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戦中のオアシス

 「もしかしてここが、ユウタがどうしても作りたいって言ってたやつ?」

 (そうだよ〜。中に入るのは楽しみだぜ)


 アウル軍陣地の中心に、サーカス団か来たのかと思うような大きなテントが張られていた。

 テントの隙間からは、騒いでいる声と食べ物のいい匂いが漏れていた。


 ジャンが中へと入る。

 テントの中は明るく、テーブルと椅子が大量に並べられ、アウル軍の皆はそこで食事を楽しんでいた。


 奥には調理場と何十人という人が料理をしていた。

 このテントは俺が提案して作った食堂だった。


 戦っている最中の食事があまりにも不味かったので、俺がワガママを言いまくり作った。

 ジャンは最初、反対していた。しかし俺の熱意に根負けして作るの事になり、今回の戦から試しに使っている。


 皆からの評判はかなり良い。戦地で温かい食事が堪能出来るからだ。

 ジャンは兵士達の士気の違いを間近で見て、考えを改めてくれた。

 食事はとっても大事だと!


 腐ってしまうような食材は現地調達をしている。今回のルートで通った村や拠点を襲い、食材も同時に奪い、調理し提供している。


 軍に元盗賊がいるから、奪うのは得意だった。

 さらにあいつらは、食料を隠している場所を見つけるのも抜群に上手かった。


 「それで、どうすれば食事が食べられるの?」

 (食器を持って列に並べば、後は流れ作業のように食事をよそってくれるから)


 俺は給食のシステムをそのまま使った。

 食器を持って並んでもらい、進んでもらう。

 配膳係は、目の前の食器に注げばいいだけで効率がいい――。


 「ドクターじゃねえですか! 今夜は具沢山のスープと粥ですぜ」

 「ありがとうエルガルド! まさかエルガルドにこんな特技があるなんて思わなかったよ」

 「へっへっへ。いやぁ〜まあ、お役に立てて良かったよドクター」


 実はエルガルド、元料理人で自分の店を持っていたというから驚きだ。

 前の盗賊団でも調理を任されていたのだという。

 見た目がこんなに恐い料理人がいるのか? と思ったが、人は見かけによらずだ。

 エルガルドがこの食堂の一切合切を取り仕切っている。


 ジャンは椅子に座り、エルガルドが作ったスープを口にする。

 「美味しい……戦地でこんな食事を食べられるのは確かに悪くないね」

 (そうだろ!? だからあんなに頼んだんだよ)


 「ユウタの考える事は全く僕には持っていない発想が多いから為になるよ。この食堂だって軍の士気が上がる」

 (今までが信じられない程マズイ飯だったからな)


 「僕らの感覚ではそれが普通、仕方ないって思っちゃうけどユウタは違うみたいだよね……」

 (作って良かっただろ!?)

 「そうだね」


 「主様! 食事を隣でご一緒してもよろしいでしょうか?」

 「リリアか、いいよ」


 「この食堂は主様の提案から生まれたと聞きました。素晴らしいです!」

 「気に入ってくれた?」


 「勿論です! 戦地と言えば保存食ばかりでかたいし味気ない。もしくは塩っ辛いだけです。でもここではこんな温かい食事が出てくる。それだけでも感動ものです」

 「なら良かったよ! エルガルドもきっと喜んでくれるよ」


 「盗賊風情がと思っていましたが、料理の腕に関しては認めざるを得ません」

 「誰でにも向き不向き、適材適所ってのがあるんだよ」

 「なるほど……流石は主様です」


 「あっれ〜。ジャン様じゃないっすか? 一緒に飯いいっすか?」

 「グロッセ……もうちょっと言葉遣いをどうにかしろ。ジャン様に失礼だぞ」

 「大将! ジャン様はそんな細かい事気にしない度量の人っすよ!」

 「いや! 貴様は主様に対して無礼すぎる!」

 リリアは剣を抜いてグロッセに切っ先を突きつける。


 「食事中なんだから流石にやりすぎだよリリア。剣はしまって」

 「失礼しました主様……」

 「リリアは冗談が通じねえんだもんな」

 「貴様の普段の軽い態度がいけないのだ! もっとしっかりしろ!」


 「――そんな事より冷めないうちに食べようよ」

 「確かにジャン様の言う通りですね。頂きましょう」

 四人でテーブルを囲って食事を始めた。

 そういえば、考えてみるとこんな風に皆と食事をした事がなかった。

 前の戦いの時は、戦いの事だけで精一杯だったから、落ち着いて話しながら食事する事なんてなかった。


 (ただの食堂と食事にあらずか……)

 (ジャン? どういう事?)


 (こうやって別け隔てなく皆で一緒の場所で食事するって大事な事だと思ってね。僕らの軍って出身がバラバラ過ぎるでしょ。部隊同士でどこか壁があるしね……この場所がきっかけになって壁がなくなっていくかもね! ほらみなよあそこ)


 ジャンの目線が示した場所のテーブルでは、テーブルの上に乗ったテディが踊っていた。

 周りでテディを見ている兵士達は楽しそうに笑っている。


 (別々の部隊が一緒にいるけどテディのおかげで皆で笑って楽しそうにしている)

 (テディっていつの間にかアウル軍のムードメーカーになっちゃったよなぁ。分隊長にして良かったよ。やっぱおもしれぇ!!)


 「――主様!! ――主様!!」

 「!?!?!?!?!?」


 「ごめんリリア……どうしたの?」

 「主様がぼーっと遠くを見つめたまま止まっていたのでつい」


 「ジャン様大丈夫ですか? 何か心配事でも?」

 「いやジェイド逆だよ。この食堂作って良かったなって思っていたんだよ」


 生きるか死ぬかの戦場の最中、他の兵士と一緒にワイワイしながら食事を堪能するジャン。

 ジャンは食事が済んだ後も、寝る直前までこの食堂にずっと居座っていた。


 次の日を迎え、アウル軍はカナリーン城に向けて進軍していく。


 (なぁジャン! つまらなくね!?)

 「どうしたの急に……」


 (戦いっていうからテンション上げてたのに、全然戦わないんじゃん)

 「最終的な目的がカナリーン城だからね。それまでの拠点はそもそも大した事ないんだよ。それにアウル軍が一番楽なルートだしね」


 (降伏、降伏って降伏ばっかりで戦いたいぞ俺は!!)

 「カナリーン城まで我慢してよ。まあカナリーン城でも出番ないかも知れないけどさ――」


 「ジャン様! 制圧が完了しました!」

 「報告ありがとうジェイド。このまますぐにでも出発出来そうかな?」


 「準備は整っています! それで……捕虜や村人達はどうしますか?」

 「必要ないかもしれないけど、一応カナリーン城まで連れて行くから……出来るだけ丁重に扱ってね」


 「分かりました」

 「それじゃあ出発しよう! 今日中にはカナリーン城には到着出来そうだね」


 アウル軍は、夕方になる前には目的地であるカナリーン城の近くまで到着する。

 一番楽で一番近いルートだったのにもかかわらず、到着したのは一番最後だった。


 ルイス殿下のテントで軍議があるからとジャンは呼ばれ、テントの中へと入る。


 「ジャン、あなたいつも一番最後ね! 遅いんだけど!」

 「申し訳ありません……」


 (あいつ、うぜーな相変わらず。早けれりゃいいってもんでもないだろ)


 「ジャン、道のりの途中で変わった事とか何か情報とか手にしたかい?」

 「特には……何もなかったですねルイス殿下」

 

 「やはりジャンもそうか……全軍揃ったから明日から攻撃を開始しようと思う。昨日ロベルタとレオンと話し合ったんだが、ロベルタとレオンが魔法を放ち、その魔法を皮切りに城を攻めると決めた」


 「私とレオンの魔法なら城を混乱させる事が出来るから、混乱している間に兵達を突入させるって流れになってるわ」


 「私とロベルタは正面の南門から、殿下は北側から、ジャンは西門から攻めて下さい。東は分けた部隊で対応しますから」


 「という話になったんだ。ジャンから何か意見はあるのか?」


 (そんな単純な作戦で上手くいくのか?)

 (実力も数もこっちが多いから、むしろ単純な方がいいよ)


 「特に問題ないと思います。西門はお任せ下さい」

 「よし。なら解散して明日に備えよう――明日は皆頼むよ」


 「私の力で大勝利にしてあげるわルイス」

 「殿下、お任せ下さい」


 「それじゃあ……これ以上特になければ、私は失礼します殿下」

 「皆明日に備えてくれ!」

 

 軍議は解散となり、ジャンはその場から早々と立ち去る。

 翌日、眩しい程の晴天の中で戦いが始まった。

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