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16回目のお祝いの後は……

宴は陽の延び出した夕暮れ時から始まった。

幾つもの篝火が煌々と照らす中、城壁の庭から門を越えて外へと繋がる長いテーブルを彩る料理達を囲む様に普段の倍の数の人がそこにはいた。

主賓席に座る俺の左側にはクロームが着き、そして右側にはルゥ姉が着いていた。

ルゥ姉と俺の間には婚約者となるアメリアが慎ましく控え、親代わりではないがフリーデルにリンゴの花の蜜漬けが置かれたガラス製の小さなワイングラスにリンゴのお酒を注いでもらい、俺は無言のままそれを一息にリンゴの花の蜜漬けごと飲み干した。

くらりと一瞬眩暈がしそうなほどのアルコールの濃度ととろんとした舌触りを残す濃厚な蜜の甘さに甘さの欠片も無いリンゴのお酒を飲みやすくしてくれた。

飲み干したグラスを机に置いた所で割れんばかりの拍手が鳴り響くのを、こう言った風習を知らないロンサールの人や俺も驚きから恥ずかしげに、でもどこか誇らしい気持ちが湧いてくる。

ハウオルティアの文化なんてほとんど知らずにここまで来てしまったけど、ここに来てやっとリーディックがハウオルティアの人間だと思い知らされてしまった。

だけど強烈なアルコールの濃度に主役である俺にだけ用意された椅子にすとんと座ってしまえばどこからともなく失笑と、先ほどまでの拍手とは何処か色合いの違う拍手。

こうやって認められていくのだなと思っていればフリーデルが俺の隣に立ち


「皆様も知ってましょう。

 彼、リーディック様はハウオルティアの王族を受け継ぐ御身。

 今日の良き日を迎え無事成人となりました」


先ほどまでの和気藹々とした空気に緊張が走る。

この国を守りきれなかった一族の最後の一粒。

大切な隣人を失ったり今までの暮しを失ったりとの恨みつらみは俺一人に向けられるのも当然だろう。

そんな視線に見守られる中


「明日の朝、日の出と共にこの生きながらえた命と下僕たる我々はブルトランの討伐へと向かいます」


フリーデルの宣言に判り切っていたとは言え誰もが息を飲んだ。


「王族と一番近しい場所に名を残すリーディック様には成人を持って王族亡き後の後継としてハウオルティアの王とし、我らがハウオルティアを蹂躙するブルトラン討伐に向かう事を初の御役目となりましょう」


そう言って言葉を区切るも何故か言葉を長い間紡ぐ事の出来なかったフリーデルは涙を一つ零し


「リーディック様にはこの日まで生き延びる事を至上の命として生きながらえてこられました。

 明日、この地を発ちブルトラン王が住む王都に乗り込んだとしても勝ち目のない戦い。

 残る民には今以上の凄惨な暮しをさせてしまう事だけが心苦しく思う。

 だが、この日の為だけに、死に行く日の為だけに生き延びてきた王の血の役目を持つ子供を、どうか忘れずにいてほしい」


それが俺の身の上の総てだった。

成人を迎えたら命を捧げろと言われ続けた運命。

この世界は命が安いとは判ってはいたが、俺の命も軽く安い物だと言うのを改めて理解せずにはいられない。

心の中に住み小さな俺は膝を抱えてしょぼんと、今にも泣きそうな顔をしているも俺は未だ他人事のように目前に迫る死を受け入られずにはいられない。

理解はしている。

だけど、その日はまだ遠い未来のような気がしてる中俺は立ち上がり


「その日に至るまでの事は総てした。

 とは言えないが、出来る限りの事はしてきたつもりだ。

 先日の嵐で振り出しに戻ってしまったが、村のみんなにも、運よく生き延びた人達にもここで培った事を持って今度こそ安住の地を見付けてくれ。

 もしこの国から逃げ出すしかなかったとしてもだ。

 みんなに覚えてもらった技術はどの国でも通用する技術。

 前に住んでいたフリュゲールでは学問は荷物にならないからと色々な事を覚えされられてきたが、それをここでみんなに学んでもらえ、今では荷物一つなくとも学んだ事で身を立てる事が出来る技術が貴方達にはすでに備わっている。

 今宵が別れの宴とは言わない。

 旅立ちの宴として今日の日の為に用意した料理を召し上がってもらいたい」


どこからかと言わずともすぐ横でおいおいと泣き出すフリーデルの背中をさすりながら俺はクロームとルゥ姉にワインを注ぐ。

それがスタートと言わんばかりに城壁の外では料理を待ちきれない子供達が次々に手を伸ばしたのをきっかけに賑やかなはじけるような笑い声が響きだした。

こうなったら主役は子供達だ。

子供を追いかけるように母親が走りだし、妻の目を盗んで男達は酒を酌み交わし、子供を連れた母親同士が集まれば若い男達は意中の娘を誘って話しかける。

それは何も門の外の話しだけではない。

門の内側の男達も村娘の側に話しかけに行ったり、門の外の女も内側の男達の側に寄って腕をからめている。

俺は何故かおいおいと涙を流すフリーデルの世話をする事になり、呆れた事に隣ではクロームとルゥ姉はあえてこちらを見る事無くこの日の為の料理に舌包みを打っている。

エンバーとクロームもいつの間にか仲良くなった村娘や馬が合った友人達と料理を囲んで酒を酌み交わし別れを惜しんでいる様子をぼんやりと見る。

合間合間にカヤやリーナが料理を運ぶのが見えたが、既に用意したある料理を運ぶだけなので、リーナにやたらと声をかけている男達が一緒に手伝う様子も見れた。

何だあれ?

俺はフリーデルの面倒を見てるのにとどことなく納得できないまま眺めていれば隣のアメリアがくすくすと笑う。


「眺めているだけじゃ手には入りませんよ?」

「何言ってんだか」


おませなお嬢さんのグサッとくる一言で容赦なく俺の繊細なハートを揺さぶってくる。


「私だって今はちゃんと王妃って言う物を理解してるわ。

 義務と責任。

 こんな短期間で身に沁みるほど理解させるなんてほんとルーティアって嫌な女よね」


何があったかはあえては聞かないが、ルゥ姉の授業を思い出してか顔色を悪くして震えだした彼女にこれは絶対聞いてはいけない事だとそんな彼女に気づいてないと言う様にリンゴのジュースに手を伸ばして一口飲んでから目の前に置かれてあった切り取られた豚の丸焼きを引き寄せて口の中に放り込む。

甘酸っぱいリンゴのソースが豚肉の獣臭さをやわらげてくれる爽やかなソースを楽しんでいれば、やっと復活したアメリアが暢気に食べてる場合じゃないと横から俺を睨むも


「で、何が言いたいんだよ」

「私の他にも妻を娶りなさいって言ってるの。

 私としてはリーナが良いわ」


リーナならよいではなくってと、既に決定事項のこの懸案に


「悪いが、リーナはない」


俺の否定的な言葉にむすっとするアメリアに向かって


「リーナはアメリアより少し上だったか?

 既に夫を持つ身、そして夫を失った人だ」

「だからそれが何?

 リーナみたいな良い子滅多に居ないわよ?」

「アメリアと比べれば大概が良い子だろ?」


さらにむすっとする顔をスルーしてなんかのキドニーパイを頂く。

足の骨を折って動けなくなった老いた牛を見かけた時、農家の人が潰すと言うのでその折に作って見せた料理だった。

牛はやっぱりこちらの世界でも高価で贅沢な為にレバーや臓物も食べる文化があったので作ってはみたのだがお約束のように獣臭さの残る料理をカヤがハーブで味を調えた物へと変化させて好評だった事に俺はこの薄味世界の料理事情の中カヤに連敗を喫している。 

この子恐ろしい……

と言っても家事全般パーフェクトと言うか俺の料理をどんどん上級者の腕前で美味しくしていく能力ってあんまり羨ましくもないけどね。

寧ろありがたいしね……

可愛い女の子の手料理なんてサイコーじゃんというのは男なら誰しも思う事。

そして美味いのだ。

文句言ったら罰が当たる。

文句言った奴には二度と喰わせてやらんと言うのは当然だろ?

一部でカヤの事を何かと言う奴も今日ばかりは料理を誉め豪快に酒を煽っている。

調子いい奴と顔を覚えておけば


「だけど、王妃は一人でも側室は山ほどもつべきよ」

「理解はしてるよ。

 ただ、側室を山ほど囲うほど金はない」

「そんなのブルトランからぶんどればいいのよ」

「貧困に喘いでいるブルトランに金があると思ってるのか?」

「それは……」

「お前も王妃王妃って言ってるけど、暮らしが豊かになるのは俺達が老いてからになる。

 贅沢はさせれないしする金もない。

 もっとも、この国のどこにもそんな金はないから甘い夢ばっかり見るなよ」

「そんな事フリーデルからもルーティアからも何度も念を押されてるから今更言われなくても理解してるわ。

 それでも私は暖かなベットで雨風凌げる場所で寒さに凍える事も餓えを我慢する事もないの。

 十分な報奨だと思わない?」


そう言いながらリンゴ酒をこくりと喉を鳴らせて飲む。

驚いたと言うか何と言うか。

女の子の成長は男の子より早いとは良く言うが、ちょっとのスパルタ形式の教育で一年もせずにこうも変わるとは女の子って恐ろしいと首を竦めてしまう。


「とにかく、貴方は私以外の妻を娶らなくてはいけない。

 私も義務を果たすからディックが義務をきちんとこなせば後は好きにしなさい。

 でもね、順序は大切。

 この苦労も知らない人を妻に迎えると言うのなら、必ずリーナを妻にしてからにしなさい。

 彼女が夫を失くしてるとか言う以前に同胞に報いらなくてどうするの?

 彼女ちゃんと身なりを整えれば凄く美人になるはずだから、いつまでもあんな指先をガサガサにさせるような事をさせてちゃだめって言う話よ」

「ああ、うん。そうだよな……」


冷たい水での洗い物をしたり、この大人数の洗い物と調理、そして洗濯は俺と似たような年齢のはずなのに今までの苦労も合わせて実年齢以上に見せてしまっている。


「リーナの返事はともかく、無事落ち着く事になった時には暖炉の前で夜中でも本が読めるような生活を約束するよ」

「ちがうでしょー!

 女の子ならね、女の子って言う生き物のは綺麗な服に身を飾って楽しいおしゃべりと甘いお菓子と他人の嫉妬で綺麗になって行くの」

「それは人それぞれじゃ……」

「じゃない!

 忙しく働いて誤魔化しているけどリーナだって私とお揃いの綺麗なドレスを着たかったはずよ!

 料理ばかり運んでないで少しぐらい私達とおしゃべりしながら料理を食べたいはずよ!」

「判ってるけど……」


と言うかお揃いのドレスがあったと言う事実に驚きが隠せれなかった。


「私はただこれからの時代には一人でも多く結束できる人物がすぐそばに居る事が必要だって言いたいの!

 私の母さんみたいに思い込みの激しい人とか、ブルトランの王みたいに戦争ふっかけてくる人とか、とにかくその壁となる人を少しでも多く侍らせって言ってるの!」


小声ではあるが俺の眼の前でまくしたてるアメリアにただ頷くしか俺は出来ない。

この子は何時こんなにも多くの事を考えれるようになったのだろうと睨みつけてくる瞳に呼吸の仕方を忘れた空気をコクンと飲み込みながら改めてゆっくりと「うん」と頷く。

どことなく胡散臭げな顔で俺を見下ろして


「じゃあ私は向こうに行くね。

 少しでも忠誠心の強い人を、少しでも私達に尽くしてくれる人を引き込めるようにお話してくるね」

「ああ、うん。

 頑張って……」


手を振って見送れば最後のアメリアの言葉に完全にルゥ姉劣化型だなと冷や汗を流す。

コピー何て冗談じゃないが、社交の華でもないが、サロンに出没する話術の魔術師的なそんな存在に向けて成長している様子にいつの間にか隣で部下の人と酒を酌み交わしているフリーデルの袖を引っ張れば


「彼女綺麗なお洋服と甘いお茶、そして楽しい会話が好きですよね?

 社交の場の支配者向けに育ててみました。

 ルーティア様とは年齢的に離れてますからこれで万遍なく情報が集められるでしょう。

 魔力も平凡、武術も平凡、学力も平凡。

 平々凡々の彼女ですが、巧みな話術は女性として大きな武器になります。

 最もまだまだ勉強中の見ですが、いずれディック様のお役にたてるかと思います」


そう言って俺に向かってグラスを持ち上げて飲むのに確かに俺にはできない事だけどと考えながらグラスに入っていたリンゴ酒を飲む。

それを合図に次々と祝いの言葉と挨拶が始まったのだ。






俺は椅子から離れる事が出来ずにひたすら酒を飲まされてぐでんぐでんになっていた。

何とか挨拶も乗り切りルゥ姉からの退出の許可も貰ってどこからか現れたシアーに酔い覚ましの魔法をかけてもらって早々に逃げ出す事に成功したのだった。

途中ジーグルトが夜食も持たせてくれたり、ウードが酒瓶を一つ持たせてくれたりしたのをありがたく貰いながら城塞の自室へと向かう。

窓の外からは賑やかな声が、そして自室は明かりも点けずにぼんやりとベットの上で寝転んでいた。

だけどコンコンとノックする音に誰かと思うも相手をするのもめんどくさくって無視をしていれば


「カヤです。

 お加減は大丈夫ですか?」


その声に慌てて体を起こしてドアを開ければ暖かなスープとリンゴのシロップ煮を持ってきてくれた。


「お夜食を頂いていたそうですがやはりもう少し食べやすい物をと思って」

「ありがとう」


カヤを部屋に招いてテーブルに食事の準備をしてくれた。

星明りも入らない部屋のテーブルに明かりのついたランプを置いて室内にもあるランプをつけようとしたのを止める。


「暗くて大丈夫ですか?」

「ああ、外の賑やかさにこれぐらいがちょうどいいよ」


窓から外を覗けば誰かの騒ぐ声に自然に笑みが浮かぶ。

明日から……俺と一緒に死んでくれと言わなくてはいけない相手に多少の羽目を外しても見ない振りをするぐらい当然だ。

まあ、犯罪は許さないが二日酔いぐらいまでなら許してやるぐらいの心の広さは用意してある。

実際飲まなくちゃやってられないだろうしとぼんやりと次々と酒を煽るおっさんと共に潰されていく若手に向かって頑張れと心の中でエールを送る。


「休まなくて大丈夫?」

「ガーネット様から頂いたお薬を貯めていたのでここぞとばかりに使っております」

「ちゃんとマメに飲んでもらえるともうちょっと安心できたんだけどな」

「ですが、私も最後まで坊ちゃまのお側に居させてほしいので。

 あとは当日の分と前夜の分ぐらいは残してあります。

 足手まといになるつもりはありません。

 ただ、最後の時までご一緒させてください」


給仕をしながらの会話とは思えないくらいの内容だが、それでも穏やかな笑みを浮かべてあたたかな紅茶を淹れてくれた。

ドライフルーツをカップに沈めてデザートも兼ねるフルーツティーをカヤの分も用意させて正面の椅子に座らせる。

主従が一緒のテーブルに着く事のない階級社会が色濃く残るこの世界で緊張の色を隠せないでいるカヤを正面に俺は食べ終わった食器をそのままにその瞳を覗き込んでから長い事目を閉ざし


「カヤにとってリーディック・オーレオ・エレミヤ……

 屋敷で初めて会った時はどんな子だった?」


想像もしない質問にカヤは目を丸めた後少しだけ困った顔をして


「とてもやんちゃで寂しがりな子だと……」


やんちゃ所ではない事ぐらい俺は知っている。

スカートをめくるなんて生ぬるい方で、足元に滑り込んでドロワーズを引っ張ったりなどなど……

子供だから許されると言う限界ぎりぎりと言うか子供でも許されない絶対アウトな事を通りすがる度に若いメイドさんに悪戯を仕掛けていた。

うん。このエロガキちゃんと人を選んでやりやがったってのが心の中の俺に頭を殴ってしかりつけてやった出来事だが


「寂しがりな子、それは俺も同意するよ。

 あんな優しい母上だけど、俺の前に居る時は何時も父上と一緒の時だけ。

 結局父上に優しい母親って言うのを見せたくっての母親面だったし、兄上達もサファイアが家庭教師にやってくるようになってから兄貴面をするようになったんだ。

 誰もリーディックを必要としてなかった」

「そんな事は……」

「未成年の当時の王の妹の子供と言う価値が存在価値の総てだ。

 今頃になって痛感してる。

 この日の為に生きながらえさせた命。

 そして滅んでも仕方がないと言う様に育てられた子供に総てを押し付けてハウオルティアは滅ぶ。

 とても公爵家の子供とは言えないような育ち。

 ひょっとしたらこの日の為にと言うか、滅ぶ理由として育てられたんじゃないかって思ってるんだ」

「坊ちゃま……

 ですがカヤは知ってます!

 誰よりもこのハウオルティアの地に住む者達を救おうとしてる姿を!」


「だけどね、リーディックは既に死んでいる。

 もう俺の中をいくら探してもどこにも見当たらないんだ。

 そして俺の名前は芹沢雪兎。

 この魂の前の持ち主がリーディックを支配してる」


驚きに言葉もなく目を見開くカヤに当然ルゥ姉には話してあると前置きをし


「ルゥ姉が言うにはこの体とこの体に流れる血が重要で、俺の記憶とかリーディックの意志は必要ないって言うんだ」


ほんと俺とリーディックの存在ってと泣きたくなるのをぐっとこらえ


「だから、病気のカヤに最後まで付き合ってもらう理由はないんだ。

 療養するならフリュゲールが良い。

 アルトの家なら仕事も貰えるだろうから手紙を……」

「坊ちゃまはぜんぜん判っておりません!」


机に手を付いて立ち上がるカヤの両目からはポロリと涙が零れ落ち


「この際リーディック坊ちゃまとかディック坊ちゃまとかは置いておきます」

「お、おう……」

「カヤが最後まで付き合うのは坊ちゃまの最後の姿をこの目で見届けたいからであります!

 坊ちゃまの中身が誰であろうとも、カヤは知っております。

 一人でもロンサールの方を、そしてハウオルティアの方を守ってどこでも行けるようにと学ばせて導いてきた事を!

 エレミヤのお屋敷でカヤは頂いた料理の本を手にお屋敷を出た後でどれだけ救われたか一晩語っても足りない幸せがありました!

 今も坊ちゃまに教えてもらった料理を、ただの知識で知っている料理をどうすれば満足できるかと日夜試行錯誤の日々を楽しく過ごして来たか知りもしないくせにカヤだけを仲間外れにするなんて……」


酷過ぎます


ボロボロと涙を零しながら最後の日までご一緒させてくださいと言うカヤの言葉はあまりにも心を震わせて溢れだしそうになる涙をこらえるのが精いっぱいだ。

縋り付く様に俺の手を大切な物のように握りしめる女性の細い指が白くなるほど握りしめているのを見て俺の身勝手な親切心が彼女をここまで傷つけるなんて想像がつかなくて……

優しさをはき違えた俺は暫くしたのちにごめんと謝る事しか出来なかった。


「着いて来るときっと苦しい思いも痛い思いもする事になる。

 女の子は酷い目にも合う。

 だけど、最後の日まで俺にカヤの料理を食べさせてくれるかな?」


涙をぬぐう事も出来ずに一緒に居させてくださいと両手で俺の手を握る手に力がこもる。

俯いていた顔がぱっと俺の視線と並ぶように持ちあがり、雨空の瞳はぴたりと止んで


「はい!承りまして!」


さっきまでの泣いていた顔が途端に満面の笑顔になった。

本当なら彼女の望む様な言葉を与えてはいけないのだろう。

だけどこの笑顔を見てしまったのだ。

今更ごめんなんて言えなくて……


「こりゃルゥ姉に怒られるしかないな」


ニコニコと冷めかけた紅茶を淹れかえ、砂糖にブランデーをたっぷりとしみこませた物を火でアルコールを飛ばしてから紅茶に入れた物をかき混ぜてから俺に出してくれた紅茶を口へと運ぶ。

鼻に抜けるブランデーの香りと口の中を甘く、そして品の良い香りがいっぱいに広がり、そして喉を通して胃に沁み渡る。

確か再会してから俺が教えた飲みかただった。

アルコールを飛ばしてあるから仕事中でも飲めるとおっさん方には好評で、こう言った眠り難い夜の友には優しくて。


「朝から忙しかったのでゆっくりお休みください」


外はまだ賑やかですけどねと笑うカヤはそう言ってテーブルの明かりを消し食器を片づけ水差しを置いてから部屋を後にした。


誰もいない室内の外からは相変わらず賑やかな笑い声が聞こえる中俺は何でこの世界に迷い込んだのか、せめてこの土壇場で逆転できる何かがぐらいサービスしてくれてもいいじゃんと恨み言を聞く相手もいない相手に向かって瞼を閉じるのだった。








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