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辺境伯令嬢と堕天大公の恋のe’tude  作者: 篠宮 梢
神の御使いが落ちる時
7/7

 アンジェリーヌ様は本当にお優しく、何処までも寛大な御方であらせられる。


 期せずして仕えていた主の夫である王に情けをかけて頂き、王子と言う争いの種をこの世に生み出してしまった国王の若き側妃・ネイラ妃24歳は、黒髪に紫紺色の瞳を持つ異国の民であり、もとは流浪の民一族の族長の末娘であり、そこから無理矢理攫われた末に奴隷として闇市で競りに掛けられていた何とも悲運の持ち主でもあった。


 が、その命運ががらりと豹変したのは、やはりというべきか、それこそが真の定めなのだろうか、その日、偶然お忍びで城下の見回りがてらに仕事から逃走、否、仕事に来ていた王が、今正に競り落とされる寸前であった、後の己の側妃となる少女・ネイラ妃を認めてしまった瞬間に、それまでの人生は破棄され、新たな人生に変わってしまったのだった。


 まだ年端もいかぬ痩せ衰えた痛ましい少女。恐らくこのまま競り落とされ様なものなら、あの少女の行く末は性奴隷か、抱き人形と言う名の愛玩物であろう。

 

 この少女を一人救ったところで、他にも同じ様な境遇の子供達はこの国内外に呆れるほど存在する。

 それでも見捨てる事が出来なかった。


「――では、2シルダでいいですね」


 2シルダ。

 それは年間民が口にするパンの小麦の値段より安く、これから未来ある子供の値段ではなかった。


 そのあまりにもな値段に、気付けば王である男は会場を騒然とさせる金額を闇市の売人に告げていた。


「・・・、本気ですか、旦那?コイツは見目麗しい俺達フェルテシオンの女神の加護を受けてないんですぜ?」


「・・・それでもだ。」


「ではコイツは旦那に売りやしょう。ですが、もう少しばかり金額は上乗せしてもらいややすぜ」


 売人とは金の匂いが判るのだろうか。自分の後ろで憤りを露わにしている若き日の侍従長(とは言っても30代で、ただの侍従だった。)をなんとか宥め、王は後で迎えをやると約束をして、強引に少女だけを引き連れ、馬車に押し込め、城へと帰った。


 因みにその時の闇市の黒幕は、長年王家の資産を食い物にしてきた、とある侯爵家なのだが、王はそれを掴んだのを盾に取り、臣下の粛正を図った。(但し、小悪党はわざと見逃してやった。)


 連れ帰られた少女は最初こそガタガタブルブルと怯えてはいたが、風呂と食事、そして安らかな睡眠を与えた翌日には、すっかり愛らしい表情を取り戻し、お礼だと言って一子相伝の流浪の民の舞踊を舞って見せてくれた。


『ホントは、足と手に鈴つける。でも、ここにない。うすくて、ひらひらな布もない。』


 専用の服もあるそうだが、その服もないから見苦しいだろうが、気持ちだからと少女は一刻ほどひたすら舞い続けた。


 何故そんなに舞うのかと尋ねれば。


『踊る、意味ある。ことば、意味ある。それと同じ。ネイラが踊ったの、カンシャの舞い。』


 他にも神にささげる奉納の舞やら、婚儀や宴、葬送の際の舞もあると言う。


「ありがとう、ネイラ。とても美しかったわ。」


「あぁ、見事だったぞ。」


 ・・・断っておくが、ネイラは異国の民である。よって、文化や言葉は勿論のこと、挨拶の方法や感謝の表し方も異なる。


 幼き頃の側妃は王と言う身分や、階級を正しく理解していなかった。

 ネイラの一族で一番偉いのは族長である母でもある師匠だった。それ故にネイラはある意味間違ってしまった。


 自分を褒めてくれた王妃には膝を折り礼をし、王であり、自分を闇市から助けてくれた男には親愛の想いを込め、チュッと軽く頬に口付け、愛らしく微笑み、抱きついた。


 もう一度断っておく。

 幼き頃の側妃は無知だった。それに加え、攫われた哀れな幼き異国の民であった。


「あらあら、まぁまぁ。陛下のそんなお顔、初めて拝見いたしましたわ。」


「・・・アンジェ・・・、」


「よろしいではないですか。この子は陛下にお礼をしただけですわ。皆が皆、陛下の民ではありませぬよ?」


 そう言って、コロコロと笑っていた当時の王妃はやはり王妃様だった。



 思えば、あの御方はあの頃から何ら変わってはいない。変わってしまったのは私のほうだと、ネイラは己が産んだ第二王子をチラリとみた。


 先頃、恐れ多くも陛下と王太子様に強請り、新たな爵位を要求し、それを認めさせた我が子。

 今は如何に年上の悪友に仕返しする事しか頭にないようで。


『ははうえ、ははうえはオトコの前で泣くのはヒキョウだとおもいますか?』


『――それは時と場合によって異なるわ。でもね、どんなに卑怯だと誹られようとも、信念を守り通すには卑怯にもならざるを得ないわ。シーネ。』


『ははうえはやはりボクのははうえです』


 どうやら答えが気に入ったようで、にっこりと邪気のない笑みを浮かべ、くふふふと、如何にも怪しげな笑みを浮かべ、物騒な事を呟いていた。


「いまにみてろ!!ゼッタイホエヅラかかせてやる!!」



 ああ、心配だ。でもそれと同時に嬉しくもある。

 無気力だったつい最近と比べるのなら、今の我が子の方が何倍にも嬉しくもある。

 願わくばこのまま健やかに育ちますようにと願い掛けた所で。


「ねぇ、ネイラ。そろそろシルヴィートに妹か弟、作ってあげたくなぁ~い?」


『ァ、アンジェリーヌ様・・・?』


「まだまだ陛下もイケると思うのよね。だって私が昨日それ実感したモノ。ネイラならイケるわ。だからお願い」


 ――私の代わりに産んでちょうだい。


 その何処までも強く美しい願いを宿した瞳の輝きに飲み込まれた若き側妃は、今日も今日とて、己が主の為に、父とも兄とも慕う陛下の寝所に侍り、アンジェリーヌ王妃の願いを叶え続ける。


 己が心に芽生え始めた、主の夫君である方への恋心をひた隠しながら。





 ⑥から、再び子供達に戻ります。


 補足:ネイラ妃は恋愛不器用者です。


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