表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/38

31 フレデリカの決意



 食堂が休みなのに甘えて、私は昼間から眠りについた。起きていると、絶えず思考が悪い方に向いてしまうからだ。

 起きると既に日が暮れた後だった。

 部屋の中は真っ暗で、眠い目をこすりながらランプに火をつけた。

 私はもう一度、グランからの手紙に目を通す。

 本当は、すぐにでも決断しなければならないのだろう。避難するのか、それともグールと戦うためにアルゴル領に向かうのか。

 私は二百年前の魔法絵を思い出していた。

 目に焼き付いた、クルトの笑顔。その隣にいた聖女もまた、笑っていた。

 彼女は幸せだったのだろうか。突然知らない世界に飛ばされて、強大な敵と戦った。一体どんな気持ちだったのだろう。自分の身を犠牲にしても、誰かを助けたいと願ったのだろうか。

 私は、この街で出会った人たちのことを思う。

 まだたった三ヶ月。共に過ごした時間で言うなら、神殿の人たちの方が圧倒的に長い。

 それでも、ツーリの人々は私に生きる楽しさを教えてくれた。少なくとも、神殿にいた頃より私は幸せだった。

 たとえカレンやゴンザレス、クルトが私に過去の聖女を見ていたのだとしても、その事実は変わらない。

 分かっている。頭では分かっているのだ。仕方ないということが。

 それでも気づくと、悲しみが溢れ出している。優しくされていたのは私ではなかったのだと、二百年前の聖女への嫉妬が抑えきれない。

 こんなに浅ましいのに、私が聖女だなんて悪い冗談のようだ。

 グインデルの言う通り、本当は悪い魔女なのではないか。皆を守るために犠牲になった人を妬むなんて、どれほど愚かしいことか。

 己の浅ましさが心底嫌になっていた時、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。

 この部屋は、窓からの来訪者がやけに多い。

 最初はグランで、その次はクルトだった。

 私は体を固くする。

そのどちらだったとしても、今は会いたくない相手だったからだ。

 けれど今宵の来訪者は、そのどちらでもなかった。窓の外に、大きな三本指のヒヅメが見えた。慌てて窓を開けると、そこにいたのはフレデリカだった。

 私は慌ててフレデリカを部屋の中に招き入れる。


「ごめんね窓から。今日食堂が閉まってたからさ~」


 フレデリカが笑いながら言う。普段ならこんなことはしないので、私は戸惑っていた。


「どうしたんですか?」


「んー、ちょっと挨拶していこうと思って。急にツーリを離れることになったから」


 フレデリカの言葉に、私は驚いてしまった。


「どうしてですか?」


 最後に彼女に会ったのは仮面を買いに行った時だが、その時のフレデリカはツーリを離れるなどと一言も言っていなかったはずだ。

 それに彼女は、外の世界のことが知りたくてこのツーリにやってきたと言っていた。それは一朝一夕で達成できる夢ではないはずだ。

 なのにどうして。そんな思いでただでさえ疲弊している私の心はいっぱいになった。

 それが顔に出ていたのだろう。私の顔を見て、フレデリカは困ったように頭をかいた。


「うーん、それはちょっと言えないんだ。ごめんね」


 言えないような理由とは何なのだろうか。

 私はより一層混乱した。

 単なる旅行等であれば、フレデリカはこんなことは言わないだろう。いつも明るい彼女だ。お土産でも買ってくると楽しそうに言うはずなのだ。

 けれどランプの薄明かりに照らされて、フレデリカは見たこともないような寂し気な表情をしていた。

 私の中に、嫌な予感が黒いシミのように広がる。


「で、でも。門番のお仕事もあるし、すぐに帰ってくるんですよね?」


「あー……」


 フレデリカが言葉に詰まる。

 私は息をつめて、彼女の答えを待った。


「門番の仕事は、今日辞めてきたんだ。ちょっと故郷に帰らなくちゃいけなくて」


 突然の知らせに、私は愕然とした。

 彼女はいつも、門番の仕事を天職のように言っていた。パーピーの自分が、こんな風に他の種族の役に立てるのはありがたいと。


「そ、それは前から決まっていたんですか……?」


 絞り出した質問は、自分で思う以上に掠れていた。突然いろんなことがあり過ぎて、自分の心の中でどう処理したものか、私は対応に苦慮していた。

 私の問いに、フレデリカは首を横に振る。


「んーん。突然決まった。決まったというか決めた。今故郷が大変らしくて」


「フレデリカさんの、故郷?」


 聞き返すと、彼女はしまったという顔をしてくちばしをおさえた。


「あー……うん。なんか厄介なやつらが攻めてきたらしくって」


「た、大変じゃないですか!」


 フレデリカの故郷が襲われているというのだ。

 そういえば、フレデリカの故郷はアルゴル領の近くなのだ。厄介なやつらと言うのはほぼ間違いなく、グールのことだろう。

 予想以上の緊急事態に、私はどう反応すればいいのか分からなくなってしまった。

 グランからあんな手紙が送られてきたとはいえ、私はまだグールが暴れ出したと言うことをきちんと理解してはいなかった。

 パーピー族のように、被害を受けている魔族が間違いなくいるはずなのに、だ。


「親にはさ、戻ってくるなって言われたんだけど、そんなわけにはいかないよね。あそこは私の故郷なんだ」


 フレデリカの言葉は、私の心に重く響いた。

 危険を承知で、フレデリカは故郷に戻ろうとしている。大好きな仕事までやめたというのだ。きっと生半可な覚悟ではない。


「大事なんですね」


 私には、フレデリカの気持ちが分からない。

 母と住んだ故郷は既に遠い。冷たいかもしれないが、故郷の村に何かあっても戻ろうとは思えないだろう。


「大切だよ。育ててもらったんだ。だからグールに好き勝手になんかさせない」


 フレデリカは強い口調で言い切った。


「グール、ですか……」


「ああ、サラは知らないかな? 前にも話したかもしれないけど、私の故郷はアルゴル領の近くなんだ。アルゴル領って言うのはグールが住んでるところ。もうずっと大人しくしてたのに、突然領地からでて周りの村を襲い始めたんだって」


 フレデリカの話を聞いて、私は冷静ではいられなくなった。

 手が震え、やけに寒く感じる。

 それを見て怖がっていると思ったのだろう。フレデリカが私を宥めるように言った。


「大丈夫だよ。やつらは王都まではやってこないよ。ここは銀狼王陛下が護っているんだもの」


 彼女は羽毛の生えた柔らかな手で、私の肩を優しく撫でた。

 人付き合いの苦手な私に、いつも笑いかけてくれた。

 自分の方がずっと大変なのに、私の心配までしてくれるフレデリカ。

 優しい優しい、私の初めての友達。


「じゃあ、もう私は行くよ。帰ってきたら、また一緒に遊びに行こうね」


 そう言って、フレデリカは私の部屋の窓から飛び立っていった。

 気づけば空は白み始めている。朝が来るのだ。

 朝焼けの中飛んでいくフレデリカの背中を、私はずっと見つめていた。やがて彼女の姿が見えなくなっても、祈るように、ずっと。


評価の★で応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ