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死ぬたびに弱くなる勇者は、勝つために考える  作者: Futahiro Tada
第5章:誰が鍵を持つのか

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1:王都の結晶塔、管理者の沈黙

1:王都の結晶塔、管理者の沈黙


 王都の門は、村へ向かうときより重く見えた。

 石の色が濃いのではない。視線の層が増えている。見張り台の兵だけじゃない。門の上の結晶塔――淡い光を宿した小塔が、こちらを認識しているのが分かる。村で拾った結晶片と、同じ冷たさ。触れていないのに皮膚がひりつく。

 セラが馬車の窓から結晶塔を見上げて小さく笑った。

「お帰り、ってやつだね。鎖が手を振ってる」

 リュカが短く言う。

「噛む」

 フィーネは静かに息を吐いた。

「噛む前に、形を見ましょう。形を見ないと、歯が折れます」

 ミリアは炭筆を握りしめ、門を通過する瞬間を記録した。

 時刻。天候。結晶の光量。兵の配置。

 全部、細かい。細かいほど鎧になる。

 門をくぐると、王都はいつも通り賑やかだった。市場の声。荷車。子どもの笑い声。パンの匂い。花売り。日常。

 でも俺の目には、日常の隙間に管理が見えた。

 建物の角。街灯。噴水の縁。

 小さな結晶片が、さりげなく埋め込まれている。飾りに見せた観測装置。

 村の祠の結晶片と同じ光り方。

 ――漏れている。

 外部干渉は王都の外へ漏れたのではなく、王都の中から漏れていた。

 村で起きたことは、王都の構造が外へ伸びた結果だ。

 俺たちは王城へ向かわなかった。

 契約上、報告先はグレン――監察官。

 そして、グレンが管理する部局は王城の奥ではなく、城壁の内側にある管理棟にあった。

 管理棟は、白い建物だった。

 白いのに温かくない。反復迷宮の白を思い出す。

 入口には結晶の柱が二本。警備兵が無言で立っている。

 グレンは、入口で待っていた。

 いつも通りの黒衣。

 いつも通りの無表情。

 だが、目だけが少し疲れている。管理者の疲れだ。

「戻りましたね」グレンが言った。「報告を」

 セラが笑う。

「報告ね。紙を喜ばせに来たわけじゃないよ」

 グレンは気にしない。

「結晶片の件は把握している。だが詳細が必要だ。――別室へ」

 案内された部屋は、窓が小さく、机が一つ。

 壁に結晶の小柱が埋め込まれている。記録端末。

 ミリアがそれを見て、少し眉をひそめた。

 俺は先に言った。

「記録は国とこちらの二重。……それは契約条項だ」

 グレンが頷く。「承知している」

 ミリアが記録紙を広げる。

 セラが工具袋を机に置く。

 フィーネが静かに膜を薄く張る。声が刺さらないように。

 リュカが扉の近くに立つ。盾ではない。出口だ。

 俺は報告を始めた。

 ただし、真実の言葉のままでは出さない。

 村の名前も言わない。

 消えた人の名前も言わない。

 祠の声も、再現しない。

 代わりに、構造だけを渡す。

「外部干渉の形が、王都の結晶装置と同じだった。鍵は識別。名前が最も強く反応した。声も盗まれた。……祠は端末だ。保管庫へ繋がっている」

 グレンの指がわずかに動く。ペンを持つ指だ。記録したい指。

 だが今日は、記録だけでは足りない。

 俺は続けた。

「さらに、鍵を印に置き換えれば、保管庫から引き戻せた。一人、四人。……だが引き戻しは、逆に吸い戻しの対象にもなる。鍵は双方で奪い合われる」

 グレンは淡々と聞いている。

 だが、目の奥の揺れが強くなる。

 管理者の計算が、現実の不整合に引っかかっている。

「結晶片は?」グレンが問う。

 セラが工具袋から布包みを取り出した。

 中には、村の川で拾った結晶片がある。

 冷たい光。

「これだ」セラが言う。「粗い。加工が甘い。王都の装置みたいな整形はされてない。でも筋が同じだ」

 グレンがそれを手に取ろうとした瞬間、フィーネが静かに言った。

「触れない方が良いです。結晶は識別を引き抜く媒介になり得ます」

 グレンは一瞬止まり、次に布越しに触れた。慎重だ。

 そして、彼は淡々と問う。

「村で外部干渉が起きたことを、誰に話した」

「村人には話していない」俺が答える。「契約がある。……代わりに、ルールだけ渡した。名前を呼ばない。印で呼ぶ。声を抑える」

 グレンは頷いた。

 その頷きが、妙に重い。

「正しい。混乱は増える」

 セラが鼻で笑った。

「混乱が増える? 混乱を恐れて真実を隠したら、次に消えるのは別の村だよ」

 グレンは反論しない。反論できないのだろう。

 管理者の仕事は、爆発を遅らせることだ。

 だが爆発が遅れた分だけ、火薬は溜まる。

 ミリアが震える声で言った。

「……王都の結晶装置が、村の祠に繋がっているなら、これは事故じゃありません。意図がある」

 グレンの目が一瞬だけ鋭くなる。

 そしてすぐに薄く戻る。

「意図の有無は、今ここで断定できない」

 フィーネが静かに言う。

「断定しないまま、結晶装置を運用するのは危険です。人が消える」

 リュカが短く言う。

「止めろ」

 グレンは沈黙した。

 長い沈黙。

 管理者が、管理できないものを前にしたときの沈黙だ。

 その沈黙を破ったのは、部屋の壁の結晶小柱だった。

 結晶が、ふっと光った。

 ほんの一瞬。

 だが確かに、反復迷宮の増幅に似た光り方。

 ミリアが息を呑む。

「……今」

 フィーネが膜を厚くする。

 セラが机の布包みを覆う。

 リュカが扉へ体を寄せる。

俺の視界の端に、文字が浮かんだ。


《接続要求》

《対象:勇者ユウ》

《鍵:識別》


 ――来た。

 王都の結晶網が、俺を鍵として接続しようとしている。

 村の祠で見た糸と同じ。

 端末はここにもある。

 グレンが初めて表情を変えた。

 ほんの僅かだが、眉が動く。

「……この部屋は監視されていないはずだ」

 監視されていないはず。

 つまり、監視されている。

 セラが吐き捨てる。

「管理者も管理されてるってわけだ」

 結晶小柱から、黒い糸が伸びた。

 糸は俺の胸へ向かう。

 刺されば、識別が抜かれる。

 抜かれれば、名前が鍵になる。

 鍵になれば、次の保管庫に繋がる。

 俺は息を止めた。

 喉を固める。

 言葉を出せなくする。

 同時に、意識を印へ移す。

 村の印。星。波。三角。丸。

 形を思い浮かべ、名前を追い出す。

 フィーネが膜を糸の前に差し込み、軌道を曲げる。

 セラが机の上の紙をバラ撒いた。

 紙が舞うと、糸の光が乱れる。

 書庫でやったのと同じ。生成条件を崩す。

 ミリアが床に短い線を引き、結晶小柱の周囲に境界を作る。

 境界の線が光を散らし、糸の形が歪む。

 リュカが机を押し、結晶小柱と俺たちの間に物理的な遮蔽を作る。

 糸は直線ではない。だが直線が曲がるほど弱まる。

 グレンが低い声で言った。

「……この接続は、上層部の命令ではない」

 セラが笑う。

「上層部より上? それとも、迷宮?」

 グレンは答えない。答えられない。

 ただ、結晶小柱を見つめ、初めて恐怖の色を滲ませた。

 結晶小柱の光が強くなる。糸が増える。

 一本、二本、三本。

 俺の視界の端に、文字が走る。


《鍵の抽出:開始》


 ――まずい。

 抽出が始まる。

 ここで抗うには、書庫と同じ方法が必要だ。

 言葉の生成を止める。

 つまり、結晶の喉を塞ぐ。

 俺は棒を掴み、結晶小柱へ向かう――が、叩かない。押す。

 棒を結晶に当て、押し込む。

 結晶がきしむ。

 黒い筋が脈打とうとして、押されて潰れる。


《……》


 文字になりきれない。

 だが、結晶は抵抗する。

 糸が棒の先に絡み、俺の腕へ伝う。

 フィーネが膜を棒に沿って張り、糸の伝いを鈍らせる。

 セラが蝋を取り出し、結晶小柱の根元に塗る。

 蝋は粘り。光の流れを止める。

 ミリアが線を重ね、根元に渦を描く。光が散る。

 リュカが机を押し込んで、結晶小柱を壁際へ追い詰める。

 逃げ道を減らす。

結晶が脈打つ空間を狭める。

 結晶小柱の光が、ふっと弱くなった。

 糸がぶちぶちと切れる。

 空気が少し軽くなる。

 だがその瞬間、結晶小柱が最後の一撃のように文字を吐いた。


《契約》


 契約。

 胸が冷えた。

 契約の鎖が、ここで噛みつく。

 俺たちが署名した特務契約が、鍵として利用される。

 口外禁止。任務選択。自由の保証。

 あれが、接続の糸になる。

 グレンがぽつりと言った。

「……契約文面に、結晶識別の符号が混ぜられている」

 セラが目を見開く。

「最初から罠じゃないか」

 フィーネが息を呑む。

「自由の条件が……鍵になっていた」

 ミリアが震える声で言う。

「じゃあ……私たちは、署名した時点で……」

 俺は息を吸って吐いた。

 怒りは燃料だ。燃料を迷宮に渡すな。

 でも、燃やさないと折れる。

 怒りを、手順に変える。

「契約の継ぎ目を噛む」俺は言った。「噛み切る。……条項を使う」

 契約には条項を追加した。

 国が約束を破った場合、契約は無効。口外できる。

 そして、任務の拒否権。

記録の保全。

 つまり――契約が鍵として悪用された瞬間、国は約束を破った。

 契約は無効になる。

 俺はグレンを見た。

「今の接続は、国の約束違反だ。契約は無効。……そうだな?」

 グレンの目が揺れた。

 管理者が、鎖を外す側に回るかどうかの揺れ。

 長い沈黙。

 そして、グレンは初めて、はっきり言った。

「……そうだ。これは契約違反だ」

 セラが笑った。

「やっと噛めたね」

 フィーネが静かに言う。

「では、私たちは……言えます」

 ミリアが記録紙を握り締める。

「記録します。契約違反。結晶接続要求。鍵抽出。……全部」

 グレンは立ち上がり、扉へ向かった。

「この部屋の結晶網を遮断する。だが――」

 彼は一瞬だけ振り返る。

「上層部の一部は、結晶網を自律運用している。私はそこまで把握できていない。……つまり、敵は国の中にもいる」

 敵。

 やっと、言葉が出た。

 管理者が敵を敵と呼んだ。

 俺は頷いた。

「なら、次は迷宮じゃない。結晶網だ」

 グレンが淡々と言った。

「……結晶塔へ来い。最上層。そこで話す」

 結晶塔。

 王都の中枢。

 鎖の中枢。

 そして、おそらく保管庫の本命。

 俺たちは立ち上がった。

 死なない。

弱体化しない。

でも今度は、迷宮の中じゃない。国の中で戦う。

 セラが工具袋を持ち上げて笑った。

「面白くなってきたね。鎖の根元を噛みに行く」

 リュカが短く言う。

「行く」

 フィーネが息を整え、膜を薄く張り直す。

「言葉が刃になる場所です。……でも私たちには基準があります」

 ミリアが記録紙を胸にしまい、炭筆を握り直した。

「私が残します。消されない形で」

 王都の結晶塔は、王城の影に隠れるように立っている。

 昼でも光っている。

 淡い青白い光が、空へ伸びている。

遠くから見るだけで、胸が冷える。

 そこへ行く。

鍵を持つ者を確かめるために。

 ――誰が鍵を持つのか。

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