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第3話 忘れられた野生と循環

とんでもない所に来てしまった。

彼が最初に感じたのは必然だった。日頃は在宅ワークでパソコンに向かってカタカタとキーを叩く以外に、動かす筋肉も無いような人間が、山奥の廃村のような集落を目指し最寄のバス停(しかも1時間に一本も無い)からトボトボと歩いて、かれこれ1時間以上過ぎたが、目的地にはまだ到着しない。


スマホを見ると後30分で目的地に着くらしい。

マップアプリを信じて良いのか心配になってきたその時、ピコンと通知が届く。


<大丈夫ですか?今どのあたりでしょうか?>


取材相手からの連絡だ。

キョロキョロと周りを見渡して、返信をする。


<教えてもらった最寄のバス停から1時間ほど歩いた所です。近くに小さな神社があります>


何か目印を伝えて、合っているか確認したかった。


<あと少しですね!お待ちしています>


どうやら合っているようだ。ホッとしつつ少し後悔していた。

今回の取材の場所を、対象者の住んでいるところにしたことを。


当初、どこか静かに話せる場所を確保してインタビューをするつもりだったが、

自宅に誘われ、自宅に行けばライフスタイルや狩猟に関しても実態を感じられると思い、

訪問させてもらう事にしたのだ。


また、元芸能人ということも配慮し、人目に触れない方が良いだろうかという想いもよぎった。

それもあって自宅に誘われたのかなという深読みが、ぜひ訪問させてくださいと言葉にさせた。

その結果、学生ぶりの遠足というか、山登りをする羽目になったのだ。


だが、あの時の自分の行動力には後悔は無い。

西川さんのSNSアカウントを探し、DMを送った時は、手が震えた。

普段、芸能人にDMを送るなんてことはしないし、なぜか送った後ドキドキした。


送ってから数時間後に、返信があった事にも驚いたが、まさかのOKである。

なぜ、無名のフリーライターの自分がOKを貰えたのかには秘密がある。


それは、私が取材を申し込むときには、クライアントである渋沢さんのお名前をお貸りしているからだ。

実業家として有名な渋沢さんのオファーで取材させて欲しいと言えば高い確率でOKがもらえる。


<あなたの活動に実業家の渋沢豪氏が興味を持っており、ライターとして取材させて欲しい>


と送付すれば、渋沢さんを知らなくても検索すればその名前で多くの実績が出てくるので、

誰でも悪い気はしないものだ。慎重な人は、私の身元を確認してくるので、渋沢さんの名刺と私の名刺を並べて写真に撮り送付することもある。もちろん許可はもらっている。


それでも信じてもらえない事はあるが、今回はそこまでしなくても2つ返事で「良いですよ」と返事が来た。警戒心がないのか、心が広いのか・・・。


(西川文也、どんな人なんだろう・・・。)


元歌手で今は自給自足生活中であり、猟師でもあり、大学生でもある、不思議な人だ。

色々と調べてこれだけでも取材対象として面白そうだし、物語の主役になれそうな気がした。


渋沢さんのテーマは”熊”だが、満足させられるだろうかという心配よりも、

重くなってきた歩みを進めながらも、どんな人だろうかと妄想が広がりワクワクが止まらなくなってきた。妄想が掻き立てられる。


きっと超絶イケメンムーブをかましてくるに違いないという偏見と期待に満ちた気持ちのまま、

気づけば自宅になんとか辿り着いたのだった。


(本当にここに住んでいるのか・・・。一人で)


そこは、平屋の伝統的な日本家屋だが、かなりボロい・・・。

広い庭があるが、雑草が生い茂っている。


玄関?勝手口?に立つがチャイムのようなものはない。

これは呼びかけるしかないのか・・・。ウンッと軽く喉の準備をし、意を決して声を絞り出す。


「す・すみませーん。西川さんはいらっしゃいますでしょうか〜」

な、なんか恥ずかしい・・・。


「はーい。はい。はい。待ってましたー。」


家の奥からTシャツにジーパン、首にタオルを巻いたスタイルなのに、

すらっと背が高く、でもボサボサの髪で無精髭の男性が現れた。


「西川です。上がってください」


「加納晶と申します。本日はどうぞよろしくお願いします。」

深々と頭を下げ、思ったよりも気さくで話しやすそうな初対面にホッとしていた。


中に入ると広々とした土間があり、台所になっていた。

すぐ隣の座敷に上がり、ここで話が聞けるようだ。


「遠かったでしょ。ココ。すみませんね。」


「はい。思ったよりも遠くてびっくりしました」


「ハハハ、みんなそう言います。でも慣れたら良いところですよ。」

そう話しながら、冷蔵庫からペットボトルを取り出しお茶を注いで出してくれた。

喉がカラカラだったので一気にぐびぐびと飲み干した。


「ありがとうございます。生き返りました」


「このお茶、野草で作ったやつなんですよ。美味しいでしょ」


「へー。違和感なく飲めました。」


「これもオススメです。」

お茶請けに大根のお漬物も出してきた。自給自足というのも本当のようだ。


「西川さんが漬けたものですか?」


「はい。ぬか漬にハマって、なんでも漬けちゃうんですよね」

本人もポリポリと食べ始めた。


「いただきます・・・。あ、美味しい」


「でしょ。嬉しいなぁ。」


なんだか相手のペースで進んでるぞ、田舎のお婆ちゃんの家に来たみたいだ・・・。

流れを変えなきゃ。


「忙しいところすみません。早速ですけど取材大丈夫ですか?」


「はい。はい。良いですよ。こんなオファーは珍しいのでびっくりしました。

私が答えられる事であれば、なんでも聞いてください。」


「ありがとうございます。では早速」

カバンから手帳を取り出し、フリクションを手に取材を始める。

最初は、通り一遍の最近の近況や自給自足生活についてなど、用意してきた質問を行い、

「へー」とか「すごいですね」などと相槌を打ちながらアイドリングトークを行う。


「現在、大学にも通われているとか」


「そうなんですよ。歌手時代は芸能一色で、ずっと大学行きたかったなって思ってて。

田舎暮らしを始めたら、環境とか獣害とか色々気になってきたって感じですね」


「最近、熊の被害とかもニュースでよく聞きますけど、この辺りはどうですか?」


「この辺りにも熊はいますね。僕は熊は射てないので、主に罠の設置などを手伝うくらいですけど、

捕まえたこともありますよ。熊肉も冷凍庫にありますけど食べます?」


「え、熊肉あるんですか?美味しいんですかね?」


「いや、今回のクマは痩せてて肉が硬くてあまり美味しくはないかもしれないですね。

イノシシとかシカは美味しいものもありますけど」


「そそられますけど、まずは取材をさせてもらってから・・・」


「じゃ、話しながら準備しますよ。土間に行きましょう。」

冷凍庫からいくつかビニール袋を取り出して、土間に飛び出した。


ワイルドだなと思いながらも熊肉を味わえるのかと期待しながらついていく。


「ちょうど食べ比べ出来るくらいの量がありますんで、炭で焼いてみましょう。

僕は熊肉も好きですけど匂いがダメっていう人多いかな。イノシシは普通に美味しいし赤身が好きならシカもいいかも。」

小分けにした袋から肉を取り出して、凍ったまま削るように切り始めた。


「まぁ、味見なので少しづつ切りますね」

手際良く肉を切り分けて、土間の中央に常設されているBBQのロースターに炭をポイポイと投げ入れ

着火剤で着火する。かなり慣れているようだ。


「あ、取材続けても良いですかね。熊の被害なんですが、なぜこんなに増えたのでしょうか」


「そうですねぇ。」

炭を起こしながら、少し考え込んでいる。

「いろんな理由があると思うんですよね。一説にはドングリなどの主食が一時期豊作で熊が増えて、今年不作でたりてないから山から降りてきているというのも聞いたことありますし・・・。」


「人里と里山の境界が曖昧になって侵入しやすくなったとか、人里にある食べ物になれたとか、本当に色々ありますね」


「ただ、理由はどうあれ人間が熊が居ることを忘れちゃってただけじゃないかなって思いますね」


「忘れてた」


「そう。昔は田舎にも人が多く住んでたし、林業や農業をしている人は熊に襲われないための対策を取ってたと思うんですよね。近年は過疎化による人手不足もあって十分な対策が取れていない集落やら管理できていない里山だらけで熊の進出に気づけなかったんじゃないかと。だから熊が居るってことを現代人は忘れてたんですよ」


「なるほど、それにしても被害が急に増えましたね」


「それは実際に増えているんだと思います。対策できてないですし、様々な理由で被害が出やすい状況なんだと思います。ただ、思い出さないといけないんじゃないですかね。すぐ近くに野生があるってこと」


「すぐ近くにある野生ですか・・・。」

良いキーワードをもらった気がする。


「所詮は人間も動物ですから、熊に襲われることもあるし、熊を殺して食べることもある」

いつの間にか、熊肉がじゅうじゅうと美味しそうな音を出しながら網の上で焼けている。


「食べ方はお好みで良いんですけど、塩・胡椒とか、おすすめはワサビ醤油ですかね。もちろん焼肉のタレもありますよ」

焼けた肉を皿に取り、小皿に調味料を入れていく。


「右から熊肉、イノシシ、シカです。食べ比べてみてください。」

とんでもなく美味しそうだ。

長距離歩いてきたせいかもしれないが、匂いを嗅いだだけでお腹がなる。


「今朝、ハガマで炊いたごはんがありますけど入ります?冷飯ですけど」


「ありがとうございます。いただきます。」

ごはんと箸を受け取って、焼きたてのお肉をじっと見つめる。


(熊肉からいってみよう。ワサビ醤油がオススメって言っていたな。)

「いただきます。熊肉から、ワサビ醤油で」


「どうぞ。ちょっと癖はあるけど、どうかな」


熊肉をわさび醤油につけてごはんにワンバウンドさせて食べてみる。

少し硬いが、脂がサッと溶ける。野生の匂いはするが食べられなくはない。

ごはんをかきこみ一緒に食べる。意外と普通のお肉だ。


「食べられますね・・・。思ったより美味しい。」


「良かった。冷凍してるし薄切りにしたんで安全なはずです。次はイノシシ行きます?」

西川さんも熊肉にたっぷりワサビ醤油をつけて豪快に食べながら進めてくれる。


「はい。イノシシは鍋は食べたことありますけど焼き肉ははじめてです。」

今度は塩・胡椒を振って食べてみる。

脂がすごい厚みがある、サクサクとした食感で少し甘みがある。


「これは、美味い」

なんだろう。ゲームに出てくるお肉ってこんな感じかなという印象だ。


「ですよね。イノシシはご馳走ですから。最後はシカですね。」

そう言いながら、先にヒョイっとシカ肉を口に含んだ。

イノシシはいつの間にか食べ終わってたようだ。


「ありがとうございます。シカもはじめてです。いただきます。」

最後はタレをつけて食べる。

クセの無い赤身で、食べやすい。


「あ、食べやすい。赤身なんで鉄分を感じますね」

タレがやっぱり食べやすい。残りのごはんをかっこむ。


「おー。食レポできますね。ハハハ。」

すでに西川さんは片付けを始めている。

気づけば、お茶を注いでくれている。この人は気遣いの人だ。

本当に手際が良い。


「ご馳走様です。美味しかったです。洗い物はさせてください。」

せめてのお返しにと茶碗とお皿を持って洗い場に持っていく。


「良いのに、ありがとう。一緒にやっちゃおうか」

気づけば、これこそイケメンムーブでは無いだろうか。

二人で洗う役と拭く役に別れてささっと終わらせる。


「本当に貴重な体験ありがとうございました。取材に来て、まさかジビエ食べ比べが出来るとは思いませんでした」


「猟師も減ってるんだけど消費も減ってて、こうしてジビエを食べて消費するのも大切だと思うんだよね。害獣駆除ということだけじゃなく命を頂くわけだから無駄にしたく無いしね」


「すごいですね。ジビエ消費による命の循環というか、サステナビリティを感じます。」


「そう。忘れているのは持続可能な循環の輪の中に熊も居て、人も居てというあたりまえの自然の摂理だと思うんだよね。そうなると里山の管理とか田舎の維持とか猟師とか実は大切なものを色々現代人は忘れてしまってるんだと思うよ」


「勉強になります。少し見えてきたような気がします。」

気づけば外が暗くなり始めている。

帰れるか心配だ。そんな表情をしていただろうか。


「暗くなってきたし、送っていくよ。熊が出るかもしれないしね。」

ニッとイタズラっぽく笑った顔はさすが元芸能人と思わせるかっこよさだった。

これは惚れてまうやろ・・・。


「ありがとうございます。助かります。何から何までお世話になりました。」


軽トラに乗り込んで最寄りのバス停までかと思ったら、駅まで送ってくれた、

もうバスはこの時間は無いそうだ。


車中でも、西川さんの人生哲学だったり、スキャンダルの真相などスクープじゃ無いかと思える話も聞けたが、今回の趣旨では無いなと思い心の隅にそっとしまっておこうと決めた。


駅でおろしてもらって、颯爽と去っていく姿と、

車中でかかっていた音楽が本人の曲だったのが、まるで映画のワンシーンのようであった。


そうか西川さんはラットレースから飛び降りたのか。

芸能界は想像以上にサバイバルな環境だが、別の意味での生存競争に飛び込んだのだなと、

勝手な妄想がムクムクと膨らんでいく。


電車の中で今回の取材を振り返りながら、思った以上の収穫に妄想と考察が止まらなくなっていた。


異常にイケメンの西川さんでしたがいかがでしたでしょうか。

書きながらお腹が減って仕方ありませんでした!

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