第三十話 楽しい夢
私は小さくて色が白いので、マシュマロと呼ばれています。
おうちの玄関に、今日も黒い箱が届いていました。
両手で抱え上げてお部屋へ運ぶと、ずっしりと温かくて、中からくちゅ、と可愛い声がします。
隅の山は、もう背よりずっと高いです。
私は背伸びをして、今日の箱を一番上にそっと重ねました。
カチ、と小さな音がして、箱の角が天井にぴったり嵌まります。
すき間が、どこにもありません。
「わあ。パズルみたい」
三十個目でした。
黒い箱の壁を見上げて、私はちょっと得意な気分になりました。
家族に、いつものように小さく手を振ります。
おとうさんは椅子に、おかあさんは天井に、おとうとは床の下に。
みんな今日も、とてもお行儀が良いです。
その夜、私は久しぶりに夢を見ました。
桜色の光が差し込む、真っ白な電車の中にいます。
ガタゴト、ガタゴト、と車輪の音がして、とても心地よいです。
向かいの座席に、家族が並んで座っていました。
おかあさんは首が少しも伸びていなくて、新品みたいな白いワンピースを着ています。すべすべした両手を、揃えて膝の上に置いていました。
おとうさんは黒いスーツをきちんと着て、穏やかに私を見ています。
おとうとはおかあさんの膝で、小さくて可愛い男の子になって、すやすや眠っていました。
「みんなでお出かけ、嬉しいな」
私はそう言って、にっこりしました。
おかあさんもおとうさんも、お返事をしません。絵本に描かれた家族みたいに、最初から笑顔のまま、愛しそうにこちらを見てくれます。
電車の奥から、人が二人、三人と歩いてきました。
胸に番号札をつけた人。パステルカラーの制服が素敵な人。みんな、小さな包みを持っています。
顔だけが、桜色の陰になっていて、よく見えません。
「どうぞ」
やさしい声です。誰のかは、分かりません。
包みは、おとうさんの胸元や、おかあさんの手首のほうへ、すうっと重なって、そのまま見えなくなります。
家族の肌が、そのたびに、内側から淡く光っていきます。車内に、飴のような甘い匂いがふわりと広がりました。
染み込んだんだな、と思います。
小包を渡してくれた人たちは、いつのまにか見えなくなっていました。
窓の外は、どこまでも桜色です。看板も、駅の名前もありません。
線路の向こうに、手を振ってくれている人たちがいます。
何人も。
顔は、こちらからは見えません。
私は車窓から、小さく手を振り返しました。
「どこに行くのかな?」と聞いても、誰も答えません。ガタゴト、と車輪の音だけが続きます。家族の表情は、かわりません。
頭の上で、車内放送が流れました。
それは、短いけれど温かい言葉。
『ただいま』
おうちに着くんだな、と思いました。
電車は、止まりません。
窓の外が、きらきらした光のトンネルになります。手を振ってくれていた人たちも、光の粒に混ざって見えなくなりました。家族は座席から動きません。にこにこしたまま、肌だけが、少しずつ、お人形さんみたいに滑らかで、硬くなっていきます。
私は胸がいっぱいになって、膝の上で手を握りました。
みんな、綺麗になれてよかったね。
朝、部屋の隅で何かが崩れる音で目が覚めました。
跳ね起きて見ると、天井まで届いていた黒い箱の山が、床に崩れています。
蓋がいくつか開いていました。中は、どれも空っぽです。
「あらあら」
三十個も溜まったから、夜のあいだにお外へ遊びに行ったのかもしれません。
いなくなって、少し寂しい気もします。でも、あんなに楽しい夢を見たのですから、きっと満足してお出かけしたのだと思います。
空の箱をひとつずつ折りたたんで、隅に綺麗に重ねました。それから、ほうきと雑巾を持ちます。
今日はお掃除の日にしよう、と思います。
窓も開けて、風を入れるのです。
リビングに入ると、思わず足が止まりました。
「わあ……!」
おとうさんは、いつもの椅子に座っています。
スーツの端から垂れていたものは、乾いて、表面がツヤツヤになっていました。
触ると滑らかで、飴のような甘い香りがします。
「おとうさん、今日はお肌が綺麗。おめかししたの?」
ネクタイを指先で真ん中に寄せてあげます。指先に、ほんの少しだけ、温かい感触が吸い付きました。
天井では、おかあさんが揺れていました。
首はいつもの長さですが、ぬめりはなくて、薄い膜みたいな滑らかさでした。甘い匂いが、ここにもします。
「おかあさんも、ぴかぴか。そのワンピース、今日もお似合いですね」
足の先にそっと触れると、揺れがひとつ大きくなりました。遊んでくれているみたいで、すごく嬉しいです。
床に耳を寄せると、いつもなら聞こえる羽音のようなものが、すっかり止まっていました。
「おとうと、静かに眠ってるのね」
起こさないように、囁く声で言いました。もちろん、返事はありません。
私は雑巾を絞って、みんなの邪魔にならないよう、足元だけ拭きました。
おとうさんの靴の先も、おかあさんの真下の床も、丁寧に。
窓を開けると、飴のような匂いが、風に乗ってふわりと和らぎました。
折りたたんだ箱の山を、もう一度だけ見ます。
明日も、新しい箱が届くでしょう。
また天井まで重ねようと思います。
お外は今日も、気持ちのよい天気です。
「今日も、いい子でお留守番しててね」
誰も答えません。
でも、いいのです。
こうして私の帰る場所に、いつも待っていてくれるのですから。
夢で聞いた車内放送が、まだ耳の奥で「ただいま」と言っている気がして、私はとても幸福な気分になりました。
この街はいつも、とても素敵なことで溢れているのです。




