39 お気に入りをからかう皇子
夕食の帰り、シャンテルはやはりエドマンドと並んで廊下を歩いていた。昨日も部屋まで送ってもらっていて、カールもいるから必要ないと伝えたが、彼は引き下がらなかった。
「今夜のこれもエドマンド皇子のプライベートですか?」
「あぁ、そうだ」
「エドマンド皇子はお暇なんですね?」
シャンテルが尋ねるとエドマンドが不機嫌そうに眉を寄せる。
「なに?」
「だって、朝から殆ど私と一緒ではありませんか」
それを聞いて一つ息を吐くと、エドマンドが口を開く。
「暇ではないが、シャンテル王女より忙しくないのも確かだ。俺は第二皇子だから公務もそれほど多くない。母国から送られてくる書類も朝と夜に目を通せば十分対処できる。だから今はシャンテル王女を口説くのが最優先だ。そういった意味では忙しいと言えるだろう」
「えぇ……」
口説くのが最優先と、アルツールと似たようなことを言われて、シャンテルは頬が熱を持った気がした。
エドマンドに見つめられ、それに耐えきれなくなったシャンテルはフイッと顔を背けた。
エドマンドもそうだが、アルツールもジョセフも何故かシャンテルと婚約したがっている。
アルツールには「好きだ」と言われ、エドマンドには「王配ではなく、夫の座を求めている」と言われた。そして、ジョセフには赤らんだ頬で「婚約を考えてほしい」と言われたばかりだ。
今まで男性から想いを寄せられたことがないシャンテルは、彼らから向けられる好意に戸惑うばかりだ。
だが、浮かれている場合ではない。三人は一国の王族として求婚しているのだ。
惑わされてはダメよ。私はルベリオ王国の王女。王族として、誰を婚約者に選べば国の利益になるか考えなくちゃ!
シャンテルかグッと決意を改める姿に、エドマンドが訝しげな視線を送る。
「エドマンド皇子、そんなに必死にならなくて大丈夫ですよ。自国を思う気持ちは分かりますが、焦る必要はありません。私は皆さまと公平に接していくつもりですから」
その言葉に、エドマンドは予想が当ってため息を吐く。
「シャンテル王女は俺が婚約を申し込んでいる意味を深読みして勘違いしているようだが、全然違うぞ」
「違う?」
キョトンとシャンテルはエドマンドを見る。
エドマンドは夜会の日に自身の求める花嫁の条件を伝えた。だが、彼女に全く響いていない。
シャンテルの頬にエドマンドが手を伸ばす。
「っ!?」
シャンテルは思わず横に飛び退いて彼と距離を取った。
な、なに?
シャンテルの動揺も知らずに、コツと足音がして、飛び退いて離れた分だけエドマンドが近付く。
シャンテルが一歩後ずさると、背中に硬い感触がした。視線だけを動かせば、廊下の壁際に追い込まれたことに気付く。それに気を取られていると、シャンテルの右頬にエドマンドの手が触れた。
「~~っ!?」
シャンテルは声にならない声を上げながら、エドマンドに視線を戻すと、彼に見下ろされていた。そして、シャンテルの顔の横にトンッと手を付く。
エドマンドの手によってシャンテルは退路を塞がれた。
「……」
「……」
互いに黙ったまま微動だにしない。
シャンテルが動けない理由は、予想していなかったエドマンドの行動に思考が停止し、身体が硬直してしまったことが原因だ。しかし、エドマンドは違う。何しろ自らこの状況を作り上げたからだ。
彼はジッとシャンテルを見つめて、それからフッと息を吐く。
「ここは一つ、シャンテル王女に分からせておくのが良さそうだと思ったんだが。……王女に忠実な護衛騎士殿の視線が痛いな」
言われて、シャンテルはカールに視線を向ける。薄暗い明かりの灯った廊下の中、護衛騎士としてエドマンドの行いがどこまで許容か真剣に見極めているようだ。
カールの隣りにいるクレイグもそんな彼をいつでも止められるよう、気を張り詰めているようだった。
エドマンドとクレイグの動きを気にしなければならないカールの表情は険しく、そのせいかエドマンドを睨んでいるように見える。
「俺が護衛騎士の務めを行っている間は、彼が俺の上司のようなものだからな」
そう言うと、エドマンドの顔が近付いた。
「っ!?」
手を添えられていない方の左頬に、柔らかくて温かな何かが一瞬触れた。
「今回はこのくらいにしておく」
未だ近い距離にあるエドマンドの顔。その口の端が満足げに吊り上げられていた。
シャンテルはすぐに状況が理解できなくて、瞬きを繰り返す。そして、数秒後に頬に口付けられたと理解して顔を赤く染めた。
「なっ!? なななっ! なっ!!」
あわあわと口を開けて、だけど言葉が出てこない。そんなシャンテルの姿にエドマンドはクスッと笑って肩を竦めてみせた。
「からかい概がある反応だな」
その一言で、シャンテルに更なる羞恥心が込み上げる。
「かっ、からかわないでくださいっ!!」
「だが本気だ。俺はシャンテル王女を気に入ったから婚約を申し込んでいる」
未だ触れられたままのエドマンドの手をシャンテルは払いのける。そのまま、通せんぼされている腕を避けて彼の後ろへ回り込むと、赤い顔を隠しながら自室へ駆け出だした。
「シャンテル様っ!」
慌ててカールが後を追う。残されたエドマンドとクレイグは小さくなっていく二人の後ろ姿を見つめた。
「殿下、今回はやり過ぎですよ」
クレイグが主の前で堂々とため息を吐く。
「シャンテル王女にはやり過ぎぐらいが丁度いい」
呟くとエドマンドは身を翻して、来た道を戻っていく。充てがわれた自室へ戻るその後をクレイグも追いかけた。




