【8−13】宮廷魔法使い、動きます。(ペンライト片手に)
数日前に宮廷から宮廷魔法使いの出動が密書により伝えられたルミネは、エスト地方のベルソンから馬車でベルン地方のコルネイユに、使い魔のヴィレーヌと向かっていた。
密書の内容はアルベリック・レイヤードを生きたまま捕らえること。
クーデターの恐れがあり前々から追っていた事案だったが、ついにこの時が来たのだ。
いよいよクレイトン城が見えたところでルミネは降ろしてもらい、ヴィレーヌと二人で歩いて向かった。
だけどその前に、ルミネは懐かしいものを見つけた。
「ヴェレーヌ見て〜。エキュートちゃんが歌ってるわ〜」
「エキュートちゃん? なんですかそれ」
「アトが大好きなアイドルよ〜。わたしもね、昔アルバイトで手伝ったことがあって、とっても礼儀正しくてすごい人なのよ〜。ねえ、最後まで見ていいかしら」
「ルミネ、今日の目的をお忘れですか?」
使い魔に叱られそうになったルミネは頬を膨らませて、子供のようにプンプン怒った。
「知ってるわよ。お城に入って捕まえるだけでしょ。どーせ犯人はわたしたちに気づいていないのだから見てもいいでしょ、ぷんぷん」
人間、特にこのふわふわしている主人の考えていることは、魔物であるスライムのヴィレーヌには到底理解できない。
これに関しては主人が悪いとも言えるが。
楽しそうに眺めるルミネを見て、なんとか自分も楽しめないかと頭を悩ませながら、ヴィレーヌもエキュートのライブを見ることにした。
* * *
ライブが終わりニコニコ笑顔のルミネだったが、衛兵のいる城門の近くに来ると、穏やかないつもの表情と一転し、仕事モードに入る。
そして杖を取り出し、堂々と正面から向かった。
もちろん、衛兵に止められてしまうのも百も承知である。
「止まれ、何者だ。ここから先は関係者以外立ち入り禁——」
歩きながら二人の衛兵の首元に魔法で電気を流し、気絶させる。
そして城門を蹴破って堂々と中に入った。
「宮廷魔法使い様のお通りよ」
普段は自分のことを見せびらかさないが、仕事になると無性にやってみたくなるのが宮廷魔法使いの<金星の魔女>ルミネ・エマニュエリという女だ。
城内はなぜかもぬけの殻で、おそらくエキュートのライブに出払っているのだろう。
ルミネとヴィレーヌはスイスイと中を進み、アルベリック・レイヤードの執務室がある最上階へと向かう。
この城は昔は要塞だったのか、中は暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。
静かな空間にルミネとヴィレーヌの足音だけが響く。
階段を上がってどんどん上に進んでいくが、驚くほど静かだ。少しは戦いとかしたほうが宮廷魔法使いらしくかっこいいのだが、何もなさすぎて暇すぎる。
暇すぎて、ルミネは子供のようにレッドカーペットが敷かれてあるところの境界を、腕を横に広げて綱渡りのように歩き出した。
「何やってるんですか」
「ん〜? ちょっと暇だから遊んでるだけよ」
そんなことをしていると、ルミネは足元を何かに掴まれたかのようにつまずいた。
幸い、ヴィレーヌがすぐに支えて助けてくれたが、何かが頭に引っかかる。だって、この廊下には何もないのだから。
足元を見ると床から生えた薔薇の蔓が絡まっている。
そしてみるみるうちにルミネを立ったまま絡めとった。
「ヴィレーヌ、魔法使いは何人?」
ルミネは蔓で拘束されたまま簡潔に問う。
「二人です」
「わたしの足元に結界を張って」
ルミネが指示した瞬間、足元から突き上げるように岩が飛び出した。
間一髪、ヴィレーヌが張った防御結界により、岩はルミネを避けるようにして割れた。
「出てきなさい。わたしが相手になってあげる」
ルミネが力強く言うと、床から赤黒い霧と共に小柄の茶髪の男が現れた。
そしてルミネの背後を見るヴィレーヌの先から、大柄な短い黒髪の男がズンズン歩いてくる。
これが敵の幹部というものか。ちょっとだけルミネは嬉しくなる。
その茶髪の男は、ルミネに向かって強い口調で言い放つ。
「僕は<茨の城>ガレル。<金星の魔女>よ、お前にはここで帰ってもらおうか」
「わたしも帰れたら帰りたいけど、今はお仕事が優先なの。だからその交渉には応じられないわ」
ルミネとガレルが睨み合う中、ヴィレーヌは淡々と状況報告のように小声でルミネに伝える。
「ルミネ、オレ様の正面の人間が地面を操ります。空中戦の方が良いかと」
「わたしもそう思う。特に茨の彼は前に戦ったことがあるっぽいの。わたしが動けないよう蔓の魔力濃度を上げてる」
正直覚えていないが、この蔓はどこかで見た気がする。その時は簡単に解けたが、今は大きなしめ縄を崩すように硬い。そして操れないよう、反射魔法がかけられている。
まるでルミネのことを熟知しているようだ。
だがルミネは宮廷魔法使い。こんなことがあろうかと、対策は常に練っている。
「ヴィレ、わたしが指示するからわたしごと蔓を水で包んで」
藍色の瞳と目が合い、作戦が伝わったようなので、ルミネは自信を捕まえる蔓に魔力を多く流す。
するとガレルはまんまと掛かったようにニヤケ、蔓が強く締まる。
その瞬間、ヴィレーヌはルミネごと蔓を水泡で包み、蔓は腐ってたちまち床に崩れる。
そしてルミネは空中に浮かび上がった。
「<岩の手>!」
ガレルが叫ぶと大柄の男、<岩の手>ゴーモンは手を地面に当てる。
「えいや!」
するとルミネの正面から大岩が飛び出し、彼女を壁に押し付けた。
「ルミネ!」
ヴィレーヌの叫びと同時に彼は蔓で絡め取られ、地面から飛び出した岩にぶつかった。
そして突き飛ばされるように倒れた。
「はっはっは! 宮廷魔法使いもこんなものか。この間はこてんぱんにしてやられたが、今回は僕の勝ちだ!」
ガレルは勝ち誇ったかのように高笑いをするが、ヴィレーヌは知っている。
己の主はこんな傲慢な野郎に負けるほど弱くないと。
しかし、ルミネは一向に岩から出てこない。
スライムであれど、人間がいかに脆いかは知っている。大丈夫だと思っていても心配になってしまう。
「さて、宮廷魔法使いの次はお前だ。付き人なのだろうが主が死んだ以上、もう帰れない。せいぜい楽しませてくれ」
ガレルとゴーモンがジリジリと近づくその時、ルミネを潰す岩が真っ白な閃光に包まれた。
そして岩が破裂し、球状の防御結界で守られたルミネが二人を見下すような目で見つめ、杖を構える。
「ルミナス」
二人が振り返る前にそれは放たれ、ガレルとゴーモンを貫いた。
「まさか空中戦まで予想通りとは思わなかったけど、あなたたちの作戦はよく出来ていたから褒めてあげる。でもね、わたしを倒すにはもー少し足りなかったわね」
ルミネが若くして宮廷魔法使いになったのには家柄以上の理由がある。
それが実践経験の少なさを補う冷静さと、天才的な魔法操作の技術。
特に前者に至っては誰も真似することのできない神の領域へと足を踏み入れていた。
「ヴィレ、準備なさい」
ルミネの指示に、ヴィレーヌは水スライムに姿を変える。
魔法を直に食らい床に崩れるガレルとゴーモンをルミネは睨むように見つめた。
穏やかな瞳から放たれる鋭い眼光は動きが固まってしまうほど、獲物を狩る狩人の目をしている。
そして、二度と宮廷魔法使いに勝負を挑まないよう、戒めの意味で本気の魔法を放った。
「アクアグラディウス(水の大剣で貫く魔法)」
ガレルとゴーモンの頭上に人三人分くらいの大きな水の大剣が浮かび上がり、ルミネの一言と一緒に二人に落ちた。
崩れた水の大剣の大波に乗り、スライムのヴィレーヌは二人と共に流された。
水スライムだから水の攻撃とか、水にダメージを受けたりしない。だからふんわり浮いていると、いつの間にか降りてきたルミネに、鷲掴みされた。
「大丈夫〜? やっぱりスライムの方が可愛いわね」
ヴィレーヌはむにむに触られるのが嫌いだ。玩具にされているようで、尊厳が破壊される気持ちだ。
それが主人であろうとも嫌なので、ペットを愛でるようなルミネの腕で人の姿になってやった。
ルミネは重そうに姿勢を崩してヴィレーヌを置いた。
「何よー。頑張ったのんだから少しくらい触らせてよー」
「触ればいいじゃないですか。人でもスライムでもオレ様はオレ様なのですから」
「スライムがいいのー」
子供のようにプンスカ怒るルミネはそっぽを向くと、そこらに転がった気絶したガレルとゴーモンを縛り上げる。
縛り上げられた二人は、壁際に寄せて置かれた。
「帰りに拾ってから帰りましょ。ほら、行くわよ」
崩れた髪の毛を後ろに捲し上げて戻すと、ルミネはまた歩き出した。
今は自分のせいで機嫌が悪そうなので、ヴィレーヌは少し後ろに下がって横並びでついていった。
そういえば先ほどから大きな魔力の塊が消えた気がする。心なしか空気がすっきりと綺麗になったかも。
そんなことを考えながら、ついに最上階まで上がってきた。
「ね〜え、ヴィレーヌ? なんか静かじゃない?」
「そうですね。騒がしい連中が消えましたからでしょうか」
どうやらルミネも何かが消えたのに気付いたらしい。
「お仕事が減って助かるわ〜。早くお家に帰りたいもの」
仕事に終わりが見えたのか、はたまた時間が経って機嫌が良くなってきたのか分からないが、ルミネの声がさっきより明るくなった気がする。
よかった。これでルミネにしばかれないとヴィレーヌが思ったその時、前方の柱から朧げに嫌な思い出がするルミネに似た少女と、魔族の女の子がその少女の影になって飛び出した。
「お姉ちゃん?!」
「アトちゃ〜ん!」
ルミネがアトレに抱きついたことで、ヴィレーヌはむにむにされた嫌な日々をはっきりと思い出し、目を逸らして遠くを見つめた。




