問いに答えたわけでもない。ただ——他の全員が溶けた後も、レオだけが残っていた」


「なぜ、レオだけが残れた」


エリは答えなかった。


しかし——


シュウには、分かった気がした。


(第三層の問いは——『なぜ、ここに存在しているのか』だ)


(他の代表者たちは——その問いに、答えられなかった)


(自分の島のため。自分の力のため。様々な理由があっただろう)


(しかし——それらは全て、第三層が「薄い」と判断した)


(レオの理由だけが——第三層に、「溶かすほど薄くはない」と判断させた)


(昨夜、僕が言った言葉)


(戻るべき場所がある、という言葉)


(あれが——レオの存在の理由になったのかもしれない)


レオが尖塔に戻ってきたのは、夕方だった。


シュウは廊下で待っていた。


レオが扉から入ってくるのを見た瞬間——シュウは息を呑んだ。


レオは——薄かった。


文字通り、薄かった。


物理的に薄くなったわけではない。しかし、彼の輪郭が——以前より、少しだけぼやけていた。存在の密度が、消費された証拠だった。


「レオ」シュウは言った。


「ああ」レオは答えた。声は——以前と変わらなかった。しかし、その声がシュウの耳に届くまでに、わずかな遅延があった気がした。


(密度が、下がっている)


「勝ったのか」


「勝った」レオは言った。「ただ——想定より、消費した」


「第三層の問いに、答えたのか」


「答えた」


「なんと答えた」


レオは少し止まった。


「『帰るべき場所がある』と」


シュウは何も言わなかった。


「それだけで——第三層は道を開けた。他の代表者たちが持っていなかった答えが、それだったようだ」


「お前は——それを、本当に思っていたか」


「思っていた」レオは静かに言った。「昨夜、お前に言われるまで——気づいていなかったが。思っていた」


レオが部屋に入り、扉が閉まった後——


シュウは廊下で、しばらく動かなかった。


(四回戦は——明日だ)


(四回戦のサンドボックスは——第四層まで展開する)


(第四層が何なのか——レンはまだ説明していない)


(なぜ説明していないのか——)


シュウは、レンを探した。


レンは——尖塔の窓の前にいた。


砂漠を見ていた。


「レン」シュウは言った。「第四層のことを——まだ教えてくれていない」


レンは振り向かなかった。


「知りたい?」


「知りたい」


「……本当に?」


その聞き方が——普通ではなかった。


「どういう意味だ」


レンはようやく振り向いた。


その目には——恐怖があった。


シュウを恐れている恐怖ではない。


何か別のものを——恐れている目だった。


「第四層以降は——」レンは言った。「——説明できない」


「なぜ」


「言葉にした瞬間——それを聞いた存在の、存在論的な密度に影響を与えるから。第四層以降の構造は——知識として持つだけで、薄い存在を溶かす可能性がある」


「……」


「ただ」レンは続けた。「一つだけ——言える」


「何だ」


「五十年前に——レオが引き返したのは、第十七層だと言った」


「そうだ」


「第十七層は——大競技祭のサンドボックスの、ほぼ中間よ」


シュウは止まった。


「中間?」


「そう」レンは言った。「第十七層は——中間に過ぎない。その上に——さらに、同じだけの層が続いている」


「……それは——」


「最終層が何層なのかは——私も知らない」レンは言った。「ただ——大競技祭が始まって以来、最終層まで到達した存在は——一人もいない」


「誰も到達したことがない」


「そう」


「では——大競技祭の勝者は、誰だ。誰も最終層に到達しないなら、どうやって勝者が決まる」


レンは少し間を置いた。


「最後の一人が残った時」彼女は言った。「他の全員が溶けた時。それが——勝者よ」


「勝つためには、最終層に到達する必要はないのか」


「必要ない。ただ——最後まで、存在し続ければいい」


シュウはその言葉を聞いた。


(最後まで、存在し続ければいい)


(それは——レオにとって、可能なのか)


(今日だけで、輪郭がぼやけ始めているのに)


「レン」シュウは言った。「正直に教えてくれ。レオは——あと何ラウンド、持つと思う」


レンは答えなかった。


その沈黙が——答えだった。


その夜、シュウは眠れなかった。


天井を見ながら——考えていた。


(レオが溶ける)


(それを、ただ見ている)


(僕がサンドボックスに入れば——サンドボックスが壊れる。周囲の全てが消える)


(入れない)


(でも——)


シュウは木製のペンを見た。


(エリが言った。ペンを持つことと、キャラクターとして書かれることは、違う、と)


(僕は今——ペンを持っている)


(でも、何も書いていない)


(書けることが——あるはずだ)


(サンドボックスを壊さずに——しかし、レオを助けられる——何かが)


シュウは起き上がった。


ペンを手に持った。


(エリに聞こう)


(彼女なら——何かを知っているかもしれない)


シュウは部屋を出た。


真夜中の尖塔を、上へと歩いた。


最上階の扉を、ノックした。


返事があった。


「……眠っていなかったのか」シュウは扉を開けながら言った。


「あなたこそ」エリは言った。彼女は窓の前に立っていた。砂漠を見ていた。


シュウは部屋に入った。


「聞きたいことがある」


「分かってる」エリは言った。「レオのことでしょう」


「そうだ」


「あなたは——サンドボックスには入れない」エリは言った。「それは変わらない」


「分かってる。でも——何か、できることがあるはずだ」


エリは少し間を置いた。


「……一つある」彼女は言った。


「何だ」


エリは窓から離れ、シュウに向き合った。


「あなたの存在の密度を——少しだけ、レオに分けることができる」


「どうやって」


「ペンで」エリは言った。「あなたのペンで——レオの名前を、この島に書く。名前を書くということは——存在を定義することよ。あなたが定義した存在は——あなたの密度の一部を、受け取る」


「それで——レオが少し、持つようになるか」


「分からない」エリは正直に言った。「あなたの密度は——私には計算できないほど高い。少しだけ分けると言っても——レオにとって、どれほどの影響があるかは——分からない。良い影響かもしれないし——あるいは」


「あるいは?」


「レオの輪郭が、一時的に——消えるほどはっきりするかもしれない。密度が、急激に上がりすぎて」


「つまり——リスクがある」


「ある」


シュウはペンを見た。


(リスクがある)


(何もしなければ——レオは、確実に限界を超える)


(リスクをとるか、とらないか)


「やる」シュウは言った。


「本当に?」


「やる。ただ——レオには言わない。知ったら、断るだろうから」


エリはシュウを見た。


その目に——何かがあった。


「分かった」彼女は言った。「やり方を教える」


深夜、シュウは尖塔の最下層に降りた。


そこには——床があった。


ただの白い、紙のような床。


シュウはその床の前に座った。


ペンを持った。


(レオの名前を、書く)


(この島に、定義する)


(でも——強すぎてはいけない)


(強すぎれば、レオが——)


シュウは深く息を吸った。


そして——


ゆっくりと、ペンを床に当てた。


書いた。


たった一文字。


レオの名前の、最初の一文字。


それだけで——床が、震えた。


インクが——光った。


しかし、爆発はしなかった。崩れもしなかった。ただ、一文字が——床に刻まれ、それがゆっくりと——消えた。


どこへ?


シュウには分からなかった。


しかし、ペンを床から離した瞬間——


遠くで——何かが変わった気がした。


砂漠の方向から。


サンドボックスの方向から。


「……届いたかな」シュウは呟いた。


答えは——なかった。


ただ、尖塔の床が、以前よりほんの少しだけ——沈んでいた。


シュウの密度が——わずかに、別の場所に移った証拠だった。


(届いていてくれ)


(頼む)


シュウは床の上で——しばらく、そのまま座っていた。


ペンを握ったまま。


暗い尖塔の中で。


夜が明けるのを——待っていた。

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