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かつての部下、今は……

「騎士団隊長……

 前に言ってたのとちょっと違うよね?

 ハウオルティアの騎士団の階級制度が今一つ判らないんだけど」


とりあえず長い間のにらみ合いを終わらせようと声を発すれば


「そんな物正式名称と内輪の通称が別物なだけの話しです。

 よくあるでしょ?

 ハウオルティア王国ハウオルティア騎士団筆頭第一師団隊長兼ハウオルティア王国魔導師団団長サファイア・リドレッドなんて一々呼ぶのも呼ばれるのもまだるっこしいですからね」

 

呼び名が長い方が立派だからって無駄に長ったらしい正式名称って迷惑でしょ?と言うルゥ姉にはもううんと頷くしかない。

まさかの寿限無君だったとは、同情するしかない。


「で、この人もハウオルティア王国なんたらかんたらってって奴?」

「魔導師団以下は付きませんが私の後釜です。

 ここで生き延びている所を見ると、早々離脱したようですがいかがいたしましたか?」

「お前さんの後釜になって5か月後にどっかの馬鹿貴族が俺の方がふさわしいって俺になんかの罪をかぶせて追放してくれたおかげで何とか生き延びた。

 ハウゼルやマルク達と一緒に処刑されてあいつらも可哀想だったが……

 そんなこんなで生き延びちまった」


40過ぎの熊みたいな男は改めて縄で縛られたままの姿で俺達を見て


「クラウス・ヒークスだ。

 今はただの傭兵をしている。

 さっきは襲って悪かっ……」

「襲って悪かったなんて言葉で人を拉致監禁、場合によっては殺そうとした人に知り合いだから許しますなんて言うわけないでしょう。

 ですので貴方達は我々の人質です。

 なに、知った顔同士私のやり方も判っていると思うので安心して人質になっててください」

「俺達を人質にしても何も出んぞ」


クラウス・ヒークスはどこかこの扱いを当然と言うように受け入れているが、そんな物要らんときっぱりとして切ってから少しだけ小首を傾げ


「別に金銭、食料を要求しているわけではありません。

 我々のこの移動を予測し、そしてここを言い当てた方と、貴方達のリーダーとでも言いましょうか。

 代表を連れて来なさい。

 別に我々が出向く理由もなく、この捕虜の取り扱いは我々の心一つで生か死を選ぶだけ。

 クラウス、貴方に伝達役を言い渡します」


「俺が居ぬ間に足手まといだからって部下をやるって言うつもりじゃないだろうな?」


少しだけ剣呑な視線になったクラウスに


「それも貴方次第です。

 遅ければ彼らが餓える事になるだろうし、我々にも予定と言う物があります。

 移動に邪魔な者の末路何て相場は決まってるでしょ?」


魔術を封じ、多少の食料と水を置いて穴の中に入れて放置と言うのが一般的ですが、その救出も貴方次第ですよ?と、捕虜に対して全くの興味を持っていないルゥ姉は捕虜の中から見知った顔があるのか「お元気でしたか?」なんてのどかにあいさつを交わしているのだった。


「だったら馬を貸してく……」

「何を馬鹿な事をおっしゃいますか。

 かつて鍛え上げたその足で行ってきなさい。

 ここまでその足で来る事が出来たのなら戻る事もでるでしょう?

 馬は我々の貴重な仲間です。

 なんで襲撃してきた相手に貸す事が出来ましょうか。

 そろそろ昔通りの間柄ではない事を理解しなさい」

「この魔女め……」

「紅蓮の魔女と名を頂いた経緯、身をもって知っていたと思いましたが?

思い出せないと言うのなら、またこんがりと焼いて差し上げましょう」

「う、うぐぐぐ……」


呻きながらも判ったと言って縄をほどいてもらう。

痛そうに手首をさすりながら恨めしげな眼でルゥ姉を見ているクラウスを見下し


「私の事を今後ルーティア・グレゴールと言うように。

 そして弟のディータ・グレゴール。おまけのシアーです」

「おまけってなによ!」


そこでやっとシアーに気づいたのか指を指してポカンとする顔が並んでいた。

髪をバッサリ切ったりとか、化粧っ気がないと言うか、服装がロンサール風だとか、変装ではないが、きっと彼らの知る姿からは天と地ほどの差があったのだろう。


「昔の名前は忘れて。

 今はロンサール国のギルド紅緋の翼のシアーよ。

 それ以外で呼んでも返事しないから」


何処か拒絶めいた会話にルゥ姉は面白そうに口の端を釣り上げるが


「あんたの事は噂で聞いていた。

 騎士団の時の知人からの情報で、嵌められてブルトランの貢ぎモンになった事も。

 だけどあの時の俺は……」

「その口を今すぐ閉ざしなさい。

 貴方達が逃げようとした私の行く手を何度も阻んだ事ぐらい知ってるわ。

 ろくすっぽな奴の居ない王宮からの脱出は簡単だったのに、城壁から出た途端貴方達に掴まって城に戻されたわ。

 貴方のお友達の身柄と引き換えにね」


室内に訪れた静けさは冷気さえも伴って来た。

シアーの言葉に息をのむクラウスとその仲間がそっと視線を反らすそれが総てを物語っている。


「おやおや、ハウオルティアの裏切者がいるとは。

 しかも仲間を売るなどずいぶんと物騒な同士をお持ちですね」


クラウスと一緒にとらえた一団に向けての冷めきったサファイアの瞳にクラウスは唇を噛みしめて


「仕方がないだろう。

 出会って数年のお前らより半生を競い合った友の命の方が俺には大切だったそれだけだ!」

「騎士たる者が仲間を裏切り、あげく守るべくか弱き婦女子を見捨て友を救うとは、救われた友もたまった物ではありませんね。

 ちなみにその方は?」


聞けば今度こそクラウスは愕然とした顔で俯いて口を閉ざしてしまった。

黙りこけてしまった彼の代わりにシアーが知り合いらしき縄に縛ったままの男を小突いて促す。


私を犠牲にして助けた男はどうしたかと。


暗い影を落とすその瞳を見てしまった男は、友人とも言うべくシアーをマグリットと一度だけ呼び、返事がない事に悔しそうに唇を噛みしめた後


「隊長のご友人でもあるへニング隊長は救出後……

 自害をなされました」


更に重苦しい空気が室内に広がる。


「へニング隊長は救出時にはすでに肺の病に犯され、ブルトランの執拗な尋問からの怪我で目も失明されていました。

 救出された後はしばらく我々のアジトで療養していたのですが、近くの村から手伝いに来てくれてた村人から事の次第を知ってしまい、当然我々を攻め立て、マグリットに怖い目に合わせてまで生き延びるほどの命ではないのにと隠れ住んでいた山小屋の近くに在った崖から身を躍らされて、帰らぬ人となりました」


しん……と静かになった室内でルゥ姉の小さな声が響く。


全く馬鹿な人ね……


知り合いだろう男をそう称し、静かに目を瞑ってたたずむ姿を冥福を祈っているのだろうか。

シアーは一人でこの場を立ち去ってしまったが、エンバーがいつの間にかいなくなっていた所を考えれば彼女を追いかけたのだろうと思いたい。


「さて、事情を知れば知るほど貴方達のオトモダチにお会いしなくてはいけませんね。

 我々もそろそろ移動の時期に当たります。

 よろしければ次の予定地でお会いしましょうと伝言をお願いしましょう。

 安心してください。

 これらの使い道は決まりましたので一緒に連れて行く予定となります。

 もちろん後ほどこれらの保釈料ではないですが、食料代位は頂きますのでそのつもりで」


そう言ってクラウスを叩き出したルゥ姉だったが、暫くしてここから走り去った足音を聞いて誰彼ともなく詰めていた息を零した。


「クラウスも言った事なので移動の準備を始めましょう。

 ここにはこちらより二名ほどおいて来ますのでしっかり働かせてください。

 扱いは流民達と一緒で構いません」

「予定より随分早くて後続体が来るのが追いつかないが?」

「予定はあくまでも予定です。

 こちらはいつ住まわれてもいい状態になってるので、草取り要因でべノン、ハロルドあなた方二名にここでの魔物の討伐と農地の開拓に汗を流してもらいます」

「何で俺らが……」

「安心してください。順次草取り要因に散ってもらう予定なので、塵尻になる前にクラウスが早くここに来る事を祈りなさい。

 ここに来たら次の場所に移動している事を伝えるのが貴方方の役目です。

 そして働かざる者食うべからず。

 食事は彼らに預かってもらっているので、彼らへの協力の報酬と言う形で食事を頂くように。

 ちなみに、彼らは貴方がた程度では歯が立たない程度には鍛えて在ります。

 そうですね。

 クラウスがこちらに来ない事も想定して引き継ぎが出来次第べノンとハロルドも一緒に連れてきてください。

 かつての部下何て使い捨てにするために居る存在ですからね」

「ルゥ姉待て。

 使い捨てはゴミ問題にもなる。

 大切に飼い殺しにするのが一番だって体験談忘れちゃないだろうな」


べノンとハロルドの驚きに見開いた目。

そして捕まえられた一行の絶望とした顔。

彼らが気付かないように呆れかえった雌黄と紅緋の方々。

そんな面々の変化を面白そうに口元を釣り上げて笑うルゥ姉とやはりこうなったかと無表情でこの展開を見守るカヤと、それに見習うリーナ。

こんな所まで見習わなくていいんだよと心の中の俺が必死で叫ぶもこの声は届かず。

立派にメイドらしくなってきたなと感心している中


「そうでしたね。

 貴重な労働力でしたね。

 亡くなっても鳥や牛のように食す事はさすがに気が引けるので殺さず、そして反抗心を育てないように使いこなしてください。

 なに、この二人はかつて私の部下として鍛えた経験もあります。

 この数年腑抜けてなければあなた方同様、強者の仲間へと一歩近づく事になりましょう」


「お前らも苦労してきたんだな!!!」


なぜか突然紅緋と雌黄の人に肩を抱かれたべノンとハロルドは「え?」「え?」とお互いの顔と周囲を見回しておろおろとする。

ふむ、解せない。


「って言うか、何でいきなり一致団結してるんだよ」


思わず仲間外れになったような気がした俺がすかさず抗議すれば


「ディックは気付いてないかもしれないけど、この旅が始まってから俺達かなり無茶をさせられてるの気が付いてるよね?」


クレイが小首かしげて確認する内容に何がだと思ってしまうが


「はっきり言ってお前らの提案された土木作業のおかげでたった一年で魔力量も上がったし、収納量も倍以上に増えた」


何故か全員がうんうんと頷く。


「最初打てなかったフレイムバードも全員打てるようになったし」


更に全員でうんうんと頷く。


「開拓した村と村の往復も一人でへっちゃらになった」


何故か白い目で見られながらもうんうんと頷く一同にルゥ姉は涼しい顔をして


「何を当たり前の事を。

 そのように育ててるのですから当然の結果でしょう」


たった一言で済ませてしまう。

うん。

なんとなく白い目を向けられた理由理解できた。


「ディックはルゥ姉に馴染みすぎているからあまり気にしてないかもしれないけど、一年でこんなにも成長するって事、まずないから」

「いや、俺ルゥ姉に魔法を教えてもらうようになってからずっとこんなんだったから」 


思わぬ闇が今露見した。


「仕方がないでしょう。

 魔力と言うのは酷使しないと成長しない物なのですから。

 それに成長期のディックにとって、全属性伸ばすチャンスなのです。

 ひと時も無駄にして溜まる物ですか」


この一言に全員の視線が俺に憐憫の目となって向けられた。


師匠に恵まれて良かったな……と。


何だろ、この敗北感はと思うも


「さて、早速ですが移動の準備を始めましょう。

 新たな居住区は既に住める状態ですか?」

「ああ、数こそ足りないが俺達が住む分には問題ないぜ」

「でしたら、クレイと誰か紅緋の方一名と一緒にエンバーを探してきなさい。

 戻り次第出発します。

 解散!」


ひえー、急だな。

って言うかハウオルティアの人達どうするんだ?

そんなもんルーティアさんに任しておこうぜ。

居残り組の方食料をお渡ししますので取りに来てください。

悪いが出て行く前に水瓶に水を一杯にして行ってくれ。


突然の出立の合図にみんな慌ただしくする中、縛られたままのハウオルティアのメンツは縛られたまま広場に放置されていた。

他にやる事もないのでどのみち変な事される前にこのままの状態が一番ベストなのだろうが……


「ルゥ姉さん悪いけど縛ってる縄取ってください。

 手伝います!」


かつての部下だった人はルゥ姉によく躾けられたと言う様に手伝いを買って出るが


「誰が『ルゥ姉さん』です。

 貴方の姉にもなったつもりもないし、気安くルゥ姉と呼ばないでください」


そう言って火の魔法で縄を燃やしていくルゥ姉に残りの人達はルーティアさんと丁寧に呼ぶ事を身をもって躾けられている光景を俺達は黙って見るしかないのだった。




おまけのエンバーの小話は思わぬ長さになってしまったので、ご指摘もあり独立させていただきます。

よろしくお願いします。


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