第91話 混沌を仕込む外交官
【ジパング大使館・応接室】
大使館の台所へ向かおうとするリラに、ナオは慌てて声をかけた。
ナオ「あーリラさん!待って待って!!」
リラは足を止め、きょとんとした顔で振り返る。
リラ「ナオさん?」
ナオ「今回ばかりは俺に任してくれへんかいな?外交官らしく『もてなし』をせなな」
グラバー「ほほう?」
グラバーが興味深そうに片眉を上げる。
それに対してステラは、何かを察してジト目でナオを見る。
ステラ「なんだろう……すっごいイヤな予感がするのは私だけ?」
カイ「奇遇っすねステラさん、俺も同意見っす」
二人から向けられる視線など気にも留めず、ナオは自分の頭上を見上げた。
ナオ「ほなら」
そして、未だ帽子から半身を乗り出している北風へ声をかける。
ナオ「ちょうどええわ。お前、帽子の中でスタンバっとるあいつら呼んできてくれへんか?」
北風「あいつら?」
ナオ「おう。飯いうたら、あいつらやろ」
北風「ああ……なるほどな」
何かを察したのか、北風はニヤリと口元を歪める。
北風「ちょいと待ってな」
ナオ「おう、頼むやで~」
そう言い残すと、北風はするりと帽子の中へ引っ込んでいく。
ほんの数秒前まで雲の顔をした不良が生えていた帽子を、四人が揃って凝視する。
ナオ「よし」
ステラ「いや『よし』じゃないわよ!?」
ナオ「なんや?」
ステラ「今、アンタの帽子の中に人を呼びに行かせたわよね!?」
ナオ「それがどないかしたん?」
ステラ「なんで帽子の中が普通に控室みたいになってんのよ!!」
ステラのごもっともな叫びが応接室に響き渡る。
ナオ「まあ一応、事前に打ち合わせとるからなぁ」
カイ「打ち合わせてるってなんすか!?めちゃくちゃ不穏なんですけど!!」
グラバー「フハハハハ!またまた面白い帽子のギミックを見せてくれるということだね」
一方のグラバーは、止めるどころか完全に楽しむ側へ回っている。
ステラ「グラバーさんも煽らないでください!」
リラ「あ、あの……ナオさん?」
一人だけ話についていけていないリラが、おずおずと手を上げる。
ナオ「ん?」
リラ「結局、お料理はどうするんですか?」
ナオ「ああ、それなら心配いらへん」
ナオは妙に自信ありげに胸を張った。
ナオ「今から来る連中、その道のプロやから」
ステラ「……連中?」
カイ「一人じゃないんすか?」
ナオ「おう」
その一言で、ステラの表情がさらに険しくなった。
ステラ「待って。なんか嫌な予感が具体的になってきた」
ナオは帽子へ手を伸ばし、開いていたクラウンを閉じる。
パタン
ナオ「まあ、それは後でのお楽しみや、それより場所移動しよか。ノノ、テラスの準備は大丈夫やな?」
ノノ「ひゃいっ!?」
不意に話を振られ、ノノがビクッと肩を跳ねさせる。
ノノ「は、はい!席は人数分ご用意……できてます」
ステラ「……人数分?」
ノノ「ひぅ!?」
ステラがぴくりと眉を動かす。
ステラ「ちょっと待って。人数分ってことは……ノノ、最初から知ってたの?」
ノノ「え、えっと……その……」
助けを求めるようにナオを見る。
ナオ「まあまあ、細かいことはええやん」
ステラ「よくないわよ!」
カイ「なんかナオさんだけじゃなくて、ノノさんまで仕掛ける側に回ってません?」
ノノ「ち、違うんですぅ!梅原様に『ステラさんたちのも席用意しといて』って言われただけで……!」
必死に両手を振って弁明するノノ。
ナオ「ネタばらししたら、どのみち最後はみんなも呼ぶ予定やったんよ」
ステラ「あんたねぇ…」
ステラが呆れたように額を押さえる。
そんな一同のやり取りを眺めながら、グラバーはますます愉快そうに笑っていた。
グラバー「フハハハ!いいじゃないか。そこまで準備してくれていたとは嬉しいね!」
グラバーは上機嫌に立ち上がると、上着を軽く整えた。
グラバー「では、その『おもてなし』とやらを楽しませてもらおうじゃないか!」
ナオ「ええ。そうしてください」
ナオはどこか含みのある笑みを浮かべながら立ち上がり、庭に面した障子へと手をかける。
ナオ「ほな皆さん。場所、変えましょか」
すっと障子が左右へ開かれる。
その先に広がるのは、大使館のジパング式庭園だった。
丁寧に刈り込まれた草木の間を飛び石が縫うように伸びる小径。その奥に広がる竹林と灯篭。
そして、気持ちのいい午後の陽光を反射した池の水面がきらきらと揺れている。
カコン。
ししおどしの乾いた音が、静かな庭へ響いた。
その池のほとりには、純和風の庭園には少々不釣り合いな、白い洋風のガーデンテーブルと椅子が並べられていた。
人数分の椅子はすでに整然と並べられ、テーブルの上には真新しいクロスまで掛けられている。
グラバー「ほう……!」
グラバーが感心したように目を細めた。
ナオ「ちょっと妙な組み合わせでしょう?」
ステラ「ジパング庭園に帝国風のテラス席って……相変わらず統一感ないわね」
ナオ「ええやん。ジパングと帝国の折衷っちゅうことで」
カイ「今考えたでしょ、それ」
ナオ「バレた?」
ステラ「バレバレよ」
ナオ「ハハハ。まあ細かいことはええやん。ほな、行きましょか」
そう言ってナオは縁側へ出ると、置かれていた下駄に足を通し、ひょいと庭へ降りた。
ノノもその後に続き、リラ、カイ、ステラもそれぞれ履き物を足に通して庭へと降りていく。




