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2話

壁際で眠ろうと目を閉じて少し経ってからだった。広間ではたくさんの足おとや話し声、また持参したのであろう武器を手入れする音など、色々な音がしていた。鍛錬のおかげで目をつぶっていても、音がどんな遠くでも、ほんの小さいものでも正確に判別できた。その雑多な音のなかに、こちらへ向かってだんだんと近づいてくる足音を発見し私は目を開けた。その子はとても足が速いのか、こちらまでまだ距離があるだろうと思っていたのに、もう目の前まで来ていた。私は足音の正体を見つめる。

明るい栗毛色の髪に、頭髪と同じ色の目をした女の子だった。年は10〜12歳ほどだろうか。私は生まれ変わる前は20歳だったがいまは5歳。改めてこの広間を見渡すとやはり、私よりひと回りほど上の、10歳前後の子達ばかりだった。

私に近づいてきた女の子は、隣に腰をおろし同じように壁にもたれかかった。

「きみはいくつなの?わたしは10歳。あ、名前はねネアっていうの」

「ルシメルン。5歳」

「5歳!? 幼いわね、おチビちゃん」

ネアと名乗った女の子はクスクスと笑っている。が嫌味な笑い方ではなく悪意は感じない。まるで歳の離れた弟を可愛がるような明るい笑いだった。

私はあまり自分から話すタイプではない。もともと人づきあいが嫌いなほうではなかったが、死ぬ前は物心ついた頃には両親はおらず、育ててくれた祖父母ともあまり話すことはなかった。学校へも通っていたが中学校に入る頃に家を出た。そこから20歳になるまで各地を転々としながら人を殺していた。1箇所にとどまらず、各地をふらふらする暮らしをしていると、人間関係を築く意味を見出せなかった。師であるフローレンスからも歳にしては無口でわんぱくさに欠けている、と言われたことを思い出した。

女の子は「ふーん」とこちらを試すように見つめている。

「なにか用でもあるの? 私は眠りたい」

そう聞くとネアはまたクスクス笑った。

「男の子なのにじぶんのこと私って呼ぶの? へんなの〜〜」

そう言ってネアは私の手を引っ張りながら立ち上がった。

「ね! 鬼ごっこしようよ! おチビちゃんが鬼でわたしが逃げるほう。決まりね! じゃあはじめ!」

私は立ち上がらせられたか思うと、今度は走ることになった。ここでいやだ、と言って座り目を閉じて眠ることもできるのかもしれないが、なぜだがそうはしたくなかった。ネアはみるみる遠くに行ってしまい、私はその姿を追いかけた。


「なかなか捕まらない……」

鬼ごっこを初めて15分ほどたったが、ネアに近づくことはできてもあと1、2歩というところで彼女は急加速したり、いきなり向きを変えて走ったりした。私が5歳の体というのもあるが、それにしても早い。はやいというか、まだ全力を出していない余裕さも感じる。羽のように軽い体を扱うように滑るように走るネアを捕まえるにはどうすればよいのか検討もつかない。

私が追いかけながらそう考えていることなどお構いなしにネアはたびたび挑発してきた。

「ルシメルンは足が短いからわたしに追いつけないんだよ〜! 足だけじゃなくて体もね!」

15分間ネアを追いかけ続けてわかったことは、彼女はとても元気でからかうことが好きだということだった。ただ1度、ネアが軌道を変えた際、私がうっかり足をもつれてかけて転びそうになったときは振り返り足をゆるめ心配そうにしていたことから、決して悪人ではなく、優しさを持ち合わせていることがはっきりとわかった。

私はフローレンスとの鍛錬の日々を思い返した。フローレンスが教えてくれたことは多岐にわたるが、逃げる者を捕まえることに使えそうな術は教わらなかった。そこで、ふと思い出したことがあった。フローレンスはたびたび相手の弱点を見つける力があると私を褒めていたことだ。そして相手をよく観察しなさい、とも教わった。

私はネアの観察に集中を割くべく、走る速度を落とした。するとネアも同様に速度を緩めた。

「どうしたの? もしかしてもう疲れたの〜? おチビちゃん!」

ガヤを飛ばすネアの言葉を無視して観察を続けた。だがわからない。何度も目を凝らして観察を続けても彼女の速さの秘密がわからなかった。このまま追いかけ続けてもらちがあかないと思った私はネアに敗北宣言をした。

「もうおわり? まあよく頑張ったほうだとはおもうけどまだまだだねおチビちゃん」


「どうしてそんなに足が速いんだ? 私も遅いほうではないと思うんだけど。なにか秘密があるのか?」

素直にそう訊ねるとネアは、勝ち誇ったように「強者は簡単に秘密を言わないものよ。だけど特別に教えてあげてもいいわ、とりひきをしましょ」


「取引?」

そう聞くとネアはもじもじしながら言葉を続けた。

「わたしこれから仲良くしてくれたら、つまりおともだちになってくれたら教えてあげる」

私は元から友達が多くないが、このように友達を作ることは一般的ではないことぐらいはわかる。生意気なネアに年相応の可愛らしさが見えた。

「で、どうなの? なるの?ならないの?」

恥ずかしさからか下を向いたまま返事をせかすネアに、私はいいよ、と答えるとネアの表情はぱあと明るくなり満面に笑みを浮かべよろしくね! と嬉しそうな声で言った。


「でね、私は魔法が使えるの。といってもたくさんじゃないけど。なにかを早くしたり遅くしたりできるの、ルシメルンは魔法がつかえる子と会ったことはある?」

私はあまりないと答えた。フローレンスとの修行の旅先で、彼の暗殺依頼対象が何人か魔法のようなものを使っていたことがあった。ある人はなにも持っていないはずなのに、手を叩くと強烈な光が放たれ私は少しの間目が見えなくなったことがあった。その他にも手を振ると後ろへ跳ね飛ばされたこともあった。主に私がその場で魔法の被害にあっていたが、フローレンスはなにもなかったようにその者たちを亡き者にしていた。

「まあ、魔法を使える人はすくないからね。わからなかったとしても恥ずかしがることはないわ」

フローレンスは、魔法が使えるかどうかは先天的なものが大きく後天的に使えるようになる例はあまりないと言っていた。

「魔法が使えるかどうかはどうやってわかるんだ?」

「そんなの簡単よ。生まれるとき魔法師のひとが赤ちゃんを診るの。それでわかるの」

私の記憶が確かなら、生まれたときに魔法師に診てもらったことはない。だともしかすると私も魔法が使える可能性があるかもしれない。そう考えるともっと強くなれる、と思い心が躍った。それを見透かしてかネアは、

「あんまり期待しないでおいたほうがいいわよ。魔法が使えたとしても魔力がない人とか、ちょっとした魔法しか使えない人もいるし」

そうなんだ。と少しがっかりしているとネアは

「話は変わるけどあなたが一緒に来た人ってフローレンス卿でしょ?」

「そうだけど。フローレンスがどうかしたの?」

「どうかしたかもなにも、フローレンス卿ってすっごい有名人よ! 知らないの?」

ネアは前のめりになって熱弁を始めた。フローレンスが若いころ、戦争の最前線で敵兵を多く殺し回り、勢いをそのままに単騎で敵国の陣地に入り込んで暴れまわったらしい。その活躍は1度ではなく幾多も続き、ファルサナで最も敵視されてきた人間だったようだ。その果敢な武勇は私たちの国、バースニスでも有名で広く知られているらしい。普通は数多くの戦績を残した戦士は後続のため指導者へなることが一般的らしいが、フローレンスはそれを拒み頑なに弟子は取らず老いてもなお現役として仕事を請け負ってきたが、とうとう迎えた弟子が私らしい。そんなことなどつゆ知らなかった私は驚いた。

「で、どんなことを教わったの? 修行で」

ネアがフローレンスとの修行の話や旅の話を聞かせて欲しいとせがむので、私は覚えている限りの出来事をネアに語った。


来たときは陽が差し込み明るかった広間はすっかり暗くなっていた。あれからネアとは仲はだいぶ縮まったように思う。たくさんの話をしたが、ネアは自身の修行の話はあまりしようとしなかった。理由は深くは聞かなかったが、少しはなしていたときの表情はどんよりとしていてよっぽどキツかった日々だったのだろう。

広間からつながる通路から昼間みなの前ではなしていた女性が歩いてやって来て手をパンと叩き、自分へ注目を集めた。

「まもなく始まります。なにが始まるかはみなさんわかっているでしょう。さて、人数は……」

名も知らぬが位が高いであろう女性は指で広間に集まっている人数を手早く数えた。

「問題なく全員揃っていますね。今年の試合の場所はここからしばらくのところにある廃都です。かつては栄えた都も、いまでは誰も寄り付かないので思う存分暴れても問題ありません。そして例年とは今回は趣きを変え1対1の試合ではなく、勝ち残り戦とします。最後まで残った者が優勝となります。ルールは通年通り命を奪いさえしなければどんなことをしても問題ありません、さあ、ではいきましょう」

隣のネアは廃都と聞いて顔を歪めている。私はどうかしたのかと聞くとネアは聞いたことあるんだけど、と知っていることを教えてくれた。ネアいわく、その街には特殊な術で結界で覆われており普通は中に入ることはできないらしい。そして廃都内では魔獣がうろついていてとても危険らしい。

「きいたことがあるだけで、本当かどうかは知らないけど。それに勝ち残り戦って用はみんな敵ってことでしょ? ルシメルン言いたいことはわかるわね?」


「チームを組もうという話だろう? だがもし組むなら勝ち残ったときどうするか決めておかないと」

「勝ち残ったとき、勝つのはわたしでしょ。だけど最後は痛くしないことを約束するわ!」

私は別に勝ちにこだわりはなかったので、ネアの言葉に否定しなかった。するとネアは肩透かしを喰らったかのようにわたしを叱責した。

「あなた男の子でしょ! 男の子は勝ちにどんよくで強くなくちゃ女の子にはモテないからね。そんなんじゃ失格よ!」

ネアにそう言われたがあまり響かなかった。が、私はその通りだな、とだけ返した。



試合の説明をしてくれた女性のあとに続き、みなわらわらと列をなして廃都へと向かっていた。ネアは私の手を引っ張って歩いてる。私は手を引かれぼーっと歩いているとネアが

「考えてたんだけど、ルシメルンには『自分』っていうものが足りていないと思うの。さっきの勝ち残ったらどうするかのときもそうだった。いつも周りの意見に流されてばかりじゃだめ。もっと意思を持って生きなきゃ。でないときっと後悔することになるわ」

私は今まで自身の性格なんかを気にかけたことはなかった。が、今になって自分について何かわかりそうな気がした。自分には意思や一貫した主義ないのだ。善悪についても曖昧だし前世でも怒ったり泣いたりということもなかった。気持ちや感情というものがない。それがいけないことだとも思ったことはなかったが皆が感じる楽しいといった気持ちも感じたことがなかった。空虚だった。だが今は少しばかりそういう気持ちがわかるような気がする。フローレンスとの鍛錬の日々は苦しくもあったが楽しかったし、出会ったばかりだがネアとこうして過ごしていると心が落ち着く。

「もうすぐ廃都へ着きます。ので皆さん気を引き締めてくださいね。この試合を見に来られている方達の中には、皆さんが思ってもいないような方もいらっしゃいます。ここで活躍を見せればそういった方に記憶に残り、きっと皆さんの将来に役立つことですから。さて着きました」


着いた先は月明かりに照らされた遺跡のような場所だった。思ったより広い街だ。パッとみた感じではどれくらいの広さなのかははっきりとわからない。けれど前世でいうところのスタジアムほどは確実にあるだろう。

かつては栄えていた影があちらこちらの建造物から感じることができ、人々の営みが確かにあったのだとわかる。長い年月放置されていたせいか、崩れた落ちた建物が数多くある。遮蔽物となって姿を隠したり不意を突いたりとたくさんの使い道がありそうだ。そして、うすらぼんやりと揺れる膜が見える。これが結界なのだろう。

「順に結界内へ入れていきます。再び結界外へ出られるのは陽が登る頃。今から8時間後です。それまでは出ることはできません」

ここまで案内してくれた女性は、自分に続いて歩いてきてできた列の前から順に子を引っ掴み廃都内へと次々と投げ入れていく。私とネアの順になると私の手を引いていたから、前にいるはずのネアはなぜか私より後ろにいた。私は女性に二の腕を捕まれグイッと投げられた。

投げられたあまりの力で私は体制を崩し尻餅をついた。そして間もなくネアが投げ入れられ同様に地面へへたり込んでいる。私たちより先に次々に投げ入れられた子達はどこにも見えない。もうすでに移動したのか、どういう仕組みなのか違う場所へ投げ入れられたのか。わからないが次に投げて来られる子達にぶつかるのは避けたい。私は座り込んだネアを急かし廃都の奥へと向かおうとしたとき、また誰かが投げ入れられてきた。だが彼は私たちのように尻餅をつくことなく、うまく身をこなし地面へ着地した。

「やあ! 僕はダグ、どうぞよろしく! では先を急ごう。じゃあ2人とも僕について来て。僕はここに詳しいんだ、本で読んだことがあるからね。君たち、僕とチームに慣れてラッキーだよ」

ダグと名乗った男の子はやや早口で言って私たちを急かした。

「あなたがなにを言っているのかわからないわ。チームってなんのことなの?」

私の代わりに思っていることをネアがした。ダグは眉をひそめ、「もしかして知らないのかい?」と尋ねてきた。

「この試合は3人1組でおこなわれているんだよ。君たちの名前は?」

私とネアは交互に名乗るとダグは更に説明を続けた。

「広間で夜までの自由時間があったろ? その間に仲良くなった子たちが優先でチームに組まれてたんだよ」

「でもそれはおかしいわ。だってあなた――ダグとは話したこともないしさっきまで顔も知らなかったんだから。もしチーム戦だったとして、なんでわたし達とダグはチームになったの?」

ネアは素朴な疑問をダグに投げかける。

「なぜって僕はあぶれてしまったからだよ。ルシメルンとネアは2人で1人足りない。僕は余った。ほらね? そういうことだよ。先を急ごう。安全な場所を知ってるんだ。話すならそこで話そう」

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