第85話 世界で一番、変で優しい外交官
【エサリカ村・ジパング大使館】
グラバーによる20年前の回想が終わり、応接室にはしばし妙な静寂が落ちていた。
ナオ「…………」
ノノ「…………」
梅原ナオと茅森ノノは、しばらく無言のまま固まっていたが。
ナオ「ブッ……!!ハハハハハハハハ!!!!」
耐えきれず、ナオが腹を抱えて吹き出した。
椅子にもたれかかりながら、涙目で笑い続ける。
ナオ「なんなんすかその話!?あの元老院でライブって!!」
グラバー「フハハハハハ!!だろう!?当時の私も腹がよじれるかと思ったぞ!!」
葉巻を持ったまま、グラバーも豪快に笑う。
グラバー「しかもだ。あの時の議員たち、終演後にはあの人形どもにアンコールまで要求し始めたからな!」
ナオ「それのどこが外交会談なんすか!!ハハハハハ!!完全にファンになってますやん!!」
二人は顔を見合わせ、再び吹き出した。
ナオ「いやぁでもほんま……センポさんらしいというか……」
笑いながら、どこか懐かしそうに自身の帽子のツバへ触れる。
ナオ「無害そうな優しい顔してますけど、あの人……場の空気を強引に変えてまう力がありましたし」
グラバー「しかも本人は最後まで『穏やかな外交官』の顔を崩さんからな」
ナオ「ほんまそこに関しては敵わんですわ……」
ナオは耐えきれず、ついに椅子からずり落ちた。
ナオ「アカン、想像したらわろてまう……ハハハハハ!!」
グラバーも吸いかけの葉巻を一度灰皿へ置き、口を大きく開けて笑っている。
その二人の横でノノだけは、引きつった顔のまま固まっていた。
ノノ「…………」
その様子に気づいたグラバーが、ニヤリと笑いながら声をかける。
グラバー「どうだったね、ノノくん?センポのバカげた外交エピソードは」
ノノはゆっくりと顔を上げた。
ノノ「あの……さ、さすがに……」
ナオとグラバーは、笑いを堪えながらノノの言葉を待つ。
ノノ「センポさん……元老院で火柱上げるのは、普通に大問題ですよぉ……!」
ナオ&グラバー「ブハハハハハハハハハハハハハ!!!」
再び、応接室に爆笑が轟いた。
ナオ「いやほんまやで!当時の近衛兵の人ら、絶対対処困ったでしょうね!!」
グラバー「ああ!『閣下方に何かあった!』と大慌てで突入してきたからな!」
ナオ「ある意味、異常事態ではありますけどね!!」
グラバー「扉を開けた瞬間、、議員ども全員がセンポの帽子に向かってスタンディングオベーションしていたからなぁ!!」
ナオ「途中から見たら状況が意味わかんなすぎる!!」
ナオは手を叩いて笑い転げる。
ノノ「というか、よく当時のセンポさん……処罰されませんでしたねぇ……」
グラバーは口髭を撫でながら、どこか懐かしそうに目を細めた。
グラバー「……いや。むしろ逆だったな」
ナオ「逆?」
グラバー「あの日以降だ。元老院のお堅い空気が、少し変わったのは」
先ほどまで響いていた笑い声が、少し静まる。
グラバーは窓の外へ視線を向けながら、ゆっくりと言葉を続けた。
グラバー「それまでは、『得体の知れない東の島国』……ジパング国に対して警戒や偏見を持つ者も多かった」
ナオとノノは黙って耳を傾ける。
グラバー「‟覇王‟豊臣ヨシムネ殿の真意も、当時の帝国にはまだ見えていなかったからな。完全に警戒を解いていたわけじゃない。だが……」
そこで一度、グラバーは小さく笑う。
ナオとノノへ視線を向ける。
グラバー「同じことで腹を抱えて笑って、同じ音に熱狂して……気づけば皆、‟警戒すべき東国の使者‟ではなく、‟センポ・スギハラ‟という一人の男を見ていたんだ」
ナオとノノはお互い顔を見合わせ、思わず少し笑う。
グラバー「……あの男は、『優秀な外交官』というより『人の心を解きほぐす天才』だったのかもしれんな」
ナオ「いやほんまに……あの人のそういうところ、敵いませんわ」
グラバーは「フッ」と小さく笑うと、ソファへ深く背を預けた。
グラバー「……あの会談以降。私も、仕事以外であいつと顔を合わせることが増えていった」
ノノ「お仕事以外でも、ですか……?」
グラバー「ああ。最初は『帝都を案内してほしい』と言われてな。外交官なのに、まるで観光客みたいにあちこち興味津々でな」
灰皿へ置いていた葉巻を再び手に取る。
グラバー「市場へ行けば露店の商人と雑談し、港へ行けば漁師連中と魚を捌きだしたりしてな…。帝都の貴族より、庶民の方に顔が広くなっていたんじゃないかな」
ナオ「めっちゃ想像できますわ……」
ノノも思わずクスッと笑う。
グラバー「しかもあいつ、どこへ行っても最後には人を笑わせて帰るんだ。広場で子供たちを集めて帽子の上で妙な人形劇を始めたり、帽子から茶器を出して『ジパング国の茶です』と振舞ったり……」
グラバーは肩を揺らして笑う。
グラバー「今思えば、あの頃から既におかしかった」
ナオ「『既に』いうか、多分ずっとおかしいですあの人」
グラバー「フハハ!!違いない」
二人はまた吹き出す。
グラバーは葉巻を軽く回しながら、穏やかな声音で続けた。
グラバー「あいつは、人の立場や種族で接し方を変えなかった」
フワッと煙を吐き出す。
グラバー「帝国の高官だろうが、魔術大学の高慢なエルフどもだろうが、港で働くリザードマンの荷運びだろうが……。同じように笑って、同じように言葉を交わす。だから気づけば、私も肩書きを忘れて話していた」
ナオ「…………」
グラバー「いつの間にか、‟ジパング国の外交官‟じゃなく、‟友人・杉原センポ‟として酒を飲むようになっていたよ」
そう言って、グラバーは柔らかく笑った。
グラバー「……あいつと飲むタルカローネは、実に美味かった」
その表情を見て、ノノは静かに微笑んだ。




