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第77話 杉原センポという男

【エサリカ村・ジパング大使館】

葉巻の煙が、ゆるやかに漂う応接室。


その煙を目で追いながら、グラバーは背もたれに体を預けて、天井を仰いだ。


グラバー「……懐かしいねえ、今でも覚えてるよ。アイツが、初めて元老院の議場に現れた日のことを」


葉巻を口に咥えて、小さく笑う。


グラバー「つい昨日のことのように、はっきりと思い出せる」




20年前ーー。




【帝都・元老院議事堂】

高くそびえる石柱に、磨き上げられた大理石の床。

天井には八大神正教の神々を象ったステンドグラスが嵌め込まれ、色とりどりの光が荘厳に議場を照らしていた。


半円状に並ぶ議席には、バロア帝国の政治の中枢を担う元老院議員たち。

その視線はすべて、議場中央に立つ一人の男へと注がれていた。


やがて、一人の議員が口を開く。


議員1「長きにわたり、我らとの接触を拒み続けてきたジパング国が、此度は自らこの元老院の場に姿を現すとは...」


議場の空気が、わずかに張り詰める。


議員1「その真意……我らに明かしていただきたい」


別の議員が、腕を組みながら低く続ける。


議員2「率直に申し上げよう。貴殿らの来訪が、単なる友好の意思によるものとは……到底、思えぬ」


さらに一人、冷ややかな視線を向けながら。


議員3「答えよ、ジパングの使者よ。何を目的とし、このバロア帝国の中枢へと足を踏み入れた?」


重苦しい空気が、議場全体を覆う。


その中には、若くまだ髭を蓄えていない頃のグラバーとハヌスの姿もあった。


グラバー(小声)「……まったく、息が詰まりそうな空気だな。俺はこういう場はどうにも性に合わん」


ハヌス(小声)「無理もない。四百年もの間、断交を貫いてきた東の島国だ。それが自ら帝国に接触してきたのだからな」


グラバーは頬杖をつき、軽く息を吐く。


グラバー「……まあ、警戒する気持ちも分からんでもないが……少々、構えすぎじゃないか?」


数十の視線が、一点へと突き刺さる。


しかし、その中心に立つ男はまるで臆する様子もなく、柔らかな空気を纏っていた。


整えられた白髪に、手入れの行き届いたカイゼル髭。

茶色の羽織に白のワイシャツ、首元にはループタイ。その上から紺のベストを重ね、下は同じく紺の袴。

和と洋を違和感なく織り交ぜたその装いは、異質でありながらも、不思議と調和していた。


片眼鏡をかけ、穏やかな雰囲気を纏ったその姿は、まさに“好好爺”という言葉がよく似合う初老の紳士であった。


そして――


その頭には、一つの帽子が載せられていた。

深緑のリボンに、シャムロックの飾りがあてがわれた黒のシルクハット。


それは、後に梅原ナオが常に被ることになる、あの帽子である。


グラバー(小声)「……妙ないで立ちの爺さんだな。あれがジパングの正装なのか?」


ハヌス(小声)「いや……少なくとも、ジパング国に帽子を被る文化があるとは聞いたことがないな...」


やがて男は、静かに一歩前へと進み出る。


そして丁寧に、深く一礼した。

顔を上げると、男は口を開いた。


???「まずは、皆々様方への謁見の許し……誠に感謝申し上げます」


その声は、決して大きくはないが不思議と、議場の隅々にまで澄み渡るように届いた。



「私、ジパング国・豊臣幕府よりこのバロア帝国の地へ派遣されました――

外国奉行・西洋外交役……杉原センポと申します」



一度、言葉を切る。そして、わずかに微笑を深めた。


杉原センポ「此度はジパング国の“開国”の意を、ここに表明するため参上いたしました」


その言葉を聞いた瞬間、議場の空気が凍りついた。


次の瞬間。


ざわめきが、波のように広がっていく。


議員1「……開国、だと?」


議員2「正気か……?四百年以上の断絶を、今さらになって」


議員3「ふざけるな……!その一言で済む話ではあるまい!」


議員4「目的は何だ!?――侵略か!それとも、貿易を口実にした干渉か!」


議員2「あるいは……我らの内情を探るための偵察かもしれぬ」


センポは、わずかに首を横に振る。


センポ「いえいえ。我らは、バロア帝国をはじめとする大陸諸国と再び友好の関係を結びたいと考えているに過ぎません」


議員3「友好などという言葉で取り入るつもりか!このバロア帝国を侮るな!!」


怒号と困惑が飛び交い、議場は一気に騒然とする。


しかしーー


その中心に立つセンポは、微動だにしなかった。穏やかな笑みを崩すことなく、ただ静かに、その場に立ち続けている。


グラバー「……いきなり現れて、『開国しました、仲良くしてください』とはな」


ハヌス「……あまりにも大きく出たな、ジパング国」


センポの穏やかな佇まいは、かえって議員たちの猜疑心を煽る。

怒号はさらに激しさを増し、議場の空気は頂点へと達した。



パカッ



その瞬間、議員たちの動きが、ぴたりと止まる。

視線が、一点へと集まっていた。


センポの被る黒いシルクハット。

そのクラウンが唐突にパカリと横に開いたのだ。


議員1「なっ......!?」


議員たちは言葉を失った。

誰一人として、理解が追いつかない。


何が起きているのか分からないまま、誰もがその場に立ち尽くしていた。


すると、帽子の開口部から木製の人形劇の舞台が、ゆっくりとせり出してきた。


木目調のカウンターを模したそれは、我々の世界の居酒屋によく似た造りをしていた。


そして、その奥に。


『焼き鳥』と記された赤提灯が、遅れて姿を現す。


ぽうっ、と柔らかく灯る橙の光はこの荘厳なる議場においては、あまりにも場違いな光景であった。


議員2「……何だ、これは一体」


議員4「あの文字は何だ...!?ジパング語か?」


そして帽子からせり出した舞台の奥より、二つの人形が現れる。


一体は、紫の着流しを纏ったロバ。

もう一体は、白いシャツに緑のシャボタイを結んだ雄鶏。


センポは、手を動かしていないのにその人形たちは、ひとりでに動いていた。


雄鶏の手には、一本の串が握られている。


こんがりと焼き目のついた肉。

その間に挟まれた、見慣れぬ緑の野菜。


それはこの『オームス』という世界には、存在しないはずの料理。


焼き鳥のねぎまであった。

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