第六十七話 レインボーカーネーション
お店の人が案内してくれた奥のお部屋は、お外の光が入らない、とても静かなところでした。
お部屋の中央には冷たい銀色のテーブルがあって、何本もの細いガラスの管と、色とりどりのお水が入った丸い瓶がたくさん並んでいました。赤、青、黄色。どれも、絵の具を溶かしたみたいに鮮やかです。
テーブルの上には、太くて真っ白なお花が、まだ何色にも染まらないまま横たわっていました。先端が五つに分かれていて、少しだけ内側に丸まっています。
「これから、魔法をかけるんですよ」
お店の人が、白い茎の切り口に、太い管を深く差し込みました。そして、すべてのお色が入った虹色の瓶のスイッチを入れます。
お水が茎を上がっていくような音は、少しもしません。
でも、真っ白だった茎の表面が、風船みたいにぱん、と張ってきました。青や赤の細い線が、じわじわと浮き出てきます。そのカラフルな線が、先端の方へ向かって、網目みたいに広がっていきました。
お水がいっぱいになってくると、内側に丸まっていた五つの先端が、ぎり、ぎり、と音を立てて、大きく外側へ反り返っていきます。
すると、ぱしっ、と小さな音がして、ぱんぱんに張っていた真っ白な表面から、綺麗な虹色のしずくがしゅわっと勢いよく噴き出しました。
お水と一緒に、元気よくお花が開いたのです。
ひび割れたすき間から、フリルみたいにひだがたくさん重なった、しっとりした中身があふれ出てきました。吸い上げた色水がたっぷりと染み込んで、それはそれは鮮やかな、虹色のカーネーションの出来上がりです。
「わあ! 綺麗なお色のドレスみたい!」
私が手を叩いて喜ぶと、お店の人はにこにこしたまま、そのお花を根本から外して、ぽん、と私に渡してくれました。
「これをください」
私は一枚の半透明の紙で、そのカーネーションをふんわりと包んでもらいました。私の両腕で抱えるのに、ちょうどいい大きさです。
少しだけあたたかい包み紙からは、鉄とお薬を混ぜたような、鼻の奥がツンとする匂いが漂っていました。
おうちに帰ると、リビングはいつものように静かでした。
おかあさんは、今日も天井の近くで、真っ白なワンピースを着たまま揺れています。
「おかあさん、ただいま。プレゼントを買ってきたよ」
私は椅子の上に立って背伸びをし、宙に浮いているおかあさんの真っ白な足元に、レインボーカーネーションをそっと添えました。
おかあさんの手がもし動くなら、持たせてあげたかったけれど、今日は少し届きません。
でも、お花を近づけたとき、おかあさんの白いワンピースの裾が、お花の方へ向かってゆらり、と一度だけ揺れました。
そのひょうしに、お花のひだから虹色のしずくがこぼれて、おかあさんの真っ白なワンピースに、ぽつり、と小さな丸いシミを作りました。
おかあさんのお口は、今日も開きません。
でも、私はそのカラフルな模様を見て、にっこり笑って言いました。
「おかあさん、そのお花、とっても似合ってるよ」
お部屋の中に、家族のお返事はありません。窓の外には、薄い桜色の光が静かに差していました。
椅子から降りて、お花の包み紙を開けた自分の指先を嗅ぐと、あのツンとする匂いが、まだくっついて残っています。
天井のおかあさんの裾には、さっきの小さな虹色のシミが、布を伝ってほんの少しだけ大きく滲んでいました。
このまま毎日少しずつ広がっていったら、いつかおかあさんの真っ白なお洋服も、お花とお揃いの綺麗な虹色に染まるのかもしれません。
色鮮やかになったおかあさんが、この静かなリビングでゆらゆらと揺れる姿を想像すると、私は明日が来るのが、なんだかとっても楽しみになるのでした。




