30 明かされた過去
カレンの二日酔いが醒めた頃、まだ昼前だというのにゴンザレスが急遽帰宅した。
彼はセシルと彼の護衛の一団を見て、目を丸くしていた。
「一体全体、これはどういうことなんだ?」
彼の疑問はもっともだ。
セシルからの手紙を受け取った私ですら、未だに状況が把握しきれず四苦八苦している。
「それより、突然帰ってきたということは何かあったの? ダーリン」
固い表情のまま、カレンが問う。
一緒に手紙を読んだので、私もカレンもゴンザレスの帰宅の理由に察しがついていた。
「あ……ああ。突然だが、旅行でもどうかと思ってな。サラも王都しか見てないんだろう? 銀狼国には色々な名所があるんだ」
乾いた笑いを浮かべながら、ゴンザレスが言った。
その脈絡のない話を拒絶するかのように、食堂の中には重い空気が漂っていた。
私がなんと返事するべきか迷っていると、カレンが大きなため息をつく。
「昔からダーリンは、本当に嘘が苦手よね。分かってるよ。グールが攻めてくるかもしれないからサラを王都から引き離してくれとでもクルトに頼まれた?」
カレンの言葉に、ゴンザレスは驚いて言葉を失った。
「おまっ、どうしてそれを」
動揺するゴンザレスを前に、カレンは顎をしゃくってセシルを指し示す。
「あのいけ好かない爺さんの孫が、ご丁寧にお知らせくだすったのよ。クルトはグールのことを隠して、サラを王都から遠ざけるつもりだとね。爺さんはもしサラにもそのつもりがあるのなら、孫とその護衛と一緒に王都を出るようにって気を回したみたいよ。親切過ぎて不気味なほどだけどね」
どうやらカレンは、グランに対しあまりいい感情は持っていないようだ。
セシルが店を滅茶苦茶にしたからというわけではなく、どうやら昔からの因縁があるらしい。
そして、手紙にはカレンが言ったこと意外にも重要なことが書かれていた。
「手紙には、グールに対して聖女の力が有効であると書かれていました。もしその気があるのなら、グール討伐の助力をお願いしたいと……」
私の言葉に、ゴンザレスの顔色が変わった。
「馬鹿な!」
カレンが嘘が下手だと言ったのは、本当だと思う。ゴンザレスの顔が引きつっていた。
「お二人は、私が聖女だとご存じだったんですね……」
そうでなければ、この手紙の内容にもっと驚いたはずだ。
何より彼らは、クルト同様先代の聖女と一緒に旅をしていたのだ。気づかないはずがない。
黒髪黒目。聖女の特徴は人間には珍しい。
私を見てすぐに、聖女と同じだと気づいたことだろう。
それでも私が記憶喪失だと言うので、気づかないふりをしてくれていたのだろう。
「今大事なのは、あんたが聖女かどうかってことじゃないよ! 急いで旅の準備を整えなきゃいけないってことさ」
そう言うと、カレンは完全に二日酔いの時とは違う顔になっていた。ゴンザレスは荷物をまとめると言って奥に入っていった。
その間に、私は再び手紙に目を落としていた。
手紙には、クルトとグールの王であるボルボロスの因縁についても書かれていた。
かつてクルトは聖女と行動を共にしており、ボルボロスによって聖女が亡くなったことをきっかけに、冒険者をやめたのだと。
私が消沈していることに気づいたのか、カレンはため息をつくと、ちょっと待っててと言って食堂を後にした。
重い空気の中で待っていると、すぐにカレンが戻ってくる。
その手には、以前見せてもらった若かりし頃の彼らを描いた絵があった。
「サラには一度見せたね。アタシたちがまだパーティを組んでいた頃の魔法絵さ」
もう一度、私はその絵を覗き込む。
好奇心を抑えきれなかったのか、セシルも前のめりになって絵を覗き込んでいた。カレンとゴンザレス、それにクルトの他にもう一人、細身の男性が写っている。茶色一色なので色までは分からないが、男は布で髪を隠していた。
「これがね、聖女」
カレンは私が細身の男性だと思っていた人物を指さした。
「え?」
てっきり男性だとばかり思っていたので、私は驚いてしまった。
それはセシルも同じだったようで、意味がわからないとばかりに目を白黒させている。
「嘘だ! 僕知ってるよ。聖女様は黒髪の女性なんだ。サラみたいな」
「確かに黒髪だったさ。目立つからこうして布を巻いて隠していたけどね」
セシルの反論に、カレンは苦笑しながら答えた。
絵からはわかりづらいので仕方ないが、服も大きなサイズのものを着て体のラインがわかりづらくしているようだ。
おそらくかつての聖女は、あえて男に見えるような格好をしていたのだろう。
私の推論を証明するように、カレンが言葉を続ける。
「まあ、いくら冒険者とはいえ女の旅は危険だからね。男の格好をしている女は珍しくなかったよ。銀狼国も今ほど治安がよくなかったし」
今では想像できないが、やはり銀狼国にもそんな時代があったのか。
「彼女の名前はサクラ。ここではない世界から、ある日突然飛ばされてきたと言っていた。癒しの力には目を見張るものがあったが、戦闘はからっきしでね。」
二百年前の聖女の名前を聞かされ、私は何とも言えない気持ちになった。
私の名前と一字違いの、異国の響きを持つ名前。
女性だと思って改めて見てみると、やけに近いクルトとの距離も、含みをもって感じられる。
きっとクルトは、この人のことを愛したのだ。
ミミル聖教にはそんな話伝わっていないけれど、聖女が魔族と愛し合っていたなんて伝えるはずがない。ミミル聖教にとって、魔族は全て倒すべき敵なのだから。
突然知らされた事実は、私にとってあまりにも衝撃が大きかった。
けれどその事実を知ったことで、今まで不思議に思っていたことが何もかもパズルのピースのように、ぴったりと埋まるのだった。
カレンが言うクルトが羽飾りを交換した相手と言うのも、間違いなくサクラだ。
祠に飾られていた絵はなんてことはない、先代ではなくクルト本人を描いたものだったのだろう。魔族は長い寿命を持つということが、すっかり頭から抜け落ちていた。
クルトが私を助けたのは、彼にとって聖女が未だに大きな存在だからなのだろう。
絶えず気にかけてくれていたのも、謝肉祭で連れ出してくれたのも、すべて私にサクラを重ねていたのだ。
そうでなければ、どうしてここまでよくしてくれるというのか。
カレンもゴンザレスも、まるで最初から知り合いのように優しくしてくれた。
隠せているのと思っているのは、私だけだった。
みんな私が聖女だと知った上で、それでも優しくしてくれていた。守れなかった二百年前の聖女への、償いに。
「……少し、考えさせてもらってもいいですか?」
自分でも、どうして立っていられるのか分からないほど、私は疲弊していた。
たった今知った真実に押しつぶされて、思わず泣きわめきたくなってしまう。
どうしてそんな気持ちになるのかは分からない。彼らはただ優しくしてくれただけなのに。
けれど私は今、ひどく腹立たしく感じていた。そして結局私自身を見てくれる人はここにもいなかったのだと、諦観に近い気持ちを抱いていた。
グインデルの裏切りを知った時のと同じ絶望が、再び襲い掛かってくる。
結局ただのサラを見てくれる人なんて、この世のどこにもいないのだ。私はどこまで行っても聖女で、それだけの価値しかないのだと思えた。
「お姉ちゃん……」
手紙を持ってきてくれたセシルに申し訳なく思いながら、私は自室へと戻った。
カレンが私を呼び止めようとしていたけれど、私はそれに気づかないふりをした。
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