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Chron0//≠BreakerS  作者: 時任 理人
等鋭不和の絶刃編

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EP175. 第零希望破砕群――完成された捕食者と創作者

 これは、判断の記録だ。


 いや――正確に言えば、判断できたと思い込んでいた時点の記録だ。


 ネヤムを見た。

 レイラを読んだ。

 ソウヤを読んだ。


 どれも、人間の枠組みの外にいる存在だった。


 だがそれでも、私は“分類できた”。


 思想。

 捕食。

 創作。


 言葉を与えれば、人は距離を保てる。

 分類できれば、対処できる。

 対処できれば、教育の余地がある。


 少なくとも、私はそう教えられてきた。


 そして私は、その理屈に従って選んだ。


 リゼに接触させない。

 観測を制限する。

 リスクに対してリターンが不明確な対象は切り捨てる。


 それは合理的で、教育統括官として正しい判断だった。


 だから私は、その時点ではまだ――


 この施設が“判断できる領域”にあると思っていた。


 だが、それは違った。


 この先にあるものは、分類では足りない。


 倫理でも足りない。

 制度でも足りない。

 教育という言葉でも、もはや届かない。


 それでも私は、前に進む。


 なぜなら、ここで立ち止まれば、私は“リゼを止める側”から外れる。


 それだけは、許容できない。


 ――だから私は、次の扉へ進む。


 ――国家人体矯正研究所・未成年棟/内部遷移区画

 記録者:キース・フロスト



 観察室を出た直後、廊下の空気がわずかに変わった。


 いや、変わったのは空気ではない。

 私の認識の方だ。


 ネヤムと話したあとでは、この施設の基準が一段階ズレる。


 私は歩きながら、雨宮に言った。


 「傘羽ネヤムは、なぜあそこに“置かれている”」


 雨宮は即答しなかった。

 数歩分の沈黙を置いてから、口を開く。


 「端的に言えば――利用価値です。

  あの個体は、思想としても技術としても、まだ切り捨てるには惜しい段階にあります。

  もし単なる逸脱行動や衝動型の暴走であれば、あなたが想像している通り、問答無用で処理されています」


 「射殺か」


 「ええ。遠慮なく。実際、同等危険度で処理された被矯正体は複数存在します。

  ですがネヤムは違う。彼女は“再現可能な理論”を持っている。

  しかも、それが現実に影響を及ぼしかけた実績がある」


 私は眉を寄せた。


 「制御できるのか」


 雨宮は、わずかに笑った。


 「できると思いますか?」


 「思わない」


 「私もです。だからこそ“想像通り”です。

  制御できないが、捨てるには惜しい。そういうものが一番長く生き残る」


 ヒュドラが前を歩きながら言う。


 「ネヤムはね、“壊せば終わるタイプじゃない”。思想が拡散する。

  仮に本人を消しても、彼女の言語と構造が残る。

  だから、ああやって“閉じ込めて観測する”しかないのよ」


 「標本か」


 「違う」


 ヒュドラは振り返らずに言った。


 「培養」


 その一言で、私は黙った。



 少し歩いたところで、私は口を開いた。


 「ひとつ確認する」


 雨宮が視線だけで応じる。


 「先日、外部向けに撮影されたプロモーション映像を確認した。

  教育的再構成、段階的矯正、社会復帰支援――あれはどこまで事実だ」


 雨宮は、珍しく少しだけ間を置いた。


 そして、淡々と言った。


 「概ね間違っていません」


 私は足を止めそうになった。


 「……概ね?」


 「ええ。完全な虚偽ではない。あの映像で語られているプロセスは、実際に存在します。ただし――」


 「ただし?」


 雨宮は私を見る。


 その目は、初めてほんの少しだけ人間らしかった。


 「あなた方には見せない部分が、九割です」


 「九割?」


 「ええ。あの映像は、“見せても問題がない一割”だけで構成されています。

  残りの九割は、倫理的にも、政治的にも、心理的にも、外部へ開示できない領域です」


 ヒュドラが軽く笑う。


 「ふふっ、安心して。あなたたちに見せるつもりもないから」


 「なぜ私たちはここにいる」


 私の声は低くなった。


 ヒュドラは、わずかに肩をすくめた。


 「ホセの計らいよ」


 その名前で、空気が変わった。


 リゼがわずかに反応する。


 「期待、ってやつね」


 ヒュドラは続ける。


 「ホセはね、あなたたちに“あるもの”を見せたがっている。

  ただし、それが理解できるかどうかは別問題。理解できた場合にどうなるかは、もっと別問題」


 雨宮が補足する。


 「彼は実験者ですから。人間の選択と崩壊の境界を見るのが好きなんです」


 「趣味が悪いな」


 「この施設に関わる時点で、全員そうです」



 ヒュドラが立ち止まった。


 「ここから先は、ネヤムより“下”のレイヤー」


 「下?」


 「ええ。“思想”ですらなくなる場所」


 私は無言で頷いた。


 ヒュドラは私の腕を軽く取った。


 その動作は、案内というより“引きずり込む”に近かった。


 「まず資料を見る。接触させるかどうかは、あなたが決める」


 「私が?」


 「そう。教育統括官でしょ? 判断してもらう」


 皮肉ではない。

 本気だった。


 それが一番厄介だった。



 国家人体矯正研究所 未成年棟 第零希望破砕群

 特別指定被矯正体 管理報告書

 報告書番号:ZHP-001-002

 管理責任者:第零希望破砕群 調整室主任

 分類:極秘(技師閲覧制限レベルS)


 1. 被矯正体 No.001 「斉木レイラ」

 通称:食人零しょくじんれい/零号食人/人肉零

 年齢:15歳

 指定種別:肉体性捕食脅威(極めて危険)

 犯行概要

 • 初犯(13歳):実母を自宅で殺害後、3日間にわたり同死体を調理・摂取。

  発見時、冷蔵庫内には内臓の真空パック、冷凍室には部位別ラベル付き冷凍保存品が確認された。

  本人は「味が落ちる前に食べないともったいない」と平然と供述。

 • 逃亡中(14歳):追跡中の警察官1名を殺害し、その場で心臓・肝臓を生食。

  残骸を森内で数日間野営しながら摂取。胃内容物より人間の指骨が検出された。

 • 施設入所後(15歳):調整室にて技師の左耳を噛み千切り摂取。

  別技師の腕肉を抉り取り「まだ新鮮だ」と発言。その後も自傷による皮膚・爪の摂取を繰り返す。


 施設内評価

 被矯正体No.001は精神汚染ではなく、純粋な肉体性捕食者である。

 人間を「同族」ではなく「食料」と認識し、痛みを「新鮮さの指標」として積極的に享受する異常性を有する。

 • 痛覚に極めて鈍感。他者の肉体部位ごとの味覚を詳細に記憶・評価する。

  例:「太ももが最も柔らかく美味」「肝臓は苦味が強いが癖になる」)。

 • 他の被矯正体を「食べ頃」と本気で評価する視線を確認。

 • 言葉数は少なく感情起伏に乏しいが、「食べたい」という欲求のみが異常発達。


 施設極秘評価抜粋

 「彼女は肉体そのものがすでに捕食者として完成されている。

  通常の矯正は無効。隔離中も自身の肉体を食いながら『もっと柔らかい肉が欲しい』と要求し続ける」


 推奨管理措置

 • 常時四肢完全拘束

 • 口腔内鉄製マズル常時装着

 • 栄養チューブによる強制給餌

 • 皮膚露出時、一切の接近禁止(噛みつき被害発生時は即時切断を視野に入れる)

 危険度:★★★★★(施設内最高レベル)



 読むほどに、言葉が意味を持たなくなる。


 食べた。


 ただそれだけの行為が、ここまで構造化されるのか。


 私はゆっくりと言った。


 「……これは、思想じゃない」


 雨宮が答える。


 「ええ。純粋な捕食です」


 ヒュドラが補足する。


 「ネヤムは“世界をどう壊すか”を考える子。

  でもレイラは違う。“目の前の肉をどう食べるか”しか考えてない」


 私は紙を閉じた。


 「人間を人間として見ていない」


 「ええ。完全に食料です」


 リゼが初めて口を開いた。


 「それは、ある意味で一貫しています」


 私はリゼを見る。


 「何がだ」


 「倫理を持たない存在としては、極めて合理的です。

  対象を同族と認識しないのであれば、捕食は自然な選択です」


 「肯定するな」


 「肯定していません。分類です」


 ヒュドラが言う。


 「この子、ネヤムより扱いづらいわよ。ネヤムは言葉で来る。でもレイラは違う。噛む」


 雨宮が続ける。


 「しかも躊躇がない。痛覚も恐怖もほぼ無効化されている。彼女にとって“新鮮さ”が唯一の価値指標です」


 私は低く言った。


 「接触は」


 「論外です」


 雨宮は即答した。


 「四肢拘束、口腔マズル、距離制限。それでも危険です」


 ヒュドラが笑う。


 「でもね、面白いのはここから」



 2. 被矯正体 No.002 「白峰ソウヤ」

 通称:人形師にんぎょうし/ソウヤの人形/血の芸術家

 年齢:16歳

 指定種別:創造性殺人芸術家(極めて危険)

 犯行概要

 • 初犯(14歳):近所の少女(12歳)を誘拐後、自宅地下室で3日間生体解体・加工。

  「赤いドレス」として血管を編み、眼球をガラス玉に置換し、髪で冠を作成。完成品を部屋に飾り毎日観賞。

 • 連続犯行(14〜15歳):合計7名(主に10代前半の男女)の被害者に対し、テーマ別「芸術作品」を作成。

 • 「泣く天使」:生体針刺し涙腺刺激後窒息死、翼状固定。

 • 「永遠の微笑み」:口角切開・ワイヤー固定、舌抜去後花挿入。

 • 「鏡の少年」:皮膚剥離後鏡面加工し腹部に張り付け。

 • 「血の花園」:複数被害者内臓を花状配置し中央で裸体舞踏。

 • 施設入所後(16歳):調整室にて技師の指を噛み千切り「指の人形」作成を試みる。

  独房内で自傷血液により壁面に作品を描き続ける。


 施設内評価

 被矯正体No.002は殺人を「創造行為」と認識し、痛み・恐怖・腐敗を芸術的素材として享受する。

 穏やかで上品な口調を保ちつつ、血や腐臭を「色彩」「香り」と表現する異常美的感覚を持つ。

 • 他の被矯正体を「未完成のキャンバス」として評価。

 • 痛み刺激を「インスピレーション」と呼称。

 • 視線を受けた技師に強いトラウマ(自身が作品化される恐怖)を誘発。


 施設極秘評価抜粋

 「彼に見つめられた者は『自分もいつか作品にされる』という強迫観念に囚われる。

  特に危険なのは、他の被矯正体を次の作品の構想対象としている点である」


 推奨管理措置

 • 常時完全拘束

 • 視界遮断マスク常時装着

 • 声帯圧迫装置の使用

 • 「美しい」「綺麗」等の肯定的評価を一切禁止(創作意欲爆発の引き金となる)

 危険度:★★★★★(施設内最高レベル)



 次の資料。


 私は読み始めて、途中で目を閉じた。


 これは殺人ではない。


 加工だ。この施設には、こんな子供達しかいないのか?


 「……芸術、か」


 「本人はそう認識しています」


 雨宮の声は、少しだけ低くなった。


 「通常の矯正は無効です。痛みは抑止にならない。むしろ素材として扱われる」


 ヒュドラが言う。


 「ソウヤはね、“壊す”んじゃない。“仕上げる”の」


 リゼが静かに言った。


 「対象を完成させるという認識ですか?」


 「ええ。だから危険なのよ。彼にとって未完成の人間は“まだ使える素材”でしかない」


 私は資料を閉じた。


 「接触は」


 雨宮が首を振る。


 「視界遮断でも危険です。声だけでも影響を受ける可能性がある」


 ヒュドラが私を見る。


 「どうする? リゼに見せる?」



 私はリゼを見る。


 リゼは、静かにこちらを見返していた。


 観測ではない。


 待っている。


 「リゼ」


 「はい」


 「この二名に接触した場合、お前は何を得る」


 リゼは数秒考えた。


 「極端な個体の思考構造。捕食本能の純化例。

  創作衝動の異常発展例。人間性の解体と再構成の限界値」


 「それをどう使う」


 「未定です」


 私は即答した。


 「却下だ」


 ヒュドラが口角を上げる。


 「理由は?」


 「未定の用途に対して、このレベルの危険を許容する理由がない」


 リゼは静かに言った。


 「理解しました」


 私は少しだけ安堵した。


 だが、それは早すぎた。


 リゼは続ける。


 「ただし、観測機会を完全に放棄することは、情報損失として評価されます」


 「分かっている」


 私は言った。


 「それでも却下だ」


 リゼはわずかに目を伏せた。


 「承知しました」


 報告書には、特記事項があった。

 両被矯正体は第零希望破砕群内においても相互隔離を厳守。接触が確認された場合、即時レベルS警報を発令する。

 両名とも通常矯正プロトコルが無効である。

 施設の「痛みは燃料」理論を極端に体現する存在であるため、継続監視を強化する。


 報告書終わり:追加観察事項があれば速やかに追記すること。



 ヒュドラが歩き出す。


 「いい判断ね。つまらないけど、正しい」


 雨宮がぼそりと言う。


 「教育者らしい判断です」


 私は答えない。


 この先に何があるか、分かっている気がした。


 ネヤムは思想だった。

 レイラは捕食だった。

 ソウヤは創作だった。


 その次に来るものは――たぶん、“境界そのもの”だ。


 ヒュドラが扉の前で立ち止まる。


 「さあ、次よ。ここからが本番」


 私は拳銃の重みを確かめた。


 そして思った。


 この施設で一番危険なのは、収容者ではない。


 ここにいる人間たちが、どこまで壊れているかだ。


 そして――隣にいるリゼが、どこまで行けてしまうかだ。


 レイラとソウヤ。


 あの二名に対する接触を、私は却下した。

 教育統括官としての判断だ。


 リスクは明確。

 得られるものは未確定。

 そして何より――リゼが、それを“使える形にしてしまう可能性”が高すぎた。


 あの子は、危険を避ける思考を持たない。

 危険を理解し、構造化し、利用可能な形へ変換する。


 それが長所であり、欠点だ。

 だから私は、止めた。


 止められる範囲で、止めた。


 だが。


 ここで、ひとつだけ明確にしておく。


 私は“正しかった”とは思っていない。


 正しい判断だった可能性はある。

 だが、それが最適だった保証はない。


 あの二名から得られたはずの情報。

 極端な人間性の限界値。

 倫理の崩壊点。


 それらを、私は意図的に捨てた。


 教育者として。

 保護者として。

 そして――恐れた人間として。


 その代償が何かは、まだ分からない。


 だが確実に言えるのは――


 この施設では、“見なかったこと”もまた、一つの選択であり、責任になるということだ。


 そして今。


 私は次の扉の前に立っている。


 ネヤムよりも下。

 思想よりも深い領域。


 おそらくそこには、もう“人間”という単語すら通用しない何かがいる。


 私は拳銃の重みを確認した。


 意味はない。


 分かっている。


 ここで必要なのは武装ではない。


 判断だ。


 そして、その判断すら――通用しない可能性がある。


 それでも私は、前に出る。


 なぜなら、私はまだ――教育統括官であることをやめていないからだ。


 ――キース・フロスト


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