よくある話
「とと、なんで寝てるの?」
病院の1室。
きれいなベッドで寝ている金髪の男は、瞼だけ、ぴくりと動かした
ような気がした。
そして、金髪の女は、4歳の娘を抱きしめた。
金髪の男女。
二人とも若い親だ。
貯金もない、知識もない、でも、頑張って、頑張って、生きてきた。
「とと、なんで起きないの、マミー、なんで泣いてるの」
嗚咽をこらえ、涙は拭かず。
「ととはね、バイクにぶつかっちゃったの、すごく痛くて、びっくりして休んでるの」
あの日……
夜に、
酔ったじじいが1人。
住宅地のなんでもない道。
仕事帰りの金髪の男。
じじいは、車道のはしっこやら真ん中やらを、なんとか歩いていた。
ふらふらと。
喪服のじじいは、暗い道に黒い服。
そこへ、スピードを出したバイクがやってきた。
近くにいた金髪の男は、咄嗟にじじいをひっぱった。
金髪の男は、反動で、縁石につっかかって、道路に頭が少し出た。
そして、こめかみあたりに、バイクのどこかがあたった。
投げられたじじいは、どこかに頭をぶつけたらしく、倒れていた。
バイクは、少し止まって、考えた。
そして、怒りにまかせ、じじいを1度殴り、お前が邪魔だったからだ、と、言い走り去った。
じじいと、金髪の男は、それから何時間か、倒れたままだった。
事はおかしな方向へ向かっていた。
バイクの野郎の父は、地方の権力者で、白から黒まで顔が通った。特に黒。
事は、一旦隠された。そして、曲げられた。
じじいは、突然金髪の男に殴られ、抵抗した結果こうなったと証言した。
金髪の女は叫んだ。
「この人はそんなこと、しません、見た目は悪いし、頭はよくないけど、人に、悪いことはしないです」
誰も、聞き入れなかった。
ととは、加害者になった。
それから…幾日だろうか。
見舞いとは思えない格好の男が、病室にやってきた。
「もう、覚めないんだろ?」
妻はうつむいていた。
娘は、ととが息をしているのを見ていた。
「女1人、大変になるなぁ、旦那も半端に生きて、金もかかるなぁ、保険も入ってないんだろ」
妻は、ほとんど口だけ動かしたような小さな声で、何か言った。
男は、その言葉に眉を少しヒクッとさせ、
娘の頭を撫でながら言った。
「娘っこ、飴食べるか?」
娘は、いらないといった。
男は、それもイラついた。
「おじょうさん、パパはね、悪いことしたんだよ、人を叩いて、こうなっちゃったんだよ、パパはね、いけない悪い人だねー」
妻は、頭のなかが白くなっていくのを堪えた。
こういう人とは関わってはいけないのは、なんとなくわかっている。
男は飴を雑にベッドの上に置くと、妻に話をした。
「さっきの続きだが、あんた、生活困っちゃうだろ、な?」
男は、ジーパンのポケットから、シワのついた銀行通帳を出し、妻に押しつけた。
「見なよ」
妻は、通帳を開いた。
6000万円。
「どうだ、悪くないだろ、むしろ破格すぎる、たまたまそこにいてくれた謝礼も含むんだろうな」
妻は、黙って通帳を見つづけた。
「小切手より親切だろ」
妻はもう1度、1、10、100、と桁を数えた。
「足りないか?」
「いえ、十分です」
「旦那はどうするんだ」
「……もう、いいです」
こぼれ落ちる涙を拭い、感情も洗いさった。
男は口のはしを少し上げ、寝ているととの横に座った。
妻は娘に、
「ジュース買いに行こうか」
と、誘った。
「マミー、痛いよ」
繋いだ手に、力が入っていた。
自販機で、大きい缶ジュースを買った。
いつもは、飲みきれないからと、小さいやつ。
「いいの?」
「今日は特別だよ、ととが起きたら、みんなで一緒に飲もうね」
娘はにっこり笑った。
「前にね、ととがジュース買った時にね、数字が揃ってね、その時、大きいの飲んだんだよ」
「そう、ととは、優しいよね」
「うん!」
椅子に腰かけ、看護士の足音が聞こえるのを、妻は、ただ、じっと、耐えていた。
娘を見た。
床に届きそうで届かない足をぷらぷらさせながら、嬉しそうに、ジュースを飲んでいた。
さっき、夫の瞼がぴくりと動いたのを、考えた。
でも、
でも。
娘の頭をそっと撫でた。




