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閑話②─野営の夜─

 日が落ちる頃、二人は森を抜ける街道沿いの野営地で足を止めた。

 そこには大きな木の(うろ)があり、旅人達がよく利用する場所らしい。

 モンテリスの城を発ってから初めての野営は、星羅が思っていたよりもずっと快適そうだった。

 小型の魔導器(コンロ)の上に置かれた鍋からは、冷えた体を温める湯気が立ち昇っている。

 シグルズは道中で狩った獲物を慣れた手つきで捌くと、同じく道中で摘んだ山菜や香草(スパイス)とともに鍋に放り込んだ。やがて、鍋がぐつぐつと音を立て始めると、食欲をそそる香りが漂いだす。


「……良い香り。シグルズって、狩りだけじゃなくてお料理も出来るんですね!」


 星羅は鍋をかき混ぜながら、魅惑的なスープの香りに(たま)らず「ほぅ」と息をもらす。

 空腹を訴えるように、お腹の虫も小さく鳴いた。


「別に……腹が満たされればそれでいい」


 寝床を整えていたシグルズは、こちらを一瞥しただけで素っ気ない返事だったが、その横顔はどこか満更でもなさそうだ。


 ホットワインにビスケットとチーズ。

 それに具だくさんのスープまであれば、野営の食事としては贅沢すぎるほどだった。

 

「うん……そろそろ良いだろう」


 シグルズは、鍋をかき混ぜていた星羅の手からレードルを受け取ると、スープをよそってくれる。

 星羅がひと口、スープを運ぼうとする間に、ビスケットやチーズ、さらに果実もひと口サイズに切り分けて、手際よく星羅の前に並べ始めた。

 あまりの甲斐甲斐(かいがい)しさに、思わず手が止まる。


 ……スパダリか?

 いや、ちょっと待って。もしかして──さっきのひと言で、少し気分が良くなってたりする?

 いつも無表情で素っ気ないくせに、こういうところだけ妙に素直というか……。

 ……え、なにそれ。ちょっと、ずるくない? ──いやいやいや。まさか、そんな。でも、もしそうだとしたら……。

 ……ちょっとだけ〝可愛い〟かもしれない。


「どうした……? 冷めない内に食え。体が温まる」

「う、うん。……いただきます」


 ふーっ、と息を吹きかけると、まずはゴロッとした食べ応えのありそうなお肉から頬張る。

 じっくりと煮込まれたそれは、舌の上でとろりとほどけ──。


 ……次の瞬間、思わず星羅は目を見開いた。


 肉の野性味溢れる臭みに加え、山菜の青臭さと土臭さ、香草(スパイス)の強烈な香りが一気に鼻腔を突き抜ける。

 そこに酸味とえぐみが重なり、何ともいえない味が口いっぱいに広がった。

 ──無理。

 体が本能的に、それを飲み込むことを拒んでいた。


「うっ……!」


 慌てて口を押さえ、吐きそうになるのをなんとか(こら)える。

 横目でシグルズを見ると、彼はいつもと変わらぬ様子で食事を続けていた。……それどころか、ちょっと美味しそうにすら見える。


 なんでコレをそんな平気な顔で食べられるの……!?


「う……ぷ。……シ、シグルズは、こういったご飯……よく食べるんですか……?」


 なんとかひと口目をホットワインで流し込むと、(たま)らずシグルズに問う。

 シグルズはすでに一杯目を食べ終え、何事もなかったかのように二杯目をよそっていた。


「いや。普段は……マットヘイムルでは魔鉱食が一般的だからな。……こっちの食事は魔力の摂取効率は悪いが……食材ごとに食感が違うのは、新鮮で面白い」

「そ、そうなんですね……。ちなみに、魔鉱食って……どんな味がするんですか……?」


 星羅の問いに、シグルズはわずかに眉を寄せた。

 そのまま、少し考え込むように沈黙する。


「……味?」


 問い返す声音は、本気で意味が分からないといった風だった。


「今まで、気にしたことはないな。食事に必要なのは、満腹感と魔力の摂取効率だろう」

「あ、あー……そこなんですね」


 ──そうだったわ。この人、半魔なんだったわ。

 そもそも食文化の違いとかのレベルじゃなかったんだったわ。


「ふぁ……。……ん、お腹もいっぱいになったし、ホットワインも飲みすぎたせいか、なんだか急に眠くて…ちょっと早いけど、先に休ませてもらっても良いですか」


 星羅は大げさな欠伸をして、席を立つ。

 食事を残してしまうことに少し罪悪感が残るものの、あのスープを食べきるのは拷問に等しい。

 幸い、シグルズは特に気にした様子もなかった。


「……少し作りすぎたか」


 そう呟くと、シグルズは鍋を手に馬達の方へ歩いて行く。


「お前達にも分けてやろう」


 ノクスとシダスは、シグルズが近づくと嬉しそうに鼻を鳴らしたが──。

 馬は人間よりも鼻が利く。……異様な匂いを嗅ぎ取ったのか、ぴたりと動きを止めた。

 耳が伏せられ、落ち着かないように足踏みを始める。


「あ、あのー! シグルズ!」


 見かねて思わず呼び止める。

 シダス達の必死の形相が、まるで「やめてくれ」と星羅に訴えかけているようだ。


「シダス達はお肉は食べませんし、人間には平気でも、馬には毒になる野菜もあります……。何より、その……少し香草(スパイス)が強いので、馬達の口には合わない……かも」


 ノクスとシダスも、星羅の言葉に同意するかのように、激しく首を振っている。

 もし、これがゲームの一場面(ワンシーン)なら、間違いなくノクスとシダスと星羅の〝友好度〟は確実にレベルアップしていたに違いない。


 シグルズは鍋の中を覗き込み、確かめるようにひと混ぜする。

 少し考えたあと、星羅の言葉に納得したように頷いた。


「ふん……。確かに、魔力耐性の低いノクス達には、影喰い茸は少し刺激が強いかもしれんな」

「……かげ、くい?」


 影喰い茸が何なのかは分からない。だが、碌でもない食材であるという確信だけはあった。

 心底、食べきらなくてよかったと、内心で胸を撫で下ろす。


 ──ぐぅ。


 不意に、間の抜けた音が鳴る。

 食欲をそそる香りに、またしてもお腹の虫が訴える。

 ……匂いだけは、本当に美味しそうなのに。


「……? どうした。腹が減ってるなら、もっと食え」

「だだだ大丈夫です! ……消化してる音なだけなんで! お休みなさい!」


 慌てて寝床へと潜り込む。

 ぺこぺこのお腹を宥めながら──次に野営をする時は、絶対に自分が食事を作ろう。

 星羅は、そう固く決意するのだった。


 こうして、星羅にとって初めての野営の夜は、静かに更けていった。

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