緑の魔女と、未来の女王(仮)
クラウスさんと再会するのに10日程時間がかかった。
まるで人目を避けるかのように夜も深まった、そんな時間だった。
新しい拠点に移り、野焼きと畑を作り、後続隊の為の家が一軒建った所、もっともあと数日ほど壁を乾かさないと住めやしないが、それでも後続隊が来るには十分住める状態になっている。
リーナの花畑も出来て、キルシマルヤと言う花の名前が墓標に刻まれ、この村の名前になった。
淡いピンクの小さな花は密になってその存在が目に引くいかにも女の子が好きそうな花だが
「キルシマルヤはドライフラワーにして花だけを摘んでサシェに入れておくと虫除けにもなります。
あまり強い香りではないので身に着けると言うより、本や食料庫などに向いている物です」
エンバーがどこからか見つけてきた花だったが、リーナがその名前を教え、時々こう言った薬草的な物の効能まで教えてくれた。
エンバーはもちろん俺もクレイもへー、なんてあまり興味はない物のその博識ぶりにはルゥ姉でさえ
「なかなか感心な物ですね」
など誉める始末。
何でも一緒に暮らしていたという騎士の母親がそう言った事に詳しく、一緒に暮らしていた時に花の名前や薬効を叩きこまれたという。
「ブルトランはあまり植物の育たない地なので、お母様はこちらに来てから覚えたという知識を私にも知って欲しかったようですね」
この地が緑にあふれた素晴らしい場所だと言う事を教えたかったのだろう。
「近くに住む奥様がとても詳しくて、花を摘んでお茶やお菓子などもいただいた事があります」
「なるほど。
緑の魔女がいらした村でしたか」
「この地に着いて何も知らない私達にとても親切にしていただきました。
お母様と同じぐらいの歳の方で、話があったのでしょう。
畑仕事も、料理もその方に教えていただいてました」
懐かしそうに目を細めて笑うリーナにも幸せな時期はまさにその時だったのだろう。
「このキルシマルヤと言う花の事もサシェの作り方もその奥様に教えてもらいました」
思わず緑の魔女とは何ぞやとルゥ姉を見れば
「緑の魔女は私の様な戦闘向けの魔女、通称赤の魔女でもなく、シアーの様な癒しの使い手の様な白の魔女でもない、植物などの物質本来の力を数倍に増幅させる事の出来る魔法使いを指します。
主に医療に携わり、数の少ない白の魔女のサポート的な存在で、どちらかと生活に密着した魔女になります。
薬草や食事、香水と言った形としての提供が多く、我々赤や白より一番多い存在かと思います」
因みにと話に割り込んできたシアーは
「黒の魔法使いは死人使いの事を言う。
魂の無い骸に殺めて所持した魂を入れて再び意のままに動かす罪深い魔法使いよ。
もっとも、人の命に触れる魔法使いと言うのは人の生きる時間に触れるのだからあまり長生きはしないの。
持って20年生きれるか生きれないかって所」
ネクロマンサーっているのかと背中がぞわぞ和するも
「でしたら白の魔法使いは……」
リーナが不安げにシアーを伺えば、彼女はからりとした笑みを浮かべ
「白の魔法使いは術者ではなく、治療する相手の命を活性させる事で怪我の直りや病の直りを早くする物なの。
黒の魔法使いは自らの命を代償としての術、もしくは生贄を使っても多少自分の命を代償とするからね。
生きる時間は黒魔法を学んでいる間に潰えてしまう物なのよ」
信じらんないでしょ?と言うシアーだが、それでもその力を欲しようとする人間の欲の深さにはまさにふさわしい魔法と言えようか。
「後は青の魔女って言うのがあるわ。
いわゆるエンチャンターね。
戦闘能力や回復能力こそ残念な程度だけど、青の魔女がいるだけで戦闘の有利性を得る事が出来るわ。
優秀な青の魔女は相手を弱体化させる魔法も使えるし、そう言った支援を得られるか得られないかで大きく戦況は左右されるわ」
「もっとも青の魔女は圧倒的に数が少ないのが難点ですが」
そうなのよと頷くシアーが
「魔法の人気度って花形の赤の魔女、もしくは癒し手の城の魔女でね、じみーな青の魔女って言う職業はあまり人に言わないのよ。
だけどいてくれると本当にありがたい存在なのよー」
うんうんと頷くルゥ姉に援護って必要かな全員の心が一致したかのような視線を浴びていたが、そんなもん知らねーと言わんばかりに
「では、せっかくなので私の知る限りの知識を覚えなさい。
私の母は病弱でしたがそれでもちょっとした緑の魔女でしたので」
「そういやお父さん医者だったね」
もうずいぶんと思い出してない顔は既に忘れてしまったものの、俺の記憶復活した後当分寝起きは叔父さんの問診と診察から始まる朝が続いたはずだった。
忘れるなんて案外あっという間だったなと自分に呆れてしまうも、そのうち思い出すかもしれないと、早速始まったルゥ姉の緑の魔女講座を何故か全員で聞く事になったそんな夜の出来事だった。
小さな石だろう物が三度ほど窓にあたる音がした。
ルゥ姉の口座をみんなで黙って耳を傾ける中の音なのでそれは室内にとてもよく響き、心の声が口からこぼれるほど
「やっと終わった―……」
どうも脳筋どもにはこう言った事には致命的なダメージがあったようで大半が机に突っ伏す中
「どちらで?」
「遅くなった。
俺達の主を連れてきた」
扉越しの小声にルゥ姉はドアの前で小首を傾げて扉を開けようとはしなかった。
俺達もどうしてと言ったように首をかしげたが
「どちらで?」
もう一度聞き直した所で理解した。
質問に正しく応えてないとか、俺達の主とかそう言った所だろう。
この辺りのやり取りって妙にきっちりしてるんだよなーなんて机の上で耳を寄せる連中に言えば確かにと頷く。
この様子じゃ一度や二度では効かないぐらいの制裁と教育が入っているのだろう。
既に教育済みでしたかとクローム辺りはお前達も再教育が必要だなと呟いていたが、それには大いに納得して頷いてしまう。
相手の返事はなかったがもう一度ルゥ姉が「どちら様で?」と問うたところで
「夜分遅く申し訳ありません。
私、クラウス・ヒークスに貴方様方に呼ばれてと聞いて馳せ参じました彼の友人のフリーデル・ブライトナーともうします。
他にもクラウス以下8名ほど連れが居ますが、お会いできましょうか」
丁寧な、そしてなめらかな低音ボイスに思わずおっさんだなと言えばルゥ姉は俺達に背中を向けて手に腰を当てて少しだけ俯いている。
これは、あれだ。
「フリーデル・ブライトナー様と申したでしょうか。
このような時間にそのような大人数でお越しになられてもお迎えできるには限度があります」
確実に怒ってる。
後ろ姿しか見えないけど確かに怒ってる。
文字通りにこんな非常識な時間の来客に大人数で来る非常識の上乗りに大変お怒りになっている様子に俺達はとりあえず戦闘準備をする。
主にルゥ姉からの物理的な被害を被らない様に、と。
黙ってても全員が準備する辺り俺達も随分ひどい人間になったなーなんて、元王子さまでさえその状況なんだから溜息しか出ない。
だけど相手も相手があのサファイア・リドレットと知っているようで、クラウスみたいなアホな対応はしない。
まあ、こんな時間に来ること自体が間違ってはいるけどねとどうなるこの展開と待っていれば
「このような夜分の訪問は大変申し訳なく存じます。
ですが、我々の動向には婦女子もおります。
どうぞ面会を……」
「こちらにも婦女子はおります。
何よりお話をさせていただいております私自身一人の女性です。
多数の女性がいる場になぜこのような真夜中を移動できる心の確かな女性を受け入れる事が出来ましょう。
どうぞ今宵はお引き取りを。
明日、改めてお会いいたしましょう」
恐ろしく丁寧なお断りの仕方だったが幾つが疑問は残った。
今日は月明かりも星明りすらない夜は確かに暗い。
その中の移動をできる女性となればルゥ姉の言う事も確かにと頷けるし、この時間帯に襲われるとなるとルゥ姉が爆発しそうでそれも困る。
どうしたかと折衷案を考えていれば
「今夜はベットに寝れるって言ったじゃない!
埃まみれの小屋からちゃんとした家に住めるって!
草の汁でかぶれるし!お風呂にもはいれないし!
こんなにも頑張って来たのに!
この国の女王になる私にこんな扱いして許されると思わないで!」
その言葉にルゥ姉は黙って扉を開けた。
後姿はもう怒りを突破した物。
シアーが無詠唱で防衛線を張ってくれて、エンバーが同程度の防衛線をもう一枚張ってくれた。
そして家の中からこぼれる明かりにホッとしたのか、明かりの中にクラウスに向かって文句を言う表情のまだ少女と行ってもいい……俺と同じぐらいの年齢の少女はつんとした顎を持ち上げ
「話が分かればよろしいのです」
その上から目線はどこから来るんだろうかと言う言葉にルゥ姉の魔力は一気に膨れ上がる。
そして夜空に向かって
『王族の名を語る狼藉者には断罪を!』
なんてシェムブレイバーの呪文を勝手に変えて解き放つのだった。




