祈り
春の嵐によりハウオルティア各所では記録的な飢饉が発生していた。
大飢饉と言ってもいいそれは何万人もの死者を作りだしていた。
始まりとなるきっかけはブルトランが乗り込んできた年に植え付けが出来なくて年二回の収穫のうちの一回目の主食となる小麦の収穫が出来なかったのだ。
半減された小麦の収穫の対策として備蓄の小麦を解放したのだ。
翌年は収穫こそ間に合ったが備蓄に回すまでの収穫はなかった。
次の年、ブルトランは苗と苗の間隔を狭めて二倍の苗を植えれば収穫も倍になると言い、国中に農業改革として推し進める事になったのが本格的な飢饉の始まりだった。
根を張る為の幅を潰されては育つ物も育たず風通しも悪くなり、雨に病気が発生しやすくなって虫の移動も容易く育った苗が隣の苗を日陰にして育成を邪魔すると言う結果に収穫は通年の半分以下になってしまっていた。
そんな農法を率先した大臣にブルトラン王は民の苦しみだと死刑を言い渡した。
その次の収穫こそそれ以前の農法に戻して見込み通りの収穫が出来たのだが、その前に蒔くための種を飢えと引き換えに食べてしまい、圧倒的に少なかったのだ。
前回の半数以下の収穫に比べてこそ多かったものの、それでも通年には全く届かず備蓄に回すどころか隣国のウィスタリアから購入する羽目にもなった。
余計な出費をと、数名が処刑されることになった。
こうなると誰もがブルトランでの常識が通じないハウオルティアでの農業に関わりたくないと逃げ出すようになり、これ以降収穫の際に規定以上の麦を搾り取り民に不満を与え、そして今までしていた河川の泥攫いや河川の管理も滞るようになり当然の結果のように他の農作物への収穫にも顕著な影響が表れていた。
畑の食べ物が少なくなれば男達は山や川、そして海で狩りをするようになった。
山へはこぞって狩りをするようになった為に鹿や猪と動物からブラッドベアと言った魔物も狩りつくされて今では見かけなくなってしまった。
当然スライムと言った子供達の小遣い稼ぎの魔物の核にも値段はつかなくなった。
こうなると店側も購入するだけの資金がなくなり、安い魔物の買い控えから高額の魔物の値段の格下げなどどこの商店も資金難に喘ぐ事になっていた。
仕方がない。
この頃になると陸続きのウィスタリア以外の貿易は途絶えてしまったのだ。
もう一つの隣国であるロンサールは既に自国が生き延びるのに精いっぱいでブルトランの事には耳すら傾けない状況なのだから仕方がない。
ブルトラン王の娘が嫁いだ先の国ですら援助を断りを出したのだ。
見返りがないのだから仕方がない。
王女もあのような父親と関わらせてはいけないと嫁ぎ先に援助の進言もしない。
ただでさえ莫大な持参金を持って嫁いでもその後の援助が続かないのだ。
すぐに居心地は悪くなりるも自国に帰る事だけは避けたいのだ。
たとえ、他の妃達に追いやられてどこかの荘園で生涯を終える事となってもあの父親の許に帰るよりよっぽどましなのだ。
そのあたりは嫁ぎ先も他の妃達も側室達も良くも悪くも理解している。
だからその提案を甘んじて受ける事がブルトランの娘の運命なのだ。
幸いにも嫁いだ折りの下女達も同じ意見で、夜会や他の妃との患さしい関係もなくひっそりと別宅で暮す程度の能力は親元で身に付いているのだ。
これ以上何を求めるのか。
彼女達に出来る事は夫となった人物にブルトランに関るなと進言するだけ。
ブルトランからの使者を夫には対面させずにここで断ち切る、それが嫁いだ先の家にできる総てだった。
仕方がない。
ブルトランの状況を見て共倒れなんてまっぴらごめんなのだから。
瞬く間に孤立していくブルトランにウィスタリアだけは援助していた。
ロンサール同様無償にも等しい値段で使い捨ての労力が手に入るのだから。
危険な仕事、そして誰もが嫌う仕事、何より命にもかかわる過酷な労働力が望めば望むだけ簡単に手にはいるのだ。
派遣されるブルトランの兵もとにかくブルトランから逃げ出せれるならどこでもいい。
こぞってブルトランから逃げ出して過酷な労働条件でも戻る者は数は少ない。
仕方がない。
戻ったら奴隷並みの生活すら手に入らないのだ。
ただ国と共に堕ちてゆく運命に身を任せるほどの愛国心すらすでにない。
仕方がない。
いつの間にか誰もの胸に刻まれた諦めの言葉は自分の身を守る為の逃げの呪文となっていたのだから……
「仕方がない。
逃げ出す者を今のブルトランがどうやって引き留めよう……」
王の妻の父親が、王の叔父から引き継いだ宰相と言う地位となった男の影での言葉に誰もがどうしてこうなってしまったのだろうかと希望に胸を膨らませてこの地に辿り着いた時にはついぞ想像しなかったこの現状に涙を流す。
流せる涙があるだけましだろうと宰相はその者の肩に手を置き僅かな資金を持たせ
「逃げるならハウオルティアの王子が戻って来るまでに決めなさい」
そう言って背中を押されて城から消えて行った数は、人が溢れて賑やかかつ華やかな王城を閑散と思わせるほどにしかもう残りはいない。
国を運営する人数としてはもはや破綻していると言ってもいい。
だけどブルトランの王は今日も玉座に座り部下からの報告に黙して耳を傾けているのを眺めながらも、今日も諌める事が最後まで出来なかった宰相も既に決心している。
このような王に娘を与え、そして孫を差し出した一族の長の務めとして堕ちるならとことん付き合おう。
代わりに拾える物は拾っていく。
このよう反逆を止める者すらもういない国ならとことんこの老いた腕で宝石の原石を拾いつくそう。
柱の影から泣き出しそうな顔で希望にすがる若者の顔に希望を与えるのはわずか数枚の資金。農夫に紛れさせて門から外の世界に逃がすのが宰相の務めだった。
時折農夫に混ざる身なりの良い者を黙って見送りながら門を閉ざす。
どういった経緯か知っているだけに零れるのは愚痴ではなく溜息だけだった。
「仕方がないさ。
王様には逃げる先も戻る場所もないんだ。
こんな風にしちまった王様に誰が手を差し伸べると思ってるんだ?」
城門の番でさえ見知った顔を見付けては気付いてないと言う様に言う。
急速に傾く国に誰もが思う。
これ以上酷くなる前に止めを刺してくれる者はいないのかと。
「だったら思い切ってこの城門を開けてしまいましょうか?」
もう一人の門番は銀の髪を掻き上げて笑いながら提案をすれば、もう一人の門番は真面目な顔で
「別に構わねえがそれは俺が当番じゃない時にしてくれ。
門番何て真っ先に殺されちまうだろ」
真摯な顔での言葉には
「確かに」
としか真摯な顔でしか頷かずにはいられない。
「それにしてもハウオルティアの王子だったか?
早く王を討ってくれないかな」
「おや、謀反ですか?」
「噂位は聞いた事あるだろ?
ハウオルティアの王子は国中の至る所で民を纏めて食糧支援をしてるって。
半年前にこっちに来た時そう言った仕事に就くんだと思ってたんだよ。
一面の麦畑って奴。
見て見たかったなぁ……」
麦すらろくに育たないブルトランでは豊かな穀倉庫と言われる一面麦畑のハウオルティアの景色こそ夢見た国の姿だ。
その姿を夢描いて潰えた男がしょんぼりと肩を落とす隣で銀の髪の男はそっぽを向きながら
「それはそれで苦労があるんですよ」
小さな声で呟くも男には聞こえ無いようだった。
やがて姿を現した門番の交代要員の姿を見て男は銀の髪の男を誘う。
「この後隊舎で飯食ったら酒でも呑まないか?
食堂の奴らが隠し持っていた酒があるんだ」
「それはぜひ頂かなくては」
ニヤリと笑う銀の髪の男は顔とは別に心の中で溜息を吐く。
城の内でこう言った盗難が頻繁に発生していれば物資も尽きるわけだとあきれ果てるのだった。
その日エルヴィの城塞では朝から良い匂いが立ち込めて周辺に住む村人までそわそわとして浮ついていた。
散らばった村から雌黄と紅緋、そしてアメリアの親衛隊達が一堂に集まっていたのだ。
陽気な雰囲気はもう祭りと行っても差し障りがない。
ここぞとばかりに取り置きしていたガーネットからもらった薬を飲んだカヤが数日に渡って腕を振るっていた。
豚の丸焼き、鴨のパイ包み、鶏肉と野菜をふんだんに煮込んだシチューから何日も前から作り置きしておいたドライフルーツがごろごろと入った砂糖でコーティングされたブランデーケーキは時間を置いて程よく熟成されて切り分けた瞬間ブランデーの香りがぷんと周囲に広まり女子供でなくても涎を垂らしてしまう魅惑のケーキとなっていた。
ルーティアが雌黄に頼んでウィスタリアからロンサール経由で運び込ませた酒樽は山積みとなっており、城塞の広間では収まらない人数の為に城塞の庭から外に向かって一列につなげた机にはかつてまだハウオルティアが豊かだった頃の祭りを再現するかのような盛りだくさんの料理が所狭しと並んでいた。
勿論つまみ食いをしない為の警備もしかれ、夕方には村人総てを招待するから暫く待つようにと苦笑する様に追い返していた。
村人も招待されるならとカヤほどの腕前ではないものの、ハウオルティアの伝統料理に則ったリンゴを使った料理を提供してくれた。
ただで招待されるわけにはいかない。
こうやって盛り上げて行くのだと村の女達は散々悪口を言っていたカヤに向かってこの料理も並べてくれと言う始末。
どの口が言うのかよと思うも、俺はシアーとルゥ姉に面白おもちゃにされていた。
「ほら、最後の仕上げなのだからじっとして居なさい。
間違えて針で刺しますよ」
「人にやる分には怖くはないが、やられるとなるとドキドキするな」
「いつブスッてやられるかって?」
「せめてそこはチクッて言う程度に抑えてください」
そんな会話にシアーが笑っていれば様子を見に来たクロームとクレイも白地に金糸を使った床にまで着く丈に宝石をあしらった帯を締めての豪奢なロンサールの正装を身に纏っていた。
「珍しい格好だな?」
「こちらが王族の正装なのです。
ハウオルティア王族の成人の義に参列するとなると正装がよろしいかと思いまして」
「後見人としてロンサールの王族とは贅沢ですね」
「元だけど」
クレイの付けた一言に最近暗い話題だったばっかりに俺達の顔はあかるく自然に笑顔が浮かぶ。
「所で成人の義って何をするんだよ?」
「特には。
蜜漬けのリンゴの花を沈めたリンゴ酒を召しあがり、沢山の方からお祝いの言葉を頂き沢山の料理をふるまうその程度です。
ハウオルティア晩年の貴族は威信をかけて招待客に一日中訪問者に料理をふるまうと言うそれは金を湯水のように使う一大イベントでした。
昼間のガーデンパーティーから夜中過ぎまでのパーティーと、行き過ぎの傾向だった為に夜は節度を持つと言うのが好ましい家柄の見本とされてきましたが、本日は皆さん酔いつぶれるまで飲んで騒ぎましょう。
お料理も日持ちしないのですべて食べてもらわなくては命がもったいないと言う物です」
プチンと糸切りばさみで縫いとめた場所から糸を切り離す。
「さて、完成です」
既にフリュゲールで誂えたワインレッドのスリットドレスに身を包むルゥ姉は周囲の男共の目をくぎ付けにする姿ですれ違う男共は躓いたりして面白い事になっている。
クロームも最初こそ顔を真っ赤にしていたが、ルゥ姉の堂々としたその立ち振る舞いに慌てる方が恥かしいと気づいてその姿を誉め立てる言葉を並べたてた。
クレイも恥ずかしそうにルゥ姉と視線も合わす事が出来ず、元同僚さんも部下の人達も一瞬石のように固まるのだから見ている分には楽しい物だ。
勿論シアーもアメリアも巻き込まれえていた。
シアーはロンサールでの仕事柄肌を晒すには抵抗はなかったがそれでもルゥ姉程の露出はさすがに抵抗あると見えてそこまでの物は遠慮していた。ほら、胸の辺りがちょっと合わなくってね……
アメリアは足を見られるのも首元を晒すのも抵抗があったようだったけどルゥ姉には勝てず、結局可愛らしいピンクとラベンダーカラーのドレスを身に纏う事になっていた。
一応婚約者だからね。
だけど準備をしているうちにフリュゲールのドレスの生地やその美しい光沢に目を奪われていき、ルゥ姉の宝石からドレスに似合った物を物色していく過程でその抵抗はどんどんなくなって行った。
と言うかルゥ姉のドレスのコレクションを見て麻痺して行っていた。
ひざ下までのドレスの上にはオーガンジーのような透明感のあるふわりとした生地でもう少し足を隠していた。
透き通っていて丸見えだけどね。
当然腕もオーガンジーで袖を作って丸見えだけど、春らしい花の妖精のようだと誉めればその気になるその残念さ加減に未婚の、そしてまだ未成年と言う年齢にはそう言った歯止めが必要だろうと良心的な大人の忠言に沿ってそうなったらしい。
ハウオルティアでは今までにないタイプの、そして贅沢な生地をふんだんに使ったふんわりと軽やかなドレスは可愛らしく複雑に結い上げられ、そしてルゥ姉が付けるにはちょっと可愛らしすぎる宝飾の髪飾りを差し、アメリアには大胆にも首元を曝したカッティングのドレスには色とりどりの花をモチーフとした華やかな首飾りが飾られてあった。
何時ものハウオルティアの良く言えば貞淑な、本音を言えばもっさいドレスからの代わり様に本人さえ鏡に映る自分の姿を見てボーっとしていたのだから、親衛隊の皆様はそれはもう賛辞と言う言葉をこれでもかというくらい並び立てて彼女の可愛らしさを褒め称えていて、精一杯のおめかしをしていた村娘の嫉妬を一身に浴びてご満悦のようだった。
リーナもカヤもパーティー用の黒いドレスに白のエプロンをつけたエプロンドレスにヘッドドレスを着けていた。
本来ならリーナも王女としてアメリアにも負けないドレスを用意しなくてはいけない所なのだろうが、リーナはカヤが本調子でない為に使用人用のエプロンドレスですぐに対応できるようにしておきたいと視線を反らして言う。
羨ましい。
リーナの反らされた視線にはそんな思いがありありと浮かんでいたのを俺が見逃さずにいれば
「私の事はよろしいのです。
そもそも私にはこの場に居ること自体場違いなので、どうか使用人リーナとして居させてください」
準備が忙しいのでとそう断って調理場へとかけて行った彼女を何時までも見送る俺の姿を誰かに見られているとは気付きもしなかった。
「ねえリーナ、貴女ディックの事好きでしょう?」
振り向けばアメリアがそこに居て好奇心に輝く瞳に射ぬかれて思わず息が止まった。
「そんな事は……」
ないと言おうとするもアメリアにとってリーナは数少ない同じ年頃の女の子同士。
応える前に近くの部屋に引きずり込まれて
「ディックのどこがいいの?」
私に話して見なさいと言う少女にリーナは顔を赤らめながらも
「ディック様は誰にでも優しくて……」
「そうじゃないでしょ?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「そりゃ私とディックは形式上の婚約者で、この国の王都王妃と言う役職の為の結婚をしなくちゃいけない仲だけど、そこに感情なんてないわ。
ディックだってそうよ。
それにフリーデルも言ってたわ。
王家の血筋を守る為にもディックにはたくさんの側室を迎えてもらって沢山の子供を作ってもらわなくちゃいけないって。
それを聞いた時に真っ先に思い浮かんだのがリーナだったの。
私だって今はともかくいずれは子供は欲しいわ。
けどねディックとの子供って言われると微妙なの。
だけどディックの子供である事が私の子供って以上に重要な事で、王妃としての地位と引き換えに私は他の人の子供を作るわけにはいかないの。
でもね、相手はディックなのよ?
そりゃ強くて頼りにはなるけど、あんなおっさんじみたあいつにときめく所ってどこ?」
「わ、私はアメリア様より少しだけ長くお付き合いさせていただいただけディック様の優しい所を見て来ただけで……」
「うーん、好みの差って奴かしら?
まあいいわ。
いい?その気になったらすぐに私に相談して。
私もリーナなら第一側室を任せられるわ」
手をぎゅっと握られてまっすぐ顔を覗きこまれて困惑していれば
「王妃の務めですもの。
ディックとの子供は作るわ。
だけど、何人も子供が欲しいって思うほど彼には入れ込めないの。
でもね、リーナなら安心して任せられる。
たくさん子供を産んでディックをよろしくね!」
「え、あの?」
「大丈夫。
夜会とかそう言った事はちゃんと私がやるから安心して。
そもそもいきなり世継ぎの子供が産めるとは限らないじゃない。
だから、そこをリーナにお願いしなくちゃいけないの。
私の子が女の子でリーナの子が男の子だったとするじゃない。
私の子がお馬鹿さんでリーナの子が優秀だったとするじゃない。
私はみんなの為に王妃のお仕事をするけど、私の子供だからって次の王にしなくちゃいけないってわけじゃないわ。
この苦しさを知ってるからこそ、ちゃんとしたこれからの事を考えれる子が王にならなくちゃいけないの。
リーナだったらディックが苦しんで悩んできたのを見てきたから知ってるでしょ?
何も知らずにただ側室に、あわよくば王妃の座を狙うようなお馬鹿さんの子供にこの国を任すなんてできないわ」
初対面の頭の悪い貴族のお嬢さんだったアメリアからの成長ぶりにはリーナも驚きに言葉を失っていた。
「確かにハウオルティアの騎士の方達と過ごしてきた時間はとても楽しかった。
だけど同時に虚しさもあったわ。
だって彼らが言う言葉は総て勝つ見込みのない戦争に勝った後の報奨と約束された地位があっての睦言だもの。
それだったら王妃が一番見晴らしの地位だし、誰よりも贅沢が出来る場所だわ。
相手がディックと言うのが難点だけで……」
15歳の少女がそう言った所で涙ぐんでしまった。
「アメリア様お化粧が……」
慌ててハンカチで化粧が崩れないように目元を抑えるも
「すごくいい夢を見ていた事にやっと気が付いたの。
勝てる見込みのない戦争とお母様のせいでって言ういい方は良くないけど思い込みを疑わなかった私も問題だわ。
私が公爵家の娘だなんて信じてたなんて!
次の王が私だなんて、私がした事は自分を知らない無知さ加減でみんなを先導した……
ちがうね。
無知さ加減で復讐の道具に使われたって事よ!
逃げないようにちやほやされた私はいい気になって!!」
驚いた。
初対面の頃のあの勝気な娘がルーティアとフリーデルの教育によってここまで変わったのだ。
美しいドレスと、眩しい位の宝石を身に纏った彼女はリーナが調理場や裏方でカヤの代わりと奮闘している合間に王妃としての教育を、正しき国の状況、立場を学んでいたのだ。
「戦争が始まれば私はディックと一緒に殺される。
逃げられないし、逃がしても貰えない。
ブルトランの王に辱められるくらいなら舌を噛んで自害してやる」
昏い決意のもとに溢れんばかりの涙を辛うじて留めてまっすぐリーナを見て
「ディックがハウオルティアなの。
運良くディックを逃せれた時はリーナ、貴方がディックを守るのよ」
悲壮なまでの決意にアメリアはリーナからハンカチを貰い受けて部屋を出て行ってしまった。
誰もいない部屋にポツンと残されたリーナは力が抜けたように床に座って両手をつく。
そして断罪されるように他に誰もいない空間で頭を差出し
「それだけは何があっても許されない事なのです。
ディック様と私は間違ってもそのような事が起きるなんてあってはならない事なのです!」
床に向かってその思いを吐き出すように涙と共に叫びだす。
殺し合う二つの王家同士の子供がなんてあってはいけない。
この数年で100万を優に超える死者を出した者の子供達が結ばれるなんてもっての外だ。
どちらか一方が滅びきるまで止まらないこの戦争に一滴でもこの地に双方が残る事は許されない。
ましてや交わった血などあってはいけない。
互いに枯れるまで絶やさなくてはいけないのだ。
愛憎で二つの国がこんなにも破綻するまで疲弊したのだ。
自分までそこに一石を投げる事なんて恐ろしすぎて出来なくて……
「精霊ブルトラン様。
どうか私をブルトラン様の許で永遠の眠りをお与えください……」
意味のない願いだとは分かっている。
だけど一瞬でも思い至ってしまった気付かれてはいけない気持ちを他人に悟られてしまった以上、逃げ出すしかリーナには思いつかない。
行先なんてどこにもないのだから、せめて幼い頃より祈りを捧げ続けていた精霊の許に行ける事だけを涙ながらに祈ってみても、ただ時間だけが過ぎて行くだけだった……




