表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

第十六番歌:アヅサユミ、引く(三ー愛)

     三

     ♡

【幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 幾時代かがありまして 冬は疾風(しっぷう)吹きました】

 桃アヅサユミが口ずさむと、トリコロールの巨大テントが出現した。

中原(なかはら)中也(ちゅうや)山羊(やぎ)の歌』サーカスっスな。ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん」

 近現代文学が大好きなもえこピンクは、冒頭を聞いただけで当てられた。

【入れ。芸を共に観む】

「ほへー、チケットいらナイんスか? ピンク、サーカス初メテなんデスよ」

【我が唱へし術よ。お代は()らぬ】

 もえこピンクは胸をときめかせ、スキップしてアヅサユミに続いた。


 席についたのは、もえこピンクと桃アヅサユミの二人しかいなかった。

「イワシ、いナイんデスね」

【しめやかにせよ、幕が開ける】

 セロファン貼りの照明が、場の中央へ重なり合い、とても明るくなった。そこに立っている者は、シルクハットをかぶったマッチ棒であった。

「のっぺらぼう!? にゃ、デッサン人形っスか。ピンク、神サマの世界観、嫌イじゃナイっすヨ☆」

 ハットのデッサン人形が鞭を振るうと、横の門が解錠され、パイナップルの缶詰が躍り出た。猛獣の役割らしい。缶詰のライオンは、火のついたフラフープを五本くぐって、えさの金平糖を人形にもらった。

「餌付ケもメルヘンっスな」

【序の口なり、次を、()やう】

 桃アヅサユミが手を叩く。猛獣使いが引っ込み、別のデザイン人形が二体歩いてきた。モールとスパンコールで着飾った物と、チョコレートの包み紙をガウンにした物だ。

 たまに音程が外れるオルゴール曲を伴って、モールのデザイン人形は、ジェリービーンズのジャグリングを披露し、ガウンの人形は、アルミホイルのナイフを的にほいほい投げる。ナイフは、固定されたクマのぬいぐるみの外側に刺さっていった。

【要るや?】

 桃アヅサユミのそばで、紙袋が浮いていた。促され、もえこピンクが袋をつかまえる。

「ジェリービーンズ! 綿あめ! ひゃはー、ぷるぷる、フワフワ☆ ホントにイタだイてOKなんスか?」

【ひもじければ、(ふる)へるものも揮へず】

 もえこピンクの猫のような目が、大きくなった。

「ソウっスよネ。サーカスの見物ニ来たワケじゃナイっスからネ……」

【すべからく味はふべし。後に我らは、芸の場へ向かふ】

 寂しげな顔をやめて、もえこピンクはお菓子をつまんだ。

「バイザウェイ、サイダーがコワい、ってジョーク、アリっスか?」

 桃アヅサユミは、呵呵(かか)と笑った。


 閉演した舞台は仄暗く、華やかな世界の裏側を端的に示していた。

【我を越えたくば、(じん)を敷け―】

 領巾(ひれ)をあちらへ、こちらへ、振り、電球をいくつか顕現させた。

「手元ガ見エにくカッたんデスよネー!」

 電球のおかげで、両者の姿が分かるようになった。ついでに、観客席もだいたい確かめられた。先ほど座っていた所には、ルビーグレープフルーツサイダーの空きカップが立てかけられてあった。

「ふにゃは! お客サン!?」

 芸は終わったというのに、ちらほらとスーツやワンピースが入ってくる。「普通」と異なる点は、イワシが人の衣服を着て、しっぽで歩行していることだ。

【浮かれるべからず。ゆかむ!】

 桃アヅサユミが、(かんざし)にしていた弓の(つる)を鳴らした。白檀の香り漂い、夢幻(むげん)の音がテントに響く。

「ドコからデモ、カモンっス!!」

 もえこピンクは、(まじな)いの()「共感のシグナルシグナレス」を竹刀よろしく構えた。

【出でよ、常夏の獅子】

 弦を聞きつけ、ドラム缶が転がった。アヅサユミの隣で止まり、ふたをへこませて吠えた。

「オ徳用のパイナップル缶っスか? 一年分ハいけマスね」

 呑気に言うものではなかった。パイナップル缶が、本物のライオンに化けたのだ。たてがみは輪切りの果実であったが、肉に飢えて今にもヒロインに噛みつきそうだった。

「ひえー!」

 陸では分が悪い。もえこピンクは「共感のシグナルシグナレス」にまたがって、空に逃げた。ハートの杖から、撫子色の(はらえ)が噴射して、星くずをふりまいていた。

「浄化させナイとデスね」

 杖の頭部を外し、パイナップルライオンにかざした。

「シグナル・マリアージュ☆」

 ハート形の(タン)()(ナイト)がちりりと光り、ライオンをきらきらの粒子に分解した。

「エクセレント!」

【兜の緒は締めよ】

 籠手(こて)を交互に打って、桃アヅサユミは万歳した。穴があるわけではないのに、天幕に(あられ)が降る。

「イタ、イタっ!」

 霰にしては、硬くて大ぶりだ。それもそのはず。

胡桃(くるみ)落花生(らっかせい)!? 危ナイじゃナイっスか!」

【砂糖の豆は、なまぬるし】

「そーイウ問題じゃナイっスよ!」

 杖の先に祓を張って、傘として使う。ゆるやかに着地して、相手の出方を伺った。

【陣を敷け、さもなくば】

 空に弓を掲げて、胡桃と落花生を消し、また(つる)爪弾(つまび)いた。たくさんの牡蠣(かき)の殻が、桃アヅサユミの頭上に現れ、浮き沈みした。

「牡蠣……身ハ大歓迎デスけド、殻ハお世辞ニモ美シクなクテ……」

【汝には、貝の殻に見ゆるか】

 弓が前に突き出されるのに合わせて、牡蠣の殻がもえこピンクに襲いかかった。祓の傘で防ぐも、長くはもたず、破られてしまった。なんと殻は、ペーパーナイフに変化していたのだ。

【的は、汝なり!!】

 壁に追い込まれ、もえこピンクの輪郭をなぞるようにナイフが続々と刺さってゆく。

「ピンチっス…………」

 陣ハ、魔法陣ノ略デスか……? ピンク、ネイタルチャートなラ、イメージできマスけどネ。

「はあアアッ!」

 太陽、月、七の惑星、準惑星を黄道十二宮で囲んだ図が、「(あい)」のスーパーヒロインの前にできた。

「神サマ、陣はコレっスか?」

 弓と文学の神は、押し黙った。

【……占いの図にあらず】

 ヒロインは絶叫した。ペーパーナイフが帽子を落としたのだ。次、失敗すれば、帽子のような末路が待ち受けている!

「標本ニハ、サレたくナイっス!」

(とを)数へる。終わるまでに、正しき陣を敷かねば、命は無し】

 (ひとつ)、ネイタルチャートの他に、魔法陣はある。

 (ふたつ)、でも、アニメやゲームのものではなさそうだ。

 (みつ)、「愛」の祓で描ける陣は、どんなデザインだ?

 (よつ)、抽象的なものを表現するって、なかなか難しい。

 (いつつ)、愛……愛……当たり前のように言葉にしているけど、本当に(わか)ってる?

 (むつ)、ハズレたら、おしまい。

 (ななつ)、なら、後悔しない答えでいく!

 (やつ)、シンプルに、キュートに!

 (ここのつ)(とを)…………。

【さらば】

「処刑ハ、まだデス!」

 左手をてっぺんまでゆっくり上げて、右の人差し指で素早く陣を作った。衣装、武器に用いている印を円で囲み、閉じる。

【肝を冷やすものよ】

 桃アヅサユミはナイフを落とし、腕をさすった。

「こよい会う人皆美シキ☆ スーパーヒロイン・もえこピンク!」

 撫子色の陣が、テントをくまなく照らした。スーパーヒロインの瞳には、陣に描かれた印が灯る。憧れのヒロインである「マキシマムザハート」を意識した衣装が、完全に覚醒したことで、神道の巫女をモチーフにしたものに変わった。愛の図形、フリル、レース、ビジューが盛りだくさんの洋風アレンジ。胸には、トルコ石の護符。帽子は、以前のナースキャップと水兵帽を足して二で割った物から、つばの広い騎士風に新調された。

「『(ゆう)』判定、くだサイよ☆」

【我に勝ちたる暁には―】

 牡蠣の殻と、イワシの客がスーパーヒロインへまっしぐらに泳ぎだした。総攻撃か、不足なし。

「梅の花書く、新シキ歌☆ もえこフォーエヴァー!!」

 乙女な杖「共感のシグナルシグナレス」が瞬き、ラブリーな形の寒天が、いっぱいできあがった。中には貝殻だったり、魚だったり、神様を固めた物もあった。

「実家ノ和菓子屋デ、好ンデ食ベラれたノハ、(きん)(ぎょく)(かん)なんデス」

 もえこピンクは、ひとりでに下がってきた鞦韆(しゅうせん)に腰かけた。

「金魚トカ季節の花ガ、ベストな状態デしまワレてルんデス。ピンクには、永遠ノ象徴でシタ」

 ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん。詩の通りに揺れた。

「ショーのフィナーレっス!」

 杖をくるり回して、錦玉羮へ無数の光線を浴びせた。それぞれ乱反射して、スペクトルとなって(きよ)められた。桃アヅサユミだけは、原形を留めていた。

【光の手妻(てづま)、良し。汝が花、さかりなり】

 もえこピンクは、鞦韆の上で感極まりジャンプした。



 ―「愛」のスーパーヒロイン、見参。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ