第80話 笑いの議場
【20年前 帝都・元老院議事堂】
杉原センポの被る帽子の開口部から、丸いフォルムが新たにせり上がってきていた。
姿を現したそれは、妙に整ったグレーのスーツを着用し、胸元には白いスカーフをつけた真っ赤な身体のぬいぐるみ。
丸っこくて少し細長いフォルム。
???「久しぶりじゃねえか、トサカ野郎」
低めのダンディな声が議場に落ちる。
???「相変わらず……ニワトリのくせに鶏肉喰らってるのか?」
雄鶏の人形がその姿を見て、硬直した。
雄鶏「……お、お前は……!!?」
ロバ「え、なに!?知り合いなのか!?こいつ誰!?」
赤いぬいぐるみは、ゆっくりと一歩前に出る。
議員たちは当初の会談目的など、すっかり放り出しセンポの帽子に釘付けになっていた。
???「おいおい、忘れたとは言わせねえぞ?」
そして雄鶏が、その名を叫ぶ。
雄鶏「衝撃の明太子!!」
\ドン!!!/
誰もが思考を停止した。
現れたのは、やたらフォーマルなスーツに身を包んだ、顔のついた明太子のぬいぐるみだった。
あまりにも唐突すぎる意味不明な名前と圧倒的な存在感に、議場の全員が、一瞬、完全に理解を放棄する。
ロバ「いやどちらさんです!?」
ロバの人形のツッコミが引き金だった。
議員「――ッ、ぶっ……」
一人が思わず吹き出した。
議員たち「ブハハハハハハハハ!!!!」
次の瞬間には、議場の厳格な空気は崩壊していた。
議員1「なんだあれは!!フハハハハハ!!」
議員2「まったく意味がわからん!!」
議員「統一感がまるでないではないか!!ハハハハ!」
ある者は涙を流して笑い、ある者は机に突っ伏して叩き、ある者はセンポの帽子を指差しながら、むせ返る。
拍手、爆笑、混乱――
荘厳であるはずの元老院は、完全に“笑いの渦”に呑み込まれていた。
グラバーも膝を叩いて爆笑する。
グラバー「なんなんだその『メンタイコ』というのは!?ハハハハハ」
その笑いの渦の真ん中でセンポもホッホッホッと穏やかに笑う。
ロバ「いや誰だよこいつ!?なんでこんな妙にダンディーな見た目の奴と知り合いなんだよ?」
雄鶏「おいおいロバ君知らないの!?あの伝説的ドラマーの『衝撃の明太子』だよ」
ロバ「いや知らん知らん知らん!?何その変な通り名」
改めて明太子のぬいぐるみのフォルムを見るが、前側に小さい丸い手が付けられただけのフォルム。
明らかに打楽器が叩けるようには見えない。
ロバ「第一このフォルムでどうやってドラム叩くんだよ!?足ねえのにバスドラ出来ねえだろ!」
その言葉に、『衝撃の明太子』は低く笑った。
明太子「いいか、そこの奇蹄目。ドラムというのはな……『手と足で叩くもの』、と思っている時点でまだまだ素人だ」
ロバ「いやそれ以外でどう叩くんだよ!?うちの犬は手と足で叩いてるんだよ!!」
明太子「リズムというのはな……手足で刻むものじゃない」
ゆっくりと、小さな丸い手を広げる。
しかし手が小さすぎて広がりきっていない。
明太子「魂で刻むビートだ」
ロバ「何哲学じみたこと言ってんの!?この渋顔明太子!?」
議員たちは笑いながらも顔を見合わせる。
議員2「あれは……何の会話をしておるのだ?」
議員3「わからん、わからんが……!絵面がシュールすぎてなあ、ブハハッ」
その時、真下にいるセンポが穏やかな声で上を見上げた。
センポ「まあまあ、ロバさん。せっかく助っ人を申し出てくれているのですから、ここは乗ってみてはいかがでしょうか?」
雄鶏「そうだぞ〜!センポさんもこう言ってるし。この旦那、マジでスーパードラテクの持ち主なんだからよ」
ロバ「センポさん!?ややこしい方向に舵切ろうとするのやめて!!あとお前はとりあえず、ドラムのテクニックのことを 『ドラテク』って略すのやめてくれない!?ややこしいんだよ!!」
明太子「……ふっ」
わずかに顎を上げる。
明太子「俺のビートはな……さながら真夜中の湾岸線だ。衝撃すぎて振り落とされるなよ?」
ロバ「とりあえず一回蹄で殴っていい?こいつ」
議員たち「ブハハハハハハハハ!!!!」
その喧騒の中。
ハヌスは笑いながら、隣のグラバーに小声で話しかけた。
ハヌス「ワハハ。しかし、不思議なものだな」
グラバー「ハッハッハッ!ん、何がだ?」
ハヌス「普通なら無礼極まりないことを起こしているというのに……。当の本人は、ああして平然と笑っている」
視線の先では、杉原センポが相変わらず穏やかに笑っている。
ハヌス「そして我々も……気づけばその空気に呑まれ、こうして笑っている」
グラバーは一瞬だけ目を細め、ふっと息を漏らす。
グラバー「……ああ」
再び、口元に笑みが浮かぶ。
グラバー「ふざけているように見せかけて、あのじいさん……この場のお堅い空気をほぐしているのかもしれねえな」
議場の中央では、いまだにロバのツッコミと議員たちの笑いが続いている。
その中で、明太子のぬいぐるみが妙に満足げに頷いているのが見えた。
ハヌス「……妙な男だ」
グラバー「ああ」
グラバーは頭に混沌を乗せながらも堂々と立つ、センポの姿をじっと見つめる。
グラバー「だが、俺は嫌いじゃないねえ。こういうの」
その言葉の直後、再び議場に大きな笑いが弾けた。
ハヌスもまた、小さく息を漏らして笑う。
ハヌス「……同感だ」
先ほどまで張り詰めていた議場の空気は、もはやどこにもない。
そこにあったのは、立場も国境も忘れた者たちが、ただ同じものを見て笑っているという、奇妙で穏やかな光景だった。




