第十六番歌:アヅサユミ、引く(三ー速)
☆
緑アヅサユミが、琵琶をかき鳴らして唄う。
【さる程に源平兩方陣を合せて、鬨を作る。上は梵天までも聞え、下は堅牢地神も、驚き給ふらんとぞ覚えたる】
「『平家物語』巻第十一だなっ」
はなびグリーンが、まばらな拍手をしながら言った。
【さやう。壇浦の合戦なり。我と汝の、締めくくりたる戦にふさはし】
彼方に広がる海に、幾多もの白旗・赤旗の船が浮かんでいた。乗っているは、刀・矢を持つ武者ども。源平、雌雄を決する戦である。
「先手必勝っ!」
「速」のヒロインは、琵琶を白雲に預けたばかりの神に、橄欖石の蓮「無常の花」を披露した。
「塩からい波に、呑ませてやらあっ!」
蓮に常盤色の気を注いで、暴風を起こすはずだったが、浜の砂ひと粒も巻きあげられなかった。
「全身全霊込めてるってのに!」
【此が、全身全霊か。笑ひ止まぬ】
緑アヅサユミが、空へ息を吹いて小さな雲を喚んだ。
【勢いは良かれども、何をか学びける。瓜坊の娘よ】
藤色を帯びた雲が、主を離れてはなびグリーンへ飛んでいった。
「あたしは、ひろこと『平家』読んだんだっ! もういっちょう!!」
花が突風を連れて、雲を散らそうと試みる。
【をこよ、をこ! 雲が塵になるか】
緑アヅサユミの叱咤に応じて、雲が緑の風を切って進んだ。ついには、はなびグリーンの胴をわしづかみにして自由を奪った。
「……なっ!」
祓で焼き切りたくても、藤色の気流が打ち消してくる。まゆみの先祖をみくびった報いであった。
【沈めて藻屑にさせても、と思ひしが、すさまじ。再び歌を聞かせてやらむ】
無伴奏の独唱を始める、緑アヅサユミ。借りものの肉体がまゆみだからか、声はまゆみそのものだ。
「まゆみだったら、ちったあ惚れ惚れするってのによ」
はなびグリーンは、張眉怒目した。
【主上今年は、八歳にぞならせおはします。御年の程より、遙かにねびさせ給ひて、御形嚴しう、傍も照り耀く許りなり―】
安徳帝の入水だ。二位尼に抱かれて、神器と、海の底にあるという都に行かれるのだ。大人になれずに、それよりも十代も過ごせないで生涯を閉じられるなど……。
「……昔って、思春期あったのかな」
親や、他の大人、世の中全体に「なんかムカつく」「しっかりしろよ」ってならなかったのか? 前髪が気持ち悪くはねていてヘコんで、授業に「コレ、マジで社会出るために必要?」って斜に構えて、ごはんとおやつで持ち直して、また明日。先がぼんやりしていて、壊して突っ走りたいけど、そこまでの力は無くて、またいらいらして。
「帝にも、『いい子』じゃねえとこありそうだよな」
「反抗期天皇」って時代劇がありゃ、ウケるんじゃねえか?
「ヒットしません! それ以前に、不敬です!」
ちぇーっ。「先帝御入水」を読んでいて、そんな話をしたらひろこに一刀両断されちまった。
「私達のような平民が帝を脚色するということ事体、失礼極まりないのですよ! 帝に反抗期が無いわけではありませんが……」
「『竹取物語』はどーよ、帝がフラれてるじゃねえか。『源氏物語』だって、実在してっけどあれこそ脚色だろっ」
ひろこは、鉛筆のおしりでこめかみを押した。
「それはですね、現代にも生き残っていまして、世界的にも有名ですから…………」
傑作だったら、不敬にならねえのかよ。完成した当時は人気になるか分からんかったのによ。あたしは折れてやることにした。
「お話は変わりますが、私、子どもが命を捨てざるをえない場面に、胸を痛めずにはいられないのですよね!」
分かる。ひろこほどじゃねえけど。八歳、だもんな。幼すぎる。
「私は独身ですけど、両親が児童施設を開いているのです、小さい子のお世話をよくしていました! 妹や弟が増えたようなものですから、苦じゃなかったのですよ!」
ひろこんとこ、十人きょうだいなんだってな。加えて、施設の子ら、か。上も下もいねえあたしには、なかなか想像つかねえっ。
「ですけどけど、あまりよろしくない事情で来た子がほとんどでしたから、中には大きくなれずにお別れした子もいました……生まれて一週間しないうちに息が止まって、ですとか、早くに本当のことを知ってしまってパニックになり、もありました!」
あたしは、ひろこが怒ってるようにみえた。腕章をものすごい握力でぺちゃんこにしてたから。
「幸せを分からないまま、世を去るのですよ!? 独りで世界に放り出されて、早くに独りでいなくなるのですよ!? 命をなんだと思っているのでしょうか!!」
腕章をつぶしかけている手に、火がついてた。フツーの火じゃねえ、恐ろしいくらいに熱そうな深い緑だった。
「誰が罪深い所業をしたのですか? 産み捨てた親なのですか? 家族になれなかった私達なのですか? 命を与えた神様か仏様なのですか? 誰を地獄に堕とせば、子どもは救われるのですか!? 私の中に燃えさかる業火は、答えを求めているのです……」
「原因を地獄で責めたって、救われるやつはいねえよ。亡くなっちまったら、生き直せねえんだからな」
炎が、おさまった。冷汗三斗っ、ひろこに別状はなかったし、本が燃えなくてすんだけど、あんましびっくりさせんなよ。
「心を救うって、並大抵のやつには遠い次元の話をなんだろうなっ。あたし、やってやりてえけど、ほんとにその人が救われたかは、未来永劫分からねえままなんだよ。偽善をふりかざしてるのかもしれねえ。だからって、自己満足でヒロインするつもりねえんだっ。本物の、救いのヒロインに、なる」
ひろこは、いつもの三倍くらい真顔で聞いてた。
「人生すべてを捧げても、到達できないかもしれない、険しい道ですよ」
「かもな。けどよ、やってみなけりゃな。あたしが初めて達成するかもしれねえぞ?」
ひろこが、あたしの肩をぎゅっとして勇ましく笑った。
「有言実行、なのですよね? でしたら、責任持って遂げてみてください! 私、待っていますから!」
「へっ、超軼絶塵って言わせてやらあっ!」
あたしとひろこは、筆記具を置いて、拳を突き合ったんだ。
赤い旗が、海原に重なってゆく。鉄のにおいが、汐風に混じり、不快よりも切なさを思わせる。ねがわくば、波の奥深くに、宮があらんことを。
【汝の祓、かたほなり。我は、弱き者を望まぬ―】
緑アヅサユミは、藤色に光る弓を生み、同じき矢を番えた。
【千の矢を抱きて、己を悔いよ!】
御手を離れた矢は、言霊の効果にて千に分かれ、流星群のごとくはなびグリーンに降り注ぐ。
【かたほを抜けるすべは…………】
「風の前の塵となれっ! はなびサイクロン!!」
常盤色の颶風が、蓮の花びらを伴って矢をことごとく塵にしていった。砂浜に、藤色の真砂がこぼれゆく。
「花は盛りだっ! スーパーヒロイン・はなびグリーン!」
活発に駆けられるよう軽くされた巫女服に、下駄を元にしたスニーカー。星の意匠と左胸に付いた橄欖石の護符がスーパーヒロインをさらに奮い立たせる。さらに、瞳と、頭上の図中に、常盤色の星が燃えていた。
【『速』の陣を……いみじく疾し】
「盛者必衰っ! 地獄にゃ連れて行かねえけど、極楽の心地に倒してやるっ!!」
颶風は猛々しく、神をもさらい、海へ投げ飛ばした。泡を吐きながら、神はかく評する。
【汝が花、あらけずりなれども、かぐはしく、万の者を掬いあげる広さなり…………】
―「速」のスーパーヒロイン、降臨。




