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魅力と衝動

「状況をどうにかって、どうしようってんだ?」


 九司郎くしろうの質問を変にはぐらかした手前、若干の気不味さを覚えていた葵は、話の切り出しに困っていた。しかし、こうして向こうから話し掛けてきたことにより、すんなりと自分の意見を述べられるようになった。


「そうね、まずはこの教室の周りの誰かに助けを求めてみる……とか」


「お、おう。そうだな」


 葵の模範解答とも思える発言に、九司郎くしろうは浮き足だっていたことを悔いた。


「でも……」


 そう言って九司郎くしろうは出入り口に視線を向ける。葵も釣られるようにそちらに目をやり、そして、再び手を口に添え思考する。


 そう。今しがた検証した通り、こちらから見えている廊下は、この教室と繋がっているように見えて繋がっていない。多分だが、廊下に向かって近くに居る誰かを呼んだとしても、反対側の扉付近からその声が聞こえてくることが予想される。よって教室の近くに誰かが居たとしても声が届くことはないだろう。

 葵はその考えを九司郎くしろうに打ち明けてみた。九司郎くしろうも同じ考えを持っていたようで、二人は扉から誰かを呼ぶことを諦めた。


「じゃあ、どこから呼ぼうか?」


 九司郎くしろうからの問い掛けに対し、葵はウ〜ム。と考え込むポーズを取る。すると、ふと目線を落とした先に斜陽で伸びた影が目に入った。


「ねえ、肩倉クン。あっちはどうかしら?」


「えっ? あっち?」


 九司郎くしろうが葵を見ると、葵の細くて長い人差し指がどこかをつんつんと指差していた。

 九司郎くしろうの視線がその方向に誘導されると、目に映ったのは教室の扉の反対側に面したガラス窓だった。


「なるほど、窓からね」


 確かに、他にこの教室の外に繋がっているところといえばここ以外ない。なので、ここから叫んで誰かに気付いてもらえれば何とかなるかもしれない。

 葵と九司郎くしろうの二人は、窓辺へと移動する。


 この学校は小高い丘の上の新興住宅街の一画にある、何の変哲もない普通科高校である。

 その中の三年二組の教室は校舎の三階に位置しているのだが、教室の窓は校庭がある南向きに面しており、黒板のある西側の端から東側の端まで大きく分けて四つ、ほぼ等間隔に横並びしている。そして、どの窓から見ても校庭全体を一望できるのである。


 葵は西側から二番目の窓の前に立つと、差し込む西日で思わず目を細くした。

 次第に目が慣れてくると、眼下にだだっ広い校庭と、高い位置にまで張り巡らされた外周を囲う防護ネット、更にその向こうには所狭しと立ち並ぶ多くの家々が見えた。いつも自分たちが眺めている見慣れた風景がそこに広がっていた。


 早速、サッシのクレセント錠のロックを解錠し、窓を開けた。その時だった!


「待て待て! 待てってばっ!!」


 突然、後ろから九司郎くしろうが葵を引き止めた!

 急にどうしたのよ、と困惑する葵を余所よそに話を続ける。


「考えてみろよ? こっから十浪屋となみやが叫んだら後々面倒な事になるんじゃないのか?」


 葵はこの場所から大声で叫ぶ自分を想像してみる。


「……確かにそうね。私みたいなキャラがそんな柄にもないことしたら学校中の笑い者にされるのがオチね。その姿がありありと目に浮かぶわ」


「その点、俺だったら笑い話で済ませれる自信がある! だから……」


 すると、九司郎くしろうはいきなり葵の両肩を掴むと、葵の華奢な体をそのままグイッと自分の真横へと引き寄せた!


「えっ!? ちょちょっ、何なのっ!?」


 葵は九司郎くしろうのあまりに唐突で大胆な行動にどぎまぎしていると、九司郎くしろうが窓辺へと入れ替わった。


「こういう体を張る役目は男の俺に任せてくれっことさ!」


 九司郎くしろうが真剣な眼差しでそう言い放つと、葵の顔が一瞬、豆鉄砲を食らったような顔で絶句したのだが、すぐさまゲンナリした顔へと変貌するのだった。


「あ〜〜〜〜……ダメダメ。そんなセリフをサラッと言っちゃうの」


「えっ? 何?」


 九司郎くしろうは葵の心情の急な変化に戸惑う。


「肩倉クンっ!!」


「ハ、ハイッ!!」


 葵の圧で九司郎くしろうは反射的に返事をしてしまった!


「あなたいっつも無自覚でそんな事してるでしょ〜? もうやっちゃダメだって!」


「えっ? そんな事?」


「それにこの顔でこのシチュエーションでしょ? やっぱりダメだってぇ! だから勘違いする女子生徒が後を絶たないのよ!」


「もしかして俺、説教されてる?」


「してる! だってあなたの知らないところでどんどん女の子が泣く羽目になるのよ! もっと自覚しなさいっ!」


 葵は九司郎くしろうの胸元に人差し指を突き付けると、メガネの隙間から上目遣いで九司郎くしろうのことをジ〜〜〜っと、睨み付ける。


「あ〜〜……え〜っと、その……スミマセン」


「わかれば宜しい!」


 そう言うなり葵様は大層ご満悦な様子になられるのであった。


 一体どこで"葵トリガー"を引いてしまったのか、九司郎くしろうは訳も分からないまま謝罪を余儀なくされたのだった。ーーーが、ここまで言われて黙ってはいられなくなった九司郎くしろうは、お返しとばかりに葵にカマを掛けてみる。


「じゃあさ、十浪屋となみやはどうなんだよ? 男に泣かされた事あんのかよ?」


「えっ!? 私?」


 まさかの質問に驚いた葵は、過去の記憶を思い返そうと、また思考のポーズを取る。

 彼女の思い悩む姿は、九司郎くしろうの期待値を膨らませる。


 今更だが、いつも地味で大人しい存在感ゼロの、それこそスクールカースト最下層の彼女が、実はこんなにも表情豊かで話しやすい性格だったとは思っても見なかった。九司郎くしろうにとってそのギャップがとても新鮮で魅力的に思えた。


 頓知とんちを働かせるため瞑想に入った小坊主が閃いた時みたく、葵の目が勇ましく開眼する!

 九司郎くしろうは待ってました! と言わんばかりの顔になる。


「……ないないっ! ないわよ」


 すると葵は顔の前で手を振る仕草をしながらキッパリ否定するのだった。

 ですよね〜。と九司郎くしろうは思いつつ安堵する。


「だって私には幼い時に将来を約束した相手がいるもの」


「……ん?」


 今、何やら聞き捨てならない言葉が耳に入ったような気がしたのだが……。

 そうだ、聞き間違いかもしれない。九司郎くしろうは聞き直すことにした。


「え〜っと……十浪屋となみや、い、いま何て?」


「だから、将来を約束した相手がいるって言ったの! 心に決めた相手がいるのに他の男に興味なんて湧くわけないでしょ!」


 聞き間違いなどではなかった。

 九司郎くしろうに逃れられない現実が突き付けられる。


「へ、へぇ〜……そそ、そ、そうなぁんだぁ〜……へぇ……」


「まあでも、今はどこにいるのかも分からないし、お互い名前も知らない。それに二人とも小さかったからその約束も口約束なんだけど……でもね、私はその相手とまたどこかで会えるって信じてるの。そして、もし会えたら自分の想いを伝えるって決めてるの!」


 頬を赤らめ恥ずかしそうにしながらも、生き生きと話す葵の姿はまさしく"恋する乙女"だった。


「と、十浪屋となみやは一途なんだなぁ……」


 九司郎くしろうの心に芽生えていた何かの蕾は、咲くのを前に散ってしまったのだった……。









「ーーーさて、気を取り直して。これから助けを呼ぶ前に……って、あれ? 肩倉クン? なんでガックリ肩を落としてるのよ?」


「その件については放っておいて下さい。十浪屋となみやに迷惑は掛けませんので、どうぞ続けてください」


 葵は首を傾げつつ、九司郎くしろうの意向を尊重する。


「そう、じゃあ話を続けるわね。これから助けを呼ぶのだけれど、その前に私、ひとつ不可解な事に気が付いたの。肩倉かたくらクンは気付いたかしら?」


「不可解な事……? いや、俺には何も分からないけど……勿体ぶらず教えてくれよ」


「実はね、辺りが異様に静か過ぎるのよ」


「……言われてみれば確かにそうだ!」


 いつもならこの時間帯、部活動に青春を捧げる若人たちの活気めいた声や、周辺地域の生活音で溢れているのだが、今は驚くほどひっそりと静まり返っている。


 九司郎くしろうは窓から身を乗り出し、周囲を見渡す。


「おい、十浪屋となみや。外は誰もいないようだぜ」


 葵は深いため息を吐きながら近くの席に腰掛けると、足を組み頬杖を突いた。


「薄々そんな事だろうと思ったわ……どうする? 助けを呼ぶの、やめる?」


「いや、もしかしたら俺らが知らなかっただけで、今日は放課後の部活動がどこも休みで、一斉に下校する日だった可能性もある。例え校内に生徒がいなかったとしても、巡回の教職員や近隣住民が気付いてくれるかもだろ?」


「望み薄ね。けど、やってみる価値はあるかも。宜しく頼むわね、肩倉クン」


「よっしゃあっ!」


 九司郎くしろうは意気込んだ。

 ここで良い結果を出せたなら、少しは十浪屋となみやを振り向かせることができるかもしれないと思ったからだ。そんな淡い期待も抱きつつスタンバイに入る。


 まずは軽く息を吐き、心を落ち着かせる。そして、鼻からゆっくり大きく息を吸い込み肺に留めた。そして、「いくぞっ!!」と覚悟を決めた、その時だった!


「でも、あれよね」


「〜んんんなんだよ!? 急にぃ〜っ!?」


 葵の間の悪い話に出鼻を挫かれたSOSは中断を余儀なくされた。

 せっかく良い格好しようと思っていたのが台無しだ。


「えっとね、もし気付いてくれた人がいたとして、その人にここまで来てもらったりって考えたら、気後れすると思ってね」


「いやいや、そんな事かよ!? 俺たちはそんな事に気ぃ回してる場合じゃねぇだろーよ!?」


「だって、校庭からこの教室まで結構遠いもの」


「そん時はきっちりごめんなさいすればいいだけの話だろぉっ!」


 少し口調がキツかったかもしれない。九司郎くしろうの理性がそう思わせた時、葵は憮然ぶぜんたる面持ちでこちらを見ていた。


「うん……ご、ごめんね肩倉クン。急に止めて悪かったわね」


 自分のせいで相手の気分を損わせてしまったと思い、しゅんとする彼女。


 こんな筈じゃなかった。

 つい、仲間内の感じで言ってしまったけど、十浪屋となみやにとっては違うよな。

 感情任せになってしまった自分に腹が立つ。

 今すぐに弁明し、謝罪せねば、また"あの時"のように取り返しのつかないことになってしまうかもしれない! 同じ過ちを繰り返さないと心に決めたんだ!!


「ごめん! 十浪屋となみやっ! キツく言って悪かった!」


 九司郎くしろうは誠心誠意、葵に頭を下げた。


「あの、俺、そんなつもりじゃなかったっていうか……ホラっ……と、十浪屋となみやが優しい奴だってのは伝わったから……って、その……えっと、だから……」


 九司郎くしろうは葵の反応を窺おうと恐る恐る目を開ける。すると、何故か目の前には葵の顔があり、こちらをジッと見つめていた。


「へぇ〜……肩倉クンって、そんな顔するのね。意外」


 そう言って彼女はメガネ越しの上目遣いで悪戯っぽく微笑んだ。


 こんな時に、こんなことを思うのは失礼なことだとは思うのだが、やっぱり彼女の顔立ちは綺麗と可愛いを兼ね備えた、万人から憧れられるような顔をしていると改めて思った。

 それが前提にあるからこそ普段の装いからそれが垣間見えた時、彼女の魅力にやられてしまうんだ。

 それは俺のみならず、世の男性たちの心を鷲掴みにするほどの破壊力!!

 つまり、彼女の魅力はメガネでおさげで地味といった【陰キャ】の要素を逆手に取った、計算されたものだったのだ!! まさに"葵ギミック"!!

 ……ってかさっきから俺は何考えてんだ!?

 それにそんな顔って、じゃあ、今俺はどんな顔してるんだ!? ダメだ! あああ頭の中がこんがらがって訳がわからん〜!! ヤバい! 自分がどんな顔してるか分からん状態を十浪屋となみやに見られてると思ったら急に恥ずかしくなってきたぁ〜!! こんなの俺じゃねぇ!! 俺らしくもねぇ!! ああ、誰か、誰か、誰か……


「チックショーーーッ!! 誰か助けてくれえぇぇぇぇーーー………」


 遂に、羞恥に耐えられなくなった九司郎くしろうは、衝動のままに教室の窓から外に向かって叫んだ!!


 葵は腹を抱えて足をパタパタさせながら高笑いする。


「な、何よそれ! おっかしい〜」

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