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エピローグ

 エティ姫が辞退した、ということでアレシア姫が王太女となった。

 元々おっとりしており、人の上に立つような気性ではないエティ姫は王位継承第二位という立場になり、本人が縁談を頑として辞していた。気鬱になりがちで、アレシアを助けられなくても邪魔はしたくない、と療養として離宮へと住まう決断すらした。ジュードはその助けをし、今やエティ姫の趣味がブレンドティー作りだと言う。

 ジュードは文献をレオとその奥方に見せたあの日の記憶の曖昧さがどこかあったが、結局何も思い出せなかった。

 ただ、確かにバラバラになっている精霊の言い伝えや歴史などを一度きちんと整理すべきだという思いはあり、そのためリンゼイに正式に協力を申し入れた。王宮図書館とその地下にある書庫やスカラット家の書庫、各村や街に伝わっているだろうおとぎ話や伝承などを集めて整理するために「精霊情報資料編纂室」という部署を立ち上げた。ここで室長として指揮をとりながら、従来通り薬師としての役目も担っており、多忙となっていた。

 

 そして時期を同じくしてアレシア姫の縁談合戦の開幕となった。

 名のある貴族もそうだが、隣国の王子などその相手は多岐にわたる。これからもレオの仕事は忙しくなるばかりであろうことは仕方がなかったが、姫付きの役は近衛兵に引き継がれた。今は王太女秘書室の補佐という護衛のない仕事についている。ちなみにこの秘書室の長はモントワール公爵だ。

 モントワール公爵夫妻は、先日フラン医師と茶会と称して相談をしていた。その時に公爵はイライザにこれからのことをよく考えて欲しい、と告げた。それは、膨大な慰謝料と邸と共に離縁する、という提案だった。

 婚外恋愛に逃げることなく、芸術家のパトロンとして暮らしていた公爵にとってイライザには感謝しかないと言う。

 

「……これからは王宮での仕事で忙しくなる。そしてイライザは家柄も美しさもある。私以外に嫁いで、子をもうけた方がいいかと思うんだ」

「……」


 イライザと公爵は頻繁に夫婦生活があった。子が成せないということにイライザが疑問を持ったのはもう二年前である。その時からずっと、この先をどうしていこうかと考えていた。


「子がいない、という生活、私は悪くないと思います」

「イライザ?」

「私の在り方は私が決めます。離縁などするつもりはありません」

「しかし、まだ若く、美しいイライザが後悔することになったら私はつらい」

「それは、私が決めることです。違いますか?私が後悔しない、と言ったらしないのです」

「だが」

「いい加減にしてください。私のことは私が決める、というだけです。そして私は、離縁するつもりはありません」


 ふぉふぉっ、と穏やかな笑いがしてふたりはフラン医師を同時に見る。


「完敗じゃの、公爵どの」

「……正直、少しばかり高慢なところが鼻についたりもしたのですが……救われましたね……」

「高慢だと思われていたの!?」


 そうして公爵夫人のイライザはアレシア姫の茶会要員として王宮に出入りするようになっている。そこで夫のパトロン業を引き継いだ結果、思わぬ才を発揮し、なかなか儲けているらしい。

 

 

 そして今日、アレシア姫の王位継承一位となった披露目の舞踏会でレオと共にリンゼイはいよいよアレシア姫に謁見する。


「アレシア姫、私の妻、リンゼイでございます」


 アレシア姫はリンゼイを上から下までじっとりと見る。その視線は確かに嫉妬する女のような厳しさがあり、リンゼイは思わず息をのむ。


「ふたりのダンスを見てみたいわ」

「ダンス、ですか?」

「建国祭のとき、ダーシーと踊っていたでしょう?とても見ていて気持ちのよいダンスだったから、もう一度見てみたい」

「分かりました」


 リンゼイとレオがフロアで手を取り合い、音楽に合わせてステップを踏み出す。

 その様子は建国祭の舞踏会のものとはまた違ったものだった。息の合ったふたりのステップは大きく、見栄えがする。淑女の楚々としたいじらしさなどなく、まるで二人がじゃれ合って遊ぶ幼子のような無邪気さがあった。しかし互いを信頼しているのであろう、少し普通よりは軽やかに踊る様は見ていてどこまでも美しかった。

 それはまるで、精霊のように羽を持っているようにさえ見える。


「小さいころから遊び程度でずっとふたりで踊っていなあ、リンゼイ」

「え、うん、そうね」

「だから、こっちに帰還してダンスの練習をし始めたとき、驚いたんだ。リンゼイのつむじが見える。前はそんなことはなかった。リンゼイが小さくなったのではなくて、僕が大きくなった」

「そうそう。そしたら、急に私に気を使って」

「気を使って練習していたらそんなのつまらない、とリンゼイは言ったよ。僕は困った」

「でも、それでこうして楽しく踊れるのだから、いいんじゃない?あ、そう言えば」

「何だい?」

「どうして、国境警備任務についてから手紙が来なくなったの?ずっと聞きそびれていたんだけれど」

「……それを今聞くのかい……」

「いつ聞いても同じでしょう?」

「……あれは……あの時は、国境そばの詰所があって、そこで僕たち騎士が暮らすわけなんだが……恋人からの手紙はからかわれる上に回し読みされてしまうんだ……新人への洗礼みたいなもので、僕はリンゼイの手紙を絶対に盗られたくなかったから……」


 だから悟られないためには手紙自体を手元に置いておくことができなかった、とレオは頬を染めて話した。


「……それなら、言ってくれれば私だって不安にならなかったのに」

「だから、手紙を出すこと自体もだな……見られるのは嫌だったんだ」

「そっか。わかった」


 ふたりはぐん、と手足を伸ばし、まさに舞っていた。





「やはり、あのダンスはレオの仕込みですな、姫。幼馴染とはまったく恐ろしい」

「本当にそう。あんな息ぴったりで、舞踏会というよりはまるで精霊のダンスよ。優雅とも違う、ふたりにしか出せない空気ね」

「……姫はやはり聡いですな」

「あーあ。分かっていたけど、失恋ね。これじゃあ王族の身分を盾にしたって勝ち目なんかないわ。ねえダーシー。私もいつかあのふたりのようになれる人に出会えるかしら」

「さあ。どうでしょうね。私も死んだ妻とはいい関係でしたが、周りに言わせると完全にお笑いだったそうです」

「ダーシーが?お笑い?」

「姫には信じられないでしょうが、私はいつも妻にいじられ、それがまた楽しかった。騎士長という立場で人から気安くされることなど減ってしまいましたからね。夫婦というものは、それぞれ違うのですよ。レオと奥方のような関係を目指すことはありません」

「……」

「レオに憧れた姫に言うには少々酷ですが、姫は姫を愛する人、また姫が愛する人を、どうか是非」

「……難しいわね……」

「まあ、夫婦というものは長い年月で変わっていくものです」

「ダーシーは奥様が亡くなってどのくらい経つの?」

「三年になります。まだまだ妻のことは考えてしまいますが、かつて引っ込み思案だった妻が私をからかったりするようになり、最期は静かに悟った仙人のようになっていました。どの妻も私には最愛の妻です」

「……」

「さあ、姫。ここからはあなた様の花婿候補が挨拶に参ります。良き人と巡り合うことをこの騎士長、願っております」


 アレシアは表情をきりりと整えると、未来の女王としてこの国のためにできることをしっかりと見据えていた。




「ほんと、リンゼイのダンスは見た目詐欺よね。そんな清楚な見た目であんな大胆なダンスなんて」

「イライザ様」


 王太女秘書室長となったモントワール公爵はこの披露目の場では大忙しである。あちらへこちらへと挨拶に回りながら、アレシアに人を紹介したり、有力貴族の顔を覚えるよう助言したりとこれまでのパトロン姿から想像もできない働きぶりだ。

 その姿にあの噂が大好きなタロワナ伯爵夫人も興味深々である。


「さっき、タロワナ伯爵夫人から聞いたのだけど、最近王宮七不思議なんてあるの?レオ様」

「王宮、七不思議、ですか……僕もあまり聞いたことは……」

「開かずの間、笑う肖像画、消える燭台の灯、後何だったかしら……」


 ぶつぶつとイライザが思い出している。今までそんなものは聞いたことがないレオも返答に困ってしまう。なぜ今になってこんな話が出てくるのか不思議でならない。だが、確かにレオの耳にも最近裏の森がずいぶんと明るくなったという話は届いていた。

 イライザははっと思い出して二人に向き直る。


「そうそう裏の森が最近やたらと花が咲いたり華やかになってて王宮の使用人たちの中で噂になってるそうよ。精霊がいるのではないかって」








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