【7−1】あれが噂の白馬の王子様!
川向こうの都市、ベルン地方デルクールは新興都市だ。
と言っても、別に工業が発展しているわけでもなくニュータウンといった所だろう。
バルが言うには、三十年前は家が今よりも少なく、密度もなかったそうだ。それに活気もないこぢんまりとした村だった。
それが今ではベルン地方有数の大都市に。
この三十年に何があったか謎だが、観光地並みに活気があり賑やかな街にアトレは大興奮だった。
「アトレお姉ちゃん! こっちに美味しそうな肉まんがある!」
「え?! 肉まん?! すぐに行こう!」
今日のアミュの当番はアトレとラスカだ。だから今日一日はアミュと遊ぶことになっている。
その結果、子供と、飯しか頭に入っていないお嬢様の世話役にラスカはなってしまうことになった。
アトレがいるとはいえ、彼女も彼女で匂いにつられてしまう。
アトレ自身そのことを自覚していないが、ラスカがいるから大丈夫だろうとはしゃいでいる。
それで今、アミュと一緒に肉まんを買いに行ったわけだ。
「ん〜美味しいー」
齧ると中からジュワッと熱々の汁がこぼれ、柔らかいまんとホロホロのタネが美味い。
その肉まんをラスカにも分けてやった。
「ほら、ラスカにも買ってきたわよ」
「ありがとな。……、うんま!」
これが冬だったらもっと美味しいのに、とアトレは思った。
気付いたら手には肉まんの包み紙しか残っていなかった。
これは魔法だ! 肉まんが消える魔法だ!
ありえないことを考えながらもう一個買いに行こうかと肉まんの屋台を見たその時、見たくもない男の姿にアトレはギョッとした。
驚いて手から包み紙をこぼした瞬間、たまたまその男がこっちを見た。
目は合っていないものの嫌な予感がしたので、アトレは食べてる途中のラスカとアミュの腕を引っ張った。
「……逃げるわよ」
「えっ? 逃げるってどこに……」
「いいから」
腕を掴み、急いで路地裏に駆け込んだ。
「アトレお姉ちゃん、どうしたの?」
アミュが食べかけの肉まん片手に尋ねると、アトレは彼女を静かにさせた。
(お願いだから、気付かないでっ!)
目を瞑って願ったその時、アトレの背後から爽やかな男性の声が。
「やあアトレちゃん。久しぶりだね」
「人違いです」
どこかのメイドたる素早さで否定した。
「そんなわけないだろう。君のその綺麗な髪を見たら誰だってわかるよ」
親しげに話す彼に観念したアトレは恐る恐る振り返った。
美しい金髪に、サファイアのような鮮やかな青い瞳。そしてすらっとした背の高い彼は爽やかな顔立ちをしていた。
その上何よりも身なりがよく、後ろでは彼の従者が携えていた。
アトレは彼に対し、ジトリと見て面倒だと目で伝え、声では柔らかく嘘の嬉しさを言った。
「お久しぶりです、殿下。お会いできて嬉しいです。はぁ……早く帰ってくれます?」
殿下。アトレが旧公爵家だとしてもその言葉を言えるのはたった一人しかいない。
「そんなぁ……僕も久しぶりに会えたのに悲しいじゃないか」
甘ったるい声で話す彼はがっくしと肩を落とした。
この謎の状況に疑問がいっぱいのラスカはアトレに尋ねた。
「コイツ、誰なんだ? アトレが敬語を使う人なんてそうそういないだろ」
ラスカの質問に、アトレは残念そうな声で言った。
「この人がこの国の皇太子。ルイ・オルレアンよ。よりにもよって、彼が第一王子なんて……」
彼こそがラトゥール共和国の象徴的皇帝の息子、本物の王子様の皇太子だ。
それに驚いたラスカは、声が裏返って仰天した。
その後、すぐに浮かぶかと頭を下げた。
「舐めた口聞いてすいませんでした!」
笑って遇らうルイはアトレに目を向けようとした。
しかし、彼女の後ろにはアミュが隠れて怯えていた。
それに気付いたルイはすぐさまラスカに目を向け、王子とは思えぬ形相で怒鳴った。
「いつアトレちゃんを孕ませた! 僕がアトレちゃんの婚約者になるはずだったんだぞ!」
とんでもない言葉にアトレはドン引きした。しかもラスカに殴りかかっていそうではないか。
後ろから従者に羽交い締めにされて抑えられているが、想定王子様とは言えない行動にアトレは絶句していた。
これが守られるべきお方の姿である。
だけどこのまま放置するのはラスカとルイの従者に悪いので、アミュのことを話した。
「アミュは、えっと……私の子供じゃないわ。厳密に言うと……そう! じいやのお孫さん」
明らかに出鱈目な嘘だったが、盲目的な厄介ファンのルイはすぐに信じた。
そして落ち着いた彼はアトレの前に跪くと、胸元から青い薔薇を取り出しアトレに向けて爽やかな笑顔と共にとんでもないことを言った。
「アトレ。僕の婚約者になってくれ」




