沈黙と動揺
とある放課後の教室。
三年二組の教室に生徒が二人居残っている。女子生徒と男子生徒、互いに離れた自分の席で各々の時間を過ごす。
十浪屋 葵はもの静かに本を読む。
肩倉 九司郎はスマホで複数人へメッセージの返信作業に追われる。
「カラオケ!?今からかよ……しゃーねぇなぁ行くか!」
スマホでカラオケに誘われたであろう独り言が葵の耳に入る。直後、学校の教室特有の席を立つイスの音がする。
「あー、えーっと……十浪屋さぁ。カラオケとか一緒にどう?……」
「…………」
教室の最前線列窓際の席にいる葵の対角線に位置する席の九司郎は彼女の背中に声をかける。
葵は返事をしない。
「…………だよな、行くわけないよな」
読書に集中してるスタンスで振り向きもしない葵は高校三年にもなってクラスの誰とも関わろうとしない。いわゆる【陰キャ】などと揶揄されるタイプだ。見た目もベタでメガネに黒髪おさげ。背丈は成人男性の平均に少し届かない程度だが、実は意外とスタイルが良い。それを知るごく一部の男子の間で、好奇な目で見られているとかいないとか。まぁ、本人はそのように見られている自覚はないらしいが……。
それとは対象的に九司郎は校内の学年の上下関係なく誰とでも交流し顔が広い。しかも男性アイドルのような整った顔立ちで背も高い、休み時間はもっぱらクラスの女子共に囲まれている。おまけに成績も良い。クラス内外の男女グループの中心的な存在で、その気遣いやコミュニケーション能力は高校生とは思えない程だ。文字通り、高校生活を存分に謳歌している人物だ。
ーーガラガラと教室を出る扉の音が聞こえた。
その音を聞いて葵は少し安堵する。【陽キャ】からの予期せぬカラオケのお誘いを華麗にあしらう対人スキルを持たない彼女は〈無視〉という手段を用いた。あまり気にしない性格ではあるが多少……ほんの少しは……気まずい空気を感じずにはいられなかった。故の安堵だった。
彼が去った直後、今度は教室の黒板に近い方の扉がガラガラと開く。
「は?」
目線すら扉の方に向けない葵は誰かが発する一文字の疑問符に耳を傾ける。
「は?」
まるで機械でリピートしたような同じ一文字の繰り返される言葉に違和感を感じ、重い視線を扉の方に向ける。視線の先にいたのはさっき教室出て行ったばかりの九司郎だった。
怪訝な顔をする彼はしばし硬直している。少し思案して、何も言わずに回れ右をして入って来た扉からガラガラと教室を出た。
ーーガラガラーー
そして再度、扉を開ける音がする。
次は後ろの扉からだ。
静寂を独り占め出来る空間を何度も脅かされた葵は、誰だよ?と言わんばかりに眉間にシワを寄せて音のする方へ振り向く。
「は?……は?」
そこにはさっきと同じ疑問符を吐く、さっきと同じ表情の九司郎がいた。
「……………………」
葵は、何してんだ?コイツ。という顔と雰囲気を全面に展開。
「いや!ちょ……何か!変なんだ……けど……?」
そんな葵の内心を感じとった九司郎は困惑しながら弁解混じりの疑問を歯切れ悪く訴えかける。
珍しくテンパっているクラス一の陽キャの姿に少し面食らいながらも、何となく面倒事の空気を嫌って読んでる本を通学カバンにしまって帰る準備をした。
「あ……え……ちょ、十浪屋……」
事情は全く分からないが助けを求めるような視線を送ってくる九司郎をフル無視して通学カバンを持って席を立ち黒板側の扉から教室を出た。
ーーガラガラーー
立ち尽くす九司郎は教室でポツンと一人……。
ーーガラガラーー
には……ならなかった。
九司郎のすぐに後ろの扉から葵が教室に入ってきた。
「は?……」
九司郎と全く同じ言葉と共に怪訝な表情をする葵の姿がそこにはあった。