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Free story  作者: 狐鈴
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人影

 御堂と別れレクトの後を追うシロは王城の地下へと向かっていた。


(ここに何があるんだ? 警備に人が駆り出されるとはいえ誰も居ないような場所なら、この国にとって重要な物なんてないんだろうし)


 シロがそんな事を考えていると遠くで何かが崩れる音が聞こえた。


(御堂さんかな……? 派手に暴れてるみたいだけど大丈夫かな……)


 自分も御堂の加勢に行くべきなのではという考えが脳裏を過ぎったが、それでは御堂の覚悟を無駄にしてしまうと首を横に振って目の前の状況に注視する。

 地下へと降りるとそこには大きな部屋が広がっているだけだった。そしてその部屋の中央に岩が置かれており、その岩へとレクトが歩み寄って行く。


「これがそうなのか……変哲のないただの岩にしか見えないが、意味もない物をここに置いておくわけもないか」


 レクトの言葉は誰に向けられたものでもないが、なにもない部屋にはよく響いた。そしてその言葉の後にまた遠くで音が響いてきた。


「ふむ。公開処刑のわりには随分と賑やかだね、そうは思わないかい? 白君」

「――――っ!」


 それなりに距離をとり気付かれていないと思っていたが、それはシロだけのようだった。


「いつから気付いてた?」

「地下に降りてくる少し前かな? 誰かがつけて来ているのは分かっていたが君だと気付いた時は可笑しくて笑いを抑えるのに苦労したよ」


 と、レクトはそんな苦労も伺えない様に何てこともなく言う。

 レクトと相対したのはこれで三度目だが相も変わらず、見透かしたような視線でこちらの様子を窺ってくる。


「どうしたんだい? 僕と話すのは苦手かい?」


 と、シロが言葉を発せないでいるとそんなことを言ってくる。

 ここで尻込みしていては始まらないと、シロは真っ先に思い浮かんだ疑問をぶつける。


「そんなに話がしたいなら聞いてやるよ。レクト、あんたここでなにしてるんだ? お尋ね者のあんたがただの散歩でこんな所まで来たなんて言わないよな?」

「そうだね、さすがに僕もそこまで暇じゃないよ。今回はきちんと理由があってここに来た」

「何があるんだよ、こんな所に。…もし王族ルシアを殺しに来たって理由なら全力で止めるやる」

「何を言ってるんだい? それは僕の仕事じゃないと以前にも言ったじゃないか。あまり人を疑うのは良くないよ白君」


 シロに説教をする人殺し(レクト)。人を殺したという事に関してはシロも人の事は言えないがそれはあくまでも正当防衛の範囲であってレクトのように害意をもっての行動ではない。とは言っても自分の行いを正当化するつもりもないのでそこは黙っておくことにする。


「説教はいらない。あんたがここでなにをしてるのか聞いているんだ」

「やれやれ…相変わらずせっかちだね君は。まぁいいか」


 レクトは少し深く息を吸うと自分の後ろにある岩に目を向ける。


「白君。君はこの世界の神は知っているかい?」

「?」


 ――神

 異世界こちらに来てから二人ほど神と名乗る者と会った事はある。一人は自称だったが、もう一人は少女ではあったが神と言われて信じかけてしまうほどの不思議な空気を纏っていた。


「もしかしてメルフィってやつか?」

「へぇ、驚いた。君は神なんて不確かなものには興味ないと思っていたんだが」


 さすがに意外だったと言いたげな顔をするレクトだったが、シロの次の言葉でその表情は驚きに変わる。


「興味なんかないよ。ただちょっと前にその神に会ったから知ってるだけだ」

「会った? (メルフィ)にかい?」

「ああ」

「僕も会うために長年、文献を調べてようやく此処に辿り着いたというのに、君には驚かされるよ」


 それは事実、本当に感心している様子だった。その様子はシロにとっても意外ではあった。


「あんたでも驚くような事があるんだな。ようやく一本取れたみたいだな」

「長く生きてはいるが僕が知っているのはこの世界にとってはほんの一部さ。――と、少し話しが逸れてしまったがその神に会いに僕はここに来たんだよ」

「ここにメルフィが?」

「その表現は正しくないな。神はここにはいないが、どこにでもいる者だ」


 レクトの言葉の意味がよくわからなかったが、思い返してみればメルフィと会った時は夢の中のようだったが、はっきりと覚えておりあれが現実のものだったと思えるだけの真実味があった。


「ここにある岩。これが神への道標となる」

「神に会ってどうするんだよ」

「僕の目的は話しただろ? それを果たす為には神は障害でしかない」


 レクトの目的は異世界(こちら)シロ達が居た世界(あちら)の境界にあるという壁を破壊する事。そしてメルフィは世界の構築がどうとか言っていたのを考慮するならば、神が死んだら壁も消えてしまう、と言うことなのだろうか…? 考えを巡らせてはみるが答えは見つからない。


「それで、どうやって神に会うつもりなんだよ」

「ここにある大岩。これが神に通ずるものだと考えている」

「そうか、なんにしてもレクト。あんたの目的は碌なもんじゃない、だからあんたがやろうとしてる事は阻止させてもらうよ」

「だろうね、でも今回は時間もあまりない。だから殺されても恨まないでくれよ…」


 瞬間、レクトから殺気が放たれる。表情自体は変らないのに部屋を包む空気が変った。そこでようやくシロは頭を切り替え目の前の男に対して身構える。

 シロが構えるとレクトが手を前にかざし陣を展開させると強い光が放たれる。


「っ!」


 陣が光った次の瞬間、目の前を爆炎が広がる。シロはすぐさま消壁を展開させて凌ぐと壁を避けるように横へと逸れてからレクトに向かって走り出した。


「魔法の展開が速くなったじゃないか……だが」


 初撃を躱したシロに向かってさらに追撃をかけようと手を向けながら魔法を展開する。最初と同じ回避の仕方では防戦一方になってしまうと容易に想像ができた。

 ならば、とシロは魔法を展開しレクトの魔法(爆炎)を斬った。


「なにっ?!」


 それは予想すらしていなかったという声をあげるレクト。

 シロは虚を突かれ反応しきれていないレクトに自身の魔法で造った剣で斬りつける。


 肩を斬られながらも大きく後退して距離を取ったレクトはシロが握っている剣に目を向ける。


「君の魔法はそんな使い方もできるのか……その上、魔法を削るのか。厄介すぎるな――しかし」


 レクトが目を瞑り何かを考える。そして


「君の魔法なら僕の目的の為の大きな力になれただろうに残念だよ」

「どういう意味――」


 そこまで言いかけて止まる。

 世界の境界にあるという壁は魔法で構成されている。ならシロの魔法ならその壁を消す事も可能なのではないか? という事だろう。その可能性が自分の手の内にあると気付く。


「ああ、この魔法があんたの手の内になくてよかったよ」

「本当に残念だ」


 レクトが手を出すと前方に十もの魔法陣が展開される。


「なっ」

「次は本気でいかせてもらう」


 その言葉を聞くより先にシロは手に持った魔法()を解除して自分を囲むようにして再度、魔法を展開させた。すると周囲に爆音が響きながら爆炎が消壁とぶつかりせめぎ合う。


「ぐぅぅ…!」


 規模のでかさと威力の高さが相まってシロへの負担が大きく掛かる。

 そして爆炎を防ぎきると限界だったのか消壁が消え、そこへレクトが石で出来た無骨な剣を取り出しながらシロへと斬りかかる。


「く…」


 それをどうにか回避してシロも剣を展開するとレクトの剣とぶつかり合う。

 レクトがシロと鍔迫り合う自分の剣を見て笑う。


「やはり展開したあとに残るただの石に対してでは、君の魔法は真価を発揮しないようだね」

「くそっ」


 自分でも把握していなかった魔法の欠点を指摘されて舌打ちするシロ。

 そこへ僅かな動揺を見せたシロにレクトが腹部へと蹴りを減り込ませる。


「ぐぅ…!」

「戦いの最中に隙を見せるなっ、成瀬白…!」


 蹴り飛ばされて体勢を大きく崩したシロは、そのまま斬り込んで来たレクトの攻撃を躱しきれず左腕に傷を負うが、どうにか距離を離す。

 レクトが距離を詰める前に攻撃をしようとシロが剣を握り直すと、そのまま大きく振りかぶって剣を投げつける。苦し紛れの攻撃だが障壁で防げない以上躱すしかなく僅かにでも相手に行動の隙を与えないための抵抗だった。

 しかし、レクトはそれを事も無げに避けるとシロに向かって走り出そうとするが、レクトの後方でなにかが砕ける音が聞こえた。

 その音にシロはもちろん、レクトさえも振り返った。


「なんだ?」


 音がした方向へと視線を向けると、シロが投げつけた剣が大部屋の中央に安置されていた大岩へと突き刺さっていた。城が保管しているだろう物を傷付けてしまった事に一瞬不安を感じたがすぐにそんな感情は消えうせた。

 突如、周囲に濃密な魔力が漂い始めたのだ。

 それはシロでさえ感知できるほどの濃い魔力と本能から逃げたいと思わせるような殺気だった。


「これは……いや、これほどとはな……」


 いつもの余裕に満ちたものではなく緊張を孕んだ重く静かな声。

 その声の方へと目を向けるとレクトが笑みを浮かべながら大岩を眺めていた。だが声と同様に余裕の色は窺えない。それほどまでに危険な何かが目の前に存在している。


 岩が罅割れ崩れ落ちる。


 その中から現れたのは黒い人影のようなものだった。

 大きさは人よりは少し大きい二m程度だが腕程の太さはある尻尾と頭には二本の角が生えていて、そして全身黒塗り。それはまるでそこだけ穴が空いているかのような異質な存在だった。


「邪神…」

「邪神?」


 ポツリと呟いたレクトにシロが聞き返す。

 レクトは視線は目の前の影に向けたまま頷く。


「僕が調べ上げた情報はここに邪神が封じられているという事だけだ。どうやって封印を解くかはこれから考えるつもりだったが君のおかげで手間が省けた」

「あんたの手助けをしちまったうえに、こんな化け物とご対面なんてほんとについてない…」


 お互いに軽口を叩き合うが変らずに余裕はなかった。

 目の前の化け物が動き出した瞬間に自分が殺されるであろうビジョンしか想像が出来ないでいるから。

 少しでも持ち堪えようと魔法を展開できるように構えつつ後退して距離をおく。だが――


「――え…?」


 影が揺れたと思った瞬間シロの視界を塞ぐように影は目の前に立ちはだかり、右手でシロの顔を掴むと床へと叩きつける。


「がっ…!」


 一瞬何が起きたのか理解できなかったが、頭が床の石材を砕き減り込んだという事は辛うじて分かったが、それでも影の力は緩む事もなくシロの頭を砕こうと力が増していく。


「がぁあああぁぁ……!」


 頭を掴む右手を両手で引き剥がそうとするがビクともせずに更に力が入っていく。


(なにもできない! このままじゃ死ぬっ)


 シロはそう思った時、爆発音が聞こえると同時に拘束が解ける。


「……?」


 何が起きたのか把握できなかったが、誰かに掴まれて体を起こされる。


「まだ倒れるなよ白君。コレと一人で戦うのは骨が折れそうだからね」

「あんたはアレと戦いたかったんじゃないの?」

「たしかにそうだが、君はあんなものを世に放っておいてそのままなんて無責任な事は言うのかい?」


 いつのまにか元の軽口に戻っているレクトを見て苦笑するシロ。

 こんな状況のせいとはいえレクトに元気を貰ってしまうとは情けないと思わないでもないが今は前を向く。


「すっごい不本意だけど今だけ協力してやるよレクト」


 シロのその言葉にレクトは嬉しそうに口を開く。


「君ならそう言ってくれると思っていたよ白君」


 そうして二人は邪神と呼ばれた影と対峙した。

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