150話 ドラゴンは人間が好き、お耳は元気な人間の声が好き
耳を平らげた人知竜が、一歩前に進む。
悪手だとは理解している。耳の怪物がこの程度で葬れる筈はない。
魔術式によって、惑星規模の仮想面積を持つ異次元となった人知竜の腹の中。
それすらも――。
「げふっ……」
人知竜の口から、黒い血があふれる。
暴れまわっている、腹の中に収めた耳の怪物が体の中で好き放題に暴れまわっている。
魔術式によって人知竜の体内は、まさに地獄の如き様相になっている。
凍結、焦熱、出血、数多の環境が入り乱れる魔境、体内には魔力で精製した魔物すら棲む状況。
しかし、その全てを耳の怪物は耳穴を掻きながら楽しんで殺しまわっている。
どんどん耳が体から這い出てくる気配を感じつつも、人知竜はやるべき事をやる。
「さて……残りは、キミ達、だけ、だねえい」
人知竜の黒い瞳が、獲物を捉える。
「ひっ」
「っ!!」
王女が怯え、英雄が冷や汗を掻く。
満身創痍。
世界を遊び半分で破壊出来る怪物との戦いの結果、人知竜の負傷は竜の身であっても既に命に届くようなダメージを負っている。
耳の怪物に接近戦を挑んだ代償は大きい。
両腕の骨は折れ、足の関節もねじ曲がっている。出血がない場所の方が少ない。
臓器は現在進行中で、耳の怪物に破壊されている。
魔術式による再生術式でも、傷の治癒は間に合わない。
でも、それでも、人知竜は進む。
トオヤマの敵を、排除する為に。
「なんっで――どうして――貴女が、竜が、そこまでするのです!?」
フォルトナの震える声。
理解出来ない。
蒐集竜もそうだ、そして人知竜もそうだ。
なぜ、たかが1人のヒュームの為にここまでするのだ。
「なんで――皆、竜殺しの味方をするのですか!? なぜ――」
誰も信じぬ、誰にも信じられず、全てに嫌悪嫌悪われ、全てを嘲笑って生きてきたフォルトナ。
彼女には、理解できない。
人知竜が何故、ここまでするのか。
何故、他人の為に――。
「――ボクには、権利がない。彼の未来に、彼の道に、彼と共に歩む権利はない」
トオヤマナルヒトが、己の人生を進む事が出来るように。
竜であり、化け物であり、災いである自分は彼の隣を歩く事は出来ない。
今更そんな事を願うなんて虫が良すぎる。
殺し過ぎた、奪いすぎた、嘲笑いすぎた。
トオヤマナルヒトと同じ人を、ただ、目の前の出来事に真摯に向き合い、ただ、これからも続く明日を願った人々を傷つけ過ぎた。
己の罪も、己の業も、人知竜は全てわかっている。
だから、いい。
自分は彼の未来の絵の中にいなくてもいい。
彼の周囲には、彼を幸せにしてくれそうなモノがたくさんいる。
でも、それでも――。
「いけないかな。祈る位は。いけないかな、気に入った人の、大好きな人の未来の礎になるくらいは」
ハッピーエンドに向かおう。
この世界で、彼に再会した時にそう告げた。
そのハッピーエンドに、人知竜自体はいなくても――。
「それでいいんだ。報われなくても、どうでもいい。ただ、彼の力になりたいんだよ」
「――ッ」
フォルトナは、恐怖した。
耳の怪物に感じた、理外の存在への恐怖とはまた違う種類の恐怖。
ヒュームとは違う種族が抱く、大きな大きな愛。
それが、フォルトナには怖かった、とてつもなく、怖かったのだ。
「だから、キミ達は、排除させて貰うよ……」
ぱたたっ。
人知竜が、一歩前に。
口から零れた血が、白い首を伝いローブを汚す。
ローブの首元では受け止めきれない出血、草原に黒い血がしたたり落ちる。
ずり、ずり、ずりり。
大斧を引き摺りながら、人知竜が前へ。
「”幸運にも――、貴女の心臓は動きを止めるっ”」
「すぷ」
幸運により、人知竜の心臓が動きを止める。
だが、止まらない。心臓が止まって程度で竜の歩みが止まる訳もない。
「な、なんでっ――”幸運にも――、英雄の一撃は、貴女の首を一撃で刈り取るっ!!”」
ウィスが片腕で大剣を振るう。
幸運にも、ウィスの負傷、苦痛、それらはウィスの動きになんら影響は与えない。
幸運にも、ウィスの肉体、細胞、神経が誤作動を起こし、都合よく痛覚だけが麻痺して――。
「おおおおおおおラァァァァァ!!」
ずぽんっ。
人知竜の白く細い首を、ウィスの大剣が滑るように通り過ぎる。
シャンパンからコルクが飛び出たような音と一緒に人知竜の首が飛んで――。
「とった――って、おおい、マジかよ……」
じゅるり。
否、断頭が発生した瞬間、首の断面からあふれる黒い中身がうねり、しなり、首を一瞬でつなげる。
「すぷ、すぷぷ」
「げぼらっ!!??」
綺麗な回転蹴り、人知竜のブーツがウィスの横腹に突き刺さる。
ぼきぼきぼきっ、小気味よい音、骨が破砕される音はフォルトナの元にまで届いた。
面白いくらい草原を転がるウィス。
人知竜は世界最強の魔術師である代わりに接近戦も強く、再生能力がある代償として膂力や体力が非常に高い。
聡明でインドア派な為、近接戦闘術は文献を見ただけで、達人以上の精度で再現できる。
つまり、チート竜だ。
そんなチート竜の一撃をまともに貰ったウィス。
簡単には起き上がれない。
「ああ、凄い、頑丈だねえい。割と壊れるつもりで蹴ったのに、きちんと容が残ってるじゃないか」
いよいよ、フォルトナの手札はなくなった。
「あ、ああああああああああ!?」
「すぷ」
竜、である。
人知竜が一歩前に進むたび、王女は悲鳴を上げる。
理解出来ない、理解できない、理解できない、理解できない。
先ほどから何度も何度も権能は作動している。
「ああ、今のキミの気持ち、痛いほどよく理解できるねえい」
「怖いよね、何をしても何をしても前に進む――前進してくる敵はさ。どんな手札、確殺の手段を使っても葬る事は愚か、歩みすら止める事は出来ないんだから――それでさ」
人知竜が、目を細める。
その美しい容姿は、どこか遠くを見つめるような顔で空を眺めて。
「――しまいには、こうして嗤われるんだ――”ぎゃは、ギャハハハ”……ああ、嫌な笑い方」
「――っ」
ぺたん。
人知竜の笑みを見たフォルトナは、腰を抜かす。
底知れぬ深淵、優雅さ。――そして、どこかの世界で、いつかの別の人知竜が体験した泥臭さ。
それら全てを兼ね備えた今の人知竜を止める事が出来る存在は、同じ超越者でもそうはいない。
だが、ここからだった。
フォルトナが真に恐怖するのは、ここからだ。
致命傷を負ってなお、笑いながら歩み続ける人知竜。
「でもね、僕はそれでも――君達の事、あまり嫌いじゃないんだよ」
「これだけはわかって欲しいんだ、ボクはね、君達を殺す――でもね、決して嫌いじゃないんだよ」
次回更新は3月25日予定




