嵐の予感
気が付いたら増えていたブックマークありがとうございました。
週一更新ののんびりとした旅ですが、どうぞお付き合いください。
真夜中だと言うのに煌々と焚火を焚いて十分な明かりで玄関前を照らす。
どこからか焚火の光に集まる虫のギャラリーの中、ルゥ姉は地べたに座って項垂れる一同を見回し、数段高い場所からその項垂れた頭を見下ろしていた。
しくしくしく……
そんな可愛らしい音ではないが深夜に女の子やおっさんの鳴き声が響くのは少しホラーな感じがするのをエントランスから覗いていた。
しかたがないよね。
怒りにまかせたシェムブレイバーを頭上で炸裂させたのだ。
音速の壁を越えたあの爆発音を、多分生まれて初めて聞くだろう音に鼓膜は破れ、衝撃に吹っ飛び意識さえ保って居た者は僅か7人程。
内、漏らした人は4人程。
そんな惨劇の色濃く残る姿のままこの反省会は続いている。
すえた臭いはここまで距離があるから何とも言えないが、一応鼓膜はシアーが治してあげた。
エントランスからの距離のまま、シアーの背後には守られるようにカヤとリーナが様子をうかがっている。
この距離を開けて治療できるとはさすが元聖女様。
鼻をつまんだままの姿がどこまでも残念な人だけどさすがは元聖女様。
話が進まないとめんどくさいから直しちゃうねと言った言葉に良くルゥ姉を理解してらっしゃる元聖女様を心の中で褒め称えてあげた。
ルゥ姉は相変わらず腰に手を当て項垂れる頭をこれでもかというくらいのゴミを見るような目で見ているのを背中から感じ取る。
「ブライトナー、貴方達自分達がしている事を理解してますか?」
絶対零度の声に何だ、知り合いかとクロームも興味津々というか、少なからず自分にも関わる事なので様子を見ているようだ。
「えーと、なんだ?
すまん。どこに怒る理由がとか、何でとか……」
「いいですか?
彼女は先ほど何を言いました?
私の耳にはこの国の女王になると聞こえましたが、まさかほんとに信じているのですか?」
まずはここかららしい。
確かにここはちゃんとしておいた方がいいよねとみんなで覗いていれば
「そうです!
私アメリア・グラッセ、グラッセ侯爵家長女の私こそ次なるハウオルティアの女王!
母はあのガウディ・エストラル・フォン・エレミヤのお手付きとなり私を身ごもりました!
なので、王族と王族に連なる公爵家の者が総て途絶えた今、私こそが唯一の王位継承者です!」
「嘘ですね」
皆さん判りましたか?!
と言わんばかりに立ち上がって両手を空に向かって広げるも間髪入れずにルゥ姉は当然と言う様にきっぱりと否定した。
アメリアと名乗った少女はキッと鋭い視線でルゥ姉を睨みつき
「私には母から受け取った指輪があります!
エレミヤ家の紋章入りのこの指輪が!」
質素なドレスを身に纏う彼女はポケットから一つの指輪を取り出す。
男性用の大きな指輪だが、どこかで見た事の在る紋章が描かれていた。
ルゥ姉は少し頭を傾げて
「拝見しても?」
「良くごらんなさい!
本物のエレミヤ家の指輪だと認めたのならあなたを私の馬にしてあげるわ!
その長い髪なんてほんと馬の尻尾よね!
せっかくだからそんなはしたない格好が出来るのなら下着姿で私の馬にしてあげましてよ!
ほーほほほほほ!」
ほーほほほほほ……
何て高笑いしているけど、本当にそんな風に笑う奴いるんだとぽつりと呟けばクレイはそう言う奴結構いるぞとうんざりしたかのように教えてくれた。
うん。これ聞いちゃダメな奴だ。
そこはもう口を閉ざしてルゥ姉の鑑定を待っていれば
「本物には違いありませんが、偽物ですね」
良くわからない事を言った。
「本物だと認めたくなくって偽物扱いしないでください!」
「いえ、確かにこれは本物ですが、既に意味のない物なのです」
ルゥ姉は俺を手招きして集団の前まで呼んだ。
ちょっと臭いが鼻について顔が歪めば、唯一の少女は少しだけ居心地悪そうに視線を反らされた。
クローム達も何かあってはいけないと、雌黄の連中総出でアメリア達を囲み、下手な事出来ない状態にした。
カヤとリーナは女の子なのでお家の中で待機している。
カヤはリーナの護衛として。
「ひとつ昔話をしましょう」
話しが長くなりそうなことを察した俺が座ればクレイとエンバーも習って座る。
ちょうど座る所にバッタが居たからかすめるように蹴飛ばせばそれより先に身の安全を察して何処かへと飛んで行った。
クローム辺りが地べたに座るなどはしたないと言いたげな視線を向けて来るが、ならお好きにどうぞと胡座をかいて取り出したチョコレートを取り出して口へと放り込む。
当然ルゥ姉はそんなの知った事じゃないと頭が痛そうな顔で昔話を始めるのだった。
「今から15年ほど前エレミヤ家に三人目の子供を授かったとそれはそれは大層幸せな朗報が響きました。
しかし、その裏では一つのトラブルが発生してました。
エレミヤ家の紋章入りの指輪、先祖代々続いていたかは知りませんが、身分を照明する為の指輪、蝋封をする時に使う紋章を押す指輪の紛失事件が発生しました。
公認文書の封蝋にも使われる当主にとってとても大切な指輪でした。
届け出を含めて再発行するのに10日程時間を要します。
その間は公務もできず、その間は登城すらできません。
すぐに再発行するにも紋章の図案すら変えなくてはいけません。
とはいえ、まったく違う紋章になってしまっては周囲への認知度を得るのに時間がかかる為に既に使用していた図案をほんの微細に変える程度にとどまるのが、まあ一般的ですね。
その間積もり積もる仕事に父も巻き込まれて当時母が亡くなってまだ半年ほどなのに何日も帰ってこない日々が印象深くて私も良く覚えてます。
ええ、帰れないからとエレミヤ家で私ども親子はしばらくの間御厄介になりましたね。
そんな簡単に忘れるにも忘れない出来事もありまして、ハウオルティアの滅亡時の当主が持っていた紋章入りの指輪は現在こちらに在ります」
そう言って何もない空間からルゥ姉は俺が預けた紋章入りの指輪を取出した。
そんな大事なもんだったのかと、悟られない様に心の中の俺に代わりにあせってもらっている。
「こちらが最終的エレミヤ家の紋章となります。
紋章に描かれた花をグローリア様の紋章に描かれた花と変えられました」
「嘘よ!
だって私お母様から本当のお父様から頂いた大切な物だって、いつか時が来たらこの指輪を身につけてハウオルティアの騎士様と共にグラッセの名を捨てて王女として誇り高く生きなさいって、成人の日にお母様から受け取ったのよ!」
「ええ、そうでしょう。
なんせ、その頃エレミヤ家に務めていたメイドを1人クビに致しました」
あの温厚な一族が首にするなんて何があったんだと眉間を狭めて考えていれば
「彼女の名はカミラ・シェーラ。
罪状はガウディ小父様の、エレミヤ当主の執務室に無断で入り、私物を盗み、挙句の果てに色仕掛けで迫った上に子供を身ごもったと嘘をつき、小父様の潔白が証明されたとたん嫉妬に狂い奥様のグローリア様を襲う始末。
周囲の使用人によって怪我する事無く守られましたが、飛び散ったカップなどの破片で数人の怪我人が出ました。
当時の家令アルターによって遠方の知人に預けて監視させましたが、その監視をかいくぐって逃走したそうです。
そちらの指輪はその頃紛失した物で、ひょっとして彼女が持ち出したのではないかと問いただそうにも既に失踪した後。
どのような事の使用されるか判らない為に予備も全て破棄して早々に新たに誂えたそうです。
因って偽物でもありませんが意味をなさない物でもあります」
静まり返った空間には遠くから獣の遠吠えが聞こえる物の、俺達からは誰も言葉を発する事はなかった。
なんせ、身分を証明するどころか、証明されたのは母親の罪状と受け継いだ指輪の由来。
本来、正しく罪を償っていれば一生を牢の中で暮していただろうと想定すれば、アメリアは生を受ける事もなかったのだろう。
今でこそ、国は無くなり、爵位も意味をなさなくなって生き続けているアメリアは首の皮一枚つながった状態だったが、それにしても彼女の母親の妄想は酷くて寒気すら感じてしまう。
「カミラは?」
「1年ほど前、我々に見守られる中、病に倒れて亡くなりました」
ブラトナーが代わりに答え、その時に我々の見ている目の前で指輪を受け継ぎました、と小さな声で続ける。
「こんなの嘘よ……
こんなの酷いよ……」
ぽそりと言った小さな言葉は母の言葉を信じて自分がこのハウオルティアを取り戻す王女だと信じて生きて行く為の励み、見知らぬ人たちからの期待に担ぎ上げられる恐怖から守ってくれる母の愛情と言うお守りだったからなのだろう。
つつ……と両目からあふれ出る涙が心の拠り所を失ってしまった証拠だろうか。
「この指輪は私達が管理させてもらいますが異存は?」
泣き声をかみ殺す少女のすぐ頭上でルゥ姉はこんな紛らわしい物、ましてや貴女の物でもない物を何時までも持たせておくわけにはいかないと周囲が沈黙なのを是として空間に片づけてしまう。
「さて、王女(仮)は偽王女として断罪する前に母親の妄想による被害者でもあったとしてお終いとしましょう……」
「所がそれで終わりとは言えない懸案があるのです」
ぽつりとブライトナーが申し訳なさそうな顔で、寧ろ泣き出しそうな顔でルゥ姉を見上げていた。
「実は王都周辺の村にアメリア様……いえ、アメリア嬢と言い直しましょう。
彼女のもつ指輪の下に既に100名以上の元騎士団の人間が集まって、反乱軍としての組織が出来上がっているのです」
「……」
あっけにとられて言葉も出ないという珍しいルゥ姉の顔をちらりと横で眺めれば、同じように俺を眺めるルゥ姉と視線が合い、お互いかなり驚きに飲まれた間抜けな顔で見あっていた。
「紅蓮の魔女が生きていた。
これ以上とない嬉しい朗報に我々はこの事実を伝えればもうどうなるか……」
偽王女の下に集う理由はない。
そしておそらくこの反乱軍の存在はブルトランにはとっくにばれている事だろう。
あえて泳がされている。
そんな中で俺達がブルトランにとって痛い所を刺激しまくっている。
俺達の方が反乱軍より注目する所在なのだ。
なんせ、ブルトランから派遣された騎士達を紅緋の方々がすでに何度も追い返していたりするのだから、この二つの戦力が合流する事で得る力は王都で戦うには十分な力なのだ。
暫く頭を痛めていたルゥ姉だが、長い事星空を見上げて忌々しそうに口を開いた。
「私から提案できるのは少しです。
まず、この娘が偽物だった事を素直に伝えなさい。
そのあと、ハウオルティア国唯一の王位継承者を私が守り、戻って来た事を伝えなさい。
そして……
リーディック・オーレオ・エレミヤが王位を継承した暁にはここまで民を導いた優しき聖女として
アメリア・グラッセを王妃として娶る事を宣言しなさい」
これから秋を迎えようとするこのハウオルティアにどこか夜の風に冷たさを感じるようになった。
そんな風が俺達の間を通り過ぎて行く。
最悪を凌ぐ為とはいえ、こんなふうに未来が決められるのは王位を継ぐ為の宿命と言うべきなのだろうか。
誰もが納得できないと言う顔だが、先導し、された者達を総て納得させるにはそれぐらいの理由が無くてはならないのかとルゥ姉の言葉の意味を噛みしめる。
「グラッセ家は侯爵家でしたね。
侯爵家でも古い家柄。リーディックの身代わり程度になるにはふさわしい家系です。
小父様とグラッセ侯爵も友人として交流は確かにありました。
となると、アメリアの父はグラッセではありませんね。
所でグラッセ家は今どなたが?」
「グラッセ家はブルトランに目をつけられて全員亡くなっています」
「そうでしたか。
となると、グラッセ家との関連すら怪しい物ですね。
シェーラ家は確か男爵家。
あまり聞かない家名でしたがエレミヤ家に仕えていたのなら身元は確かでしょう。
ならこうしましょう。
お世話になっていたグラッセ家から滅びゆくハウオルティアにいつかまた国を取り戻す日の為に偽る事になった。
だけど今正当な王位継承者が現れた以上、偽る理由が無くなりアメリア・シェーラとしてハウオルティア復活の日まで皆様と一緒に我らの王を守りたく存じます。
こんな所でいかがです?」
「それで信じてもらえるかが疑問でーす!」
素直に胡散臭すぎると言えば
「確かにそうですが、無理やり納得させればいいのです。
ええ、私が納得させますのでご心配なく。
こっちには正真正銘王の娘から血を受け継いだ貴方が居るのです。
これ以上とない血統の出現に彼女の役目はもう終わったのですから、貴方の役目は我々を貴方が率いる反乱軍への橋渡しと、我々の勝利の暁には王妃として立っていただければいいのです。
別に貴女の子供である事は必要とはしませんが、それでもこの恩に報いる為に正妻として迎え入れる事をお約束いたしましょう」
「わ、私の子供である事は必要じゃないのですか……」
ルゥ姉の長い話の間に涙が止まったアメリアの言葉に
「必要なのはディックの子供である事。
相手は正直いうと誰でもいい事。
確実に血を受け継いだ子を産んでくれる誠実な方なら私は構わないと考えています。
ですが人と人が生し、心を伴う事。
生まれてくる子の為にも、可能なら父と母に祝福される子であればと思います。
愛など二の次で結構ですが、子供の目の前だけでも次に血を繋げる事ができる理想の親子を演じていただければ我々も全力でその血を守って見せましょう」
誰もが無言で視線を俺に向ける。
さすがのアメリアも自分である必要がないという言葉にショックを受けていたけど、産まれている子供にかかるプレッシャーはその母にとっても重すぎる懸案。
「忘れてはなりません。
ディックの使命は生き残ってその血を繋いでいく事。
この際ブルトランの王ではありませんが1ダースや2ダースほど子供を作って確実に血を残す確率を上げる為に広めなくてはいけないと言う事が貴方の生涯の仕事となるでしょう」
「俺の存在ってそんなもんだって判ってたけど……泣いてもいい?」
「どうぞ」
身も蓋もないルゥ姉の返答に俺は言葉通りクレイにしがみついて「ルゥ姉が酷いんだ!!!」
と叫んで泣いて見せた。
確かに酷い話だが
「それで精霊が国と繋がりこの豊かなハウオルティアが滅ばずに済むなら安い話だろ?
私が言えた事ではないが、王の仕事とはまずその血を残す事だ。
判っていた事のはずだぞ」
隣国の元王子様は今では見るに堪えない自国の惨状を思えば子作りぐらい大した事じゃないと言ってくれる。
「ともあれ、そろそろ皆様お疲れでしょう。
エンバー、クレイ、皆様を綺麗にしてあげなさい。
夜も冷えてきたので風邪でも引かれたら面倒です。
綺麗になったらまだ作りかけですが移民用に引き渡す為に用意した家で休むと良いでしょう。
家の中なら虫に刺される事はないでしょう」
パンと手を叩けばエンバーとクレイでルゥ姉の一言で粗相をしてしまった人達も含めて全員綺麗にして乾かしてあげていた。
各自で出来るだろうが、この二人の方が手っ取り早いと言った所だろう。
ルゥ姉はクローム達を連れて颯爽と持ち運び屋敷に戻って行ったが、俺は一応ハウオルティア一行が家に入るまで監視ではないが確認するまで家の前で彼らを見守っていた。
「ディックお待たせ。家に入ろうか」
二人が戻って来るのも待っていたとも言うが、クレイの言葉に頷こうとすればズボンの裾に虫が止まっていた事に気づいて手で払い落す。
バッタだった。
「バッタを見るとなんか秋だなーって思うよな?」
「ああ、夏も終わりだな」
「家ん中入り込んで鳴いて煩いよね」
言いながら確かにと笑う。
「のど乾いたからお茶でも飲んでから寝ようか」
「俺は普通に白湯でいい」
「二人とも少し冷えたんだね」
「ルゥ姉の話し長いからな」
確かに、と言いながら家に飛び込み、背後から聞こえる虫の鳴き声の大きさを遮るようにドアを閉めた。




