70 エドマンドとアルツールからの追及
宿に戻ったシャンテルは、ジョセフと別れて宿泊中の部屋を目指していた。
ジョセフ様に髪飾りを戴いてしまった!
カフェの帰り、近くのお土産屋さんでは、押し花の便箋や栞、それから造花を使ったアクセサリーなどが販売されていた。
可愛らしいそれらをつい眺めていると、不意にジョセフがシャンテルの髪に何かを刺した。
「やっぱり! シャンテル様には瞳と同じ赤い花が似合いますね!」
シャンテルはそう言って、はにかむジョセフにドキッとさせられた。
今日は一日ジョセフ様と過ごしたけれど、ドキドキさせられっぱなしだったわ……
そう思っていると、サリーが「姫様」と呼び掛けた。
「姫様はエドマンド皇子とジョセフ様、どちらをお慕いしているのですか?」
「えっ?」
「ずっとエドマンド皇子といい雰囲気だったではありませんか。今日の外出は婚約者候補の方との交流ということは理解しています。ですが、今日一日、ジョセフ様をとても意識されているように感じました」
確かに、シャンテルはジョセフを意識した。
婚約者を選ぶにあたって、冷静に考えても夫にするならジョセフのように穏やかな人だろう。彼が夫ならシャンテルも心穏やかに過ごせるはずだ。
懸念あるとしたら、優しすぎて少々判断力に欠けそうなところだろうか。
今まで、彼とは国同士の短期的な交流しかしてこなかった。だから、ジョセフを婚約者に選ぶのであれば、もっと交流して彼を知らなくてはいけない。
「サリーの言う通り、私は今日の外出でジョセフ様を意識したわ。でも、今までエドマンド皇子を意識していたわけではないわよ」
そう告げると、サリーは「えっ!?」と驚いた声をあげた。
「エドマンド皇子はいつも姫様を優しい眼差しで見つめていらっしゃいましたし、姫様も迎えが来ると嬉しそうなお顔をされていたではありませんか」
「え……?」
エドマンドが優しい眼差しで見つめていた? しかも、私も嬉しそうな顔をしていたって?
「そっ、そんなはずないわ!」
「ご自分では気付いていらっしゃらなかったのですね」
「っ」
そんなはずは……と、記憶を辿るけれど、分からなくて心が揺れる。
そうやって考えながら歩いて、廊下の角を曲がったところで、「シャンテル王女」と声を掛けられた。
思考を放棄して、視線を上げると部屋の前にエドマンドとアルツールの姿があった。
「お二人とも、どうして私の部屋の前に? エドマンド皇子にはダレンから伝言がありましたよね?」
「あぁ。それなら確かに聞きましたよ」
そう言いながら、エドマンドが笑顔を見せる。だけど、それはどす黒い笑顔だった。
あれ? ……何故か、とても怒っていらっしゃる!?
直前まで外出を黙っていたこと以外、シャンテルはやましいことがない。だけど、そんな笑顔の裏で小さな嘘に見合わない怒りを向けられている気がして、シャンテルは冷や汗が止まらなかった。
「今日の外出は前もって計画されていましたね?」
「えっと、……私が立てたわけではありませんよ?」
「だが、決まっていたのだろう? 相手はジョセフだな?」
アルツールが横から口を挟んでくる。
というか、そんなことまでバレているのね。視察の同行者の中には密偵もいないはずなのに、どうしてこんなに核心を迫られているのかしら?
ジョセフとは同じ馬車で帰ってきたため、目撃されていれば、バレていても仕方い。それでも、エドマンドとアルツールの情報の早さと、鋭さには感心させられる。
普段は仲が悪いのに、こういう時だけ二人は息ピッタリだ。ジッとエドマンドの視線がシャンテルを捉えてている。
「髪に刺しているのは薔薇の髪飾りか?」
「えっ? えぇ」
シャンテルは店で一度鏡を見ている。確かに髪にはジョセフから贈られた赤い薔薇の髪飾りが付いている。
「大方、ジョセフ公子からの贈り物だろう? そう言えば、彼は草花に詳しかったな。よりによって薔薇か」
「……?」
よりによってとは、どういう意味かしら?
シャンテルが首を傾げると、アルツールも分かっていないようで、エドマンドに質問した。
「薔薇だと何かあるのか?」
「ギルシアの王太子は知らないか。まぁ普通はそうか」
「おい、俺を馬鹿にしているのか?」
ギラリとアルツールが鋭い視線をエドマンドに向けた。
デリア帝国の皇子に喧嘩を売るような発言に、シャンテルは今度は別の意味で冷や汗が吹き出そうになった。だけど、エドマンドはそれほど気にしていないようで、冷静に答える。
「そんなことはない。逆にギルシアの王太子が知っていたら、意外ではあるがな」
エドマンドはシャンテルに近付くと、ポケットから、リネンを取り出してそれを広げた。そこには、今朝ジョセフから貰った小さなオレンジの花がある。
「これはロマーフ公国で見つかった新種だ」
「……よくご存知ですね」
「ロマーフ公国では、この花を妻や恋人に贈ることが流行っているらしい。それが何を意味するかわかるか?」
つまり、ジョセフ様が私と恋人になることを望んでいると言いたいのかしら?
だけど、シャンテルはその考えをすぐ振り払う。
「エドマンド皇子の考えすぎです。以前、ジョセフ様と二人でお茶をした時、私が新種の話しに興味を示したら、彼が公国から送ると言ってくださったのです。ジョセフ様は約束を守ってくださったに過ぎません」
「それはどうだろうな?」
「何が仰りたいのですか?」
「そのうち分かるだろう」
エドマンドは答えるつもりがないようだ。
薔薇の髪飾りの件をうやむやにしたまま、彼は立ち去っていく。
その話をするためにここにいらしたのかしら? と考えていると、「おい」とアルツールに呼ばれる。
「誘われたからって、誰彼構わず着いて行くなよ」
「なっ、彼も婚約者候補の一人です。それに、私が誰と何をしようと、アルツール王太子殿下には関係ありません!」
シャンテルが言い切ると、アルツールが言葉に詰まった。
「っ、……ちっ! 食事会で奴に余計なことを言うんじゃなかった」
それを聞いてシャンテルは、視察前の食事会の会話を思い出す。
『公国の公子は考えが甘い。シャンテルと二人で過ごしたいなら、俺たちが居ないところで誘え』
確かに、今回のジョセフのお誘いはあの言葉を実行したようなものだった。
だから、あの日にジョセフの本気スイッチを入れたのかもしれない。とアルツールは考えていた。
「とにかく! 俺以外の男に簡単に尻尾を振るな!」
不機嫌なアルツールはそう言い残して、エドマンドの後を追うように去っていく。
……エドマンド皇子もアルツール王太子殿下も何なの?
取り残されたシャンテルは数十秒、そこから動けなかった。




