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第六章/3

第六章/3



 靴を履き替え、校舎を出る。

 外は夕焼けで赤みがかっていたが、遠くの空はほんのり青黒くなりはじめている。


 校庭ではまだ野球部やサッカー部が盛んに活動をおこなっていて、力強い掛け声が響いていた。あまり頻繁に活動のある部に所属していない俺としては、ああいう積極的になにかに熱中する姿というのは、いかにも青春の一ページという感じがしてちょっと羨ましく思ったりもする。


 ただし、切り取られた場面を遠くからみて憧れを感じるのと、実際にその中に飛び込み、継続していくのとでは話がべつだ。俺はそこまで熱中できると思えるものを部活動に見出せなかったし、かといってそれで青春を棒に振ったとも思っていない。


 弥子や小次郎を中心とした友だちとの関わりは素直に楽しいし、科学部も週一くらいなら悪くない。俺は俺なりに学校生活を楽しんでいるつもりだ。まあ、具体性のともなった青春を送っているひとが羨ましいという気持ちがないといえば嘘になるが。


 でも――。


 俺は遠目に旧校舎の方を見た。最上階の東端にある第一音楽室を見つめる。もちろん中の様子まではわからないが。


 姫宮さんはどうなんだろう。


 毎朝ひとりで第一音楽室へ行って、ずっとひとりで過ごす毎日。

 彼女がじぶんで選んでとっている行動なのだから、俺がとやかくいうことではない。変に探りを入れたり、第一音楽室から出てくることを強制するつもりもない。


 だが、姫宮さんはどんな気持ちで日々を送っているのか。あの部屋でなにを思っているのか。いまのままでも良いのか。それで、幸せなのか。それは気になる。好奇心だとか世話心とかじゃなく、ひとりの友だちとして。


 はたしていまのままで、彼女は将来この中学時代を思い返したときに後悔はしないだろうか。


 もし、そうでないのなら、俺は姫宮さんの力になりたいと思う。


 まあ――いまは静観するしかないのかもしれないけれど。


 校門を通り過ぎたところで、


「やあ。放課後の密会はどうだったんだい」


 呼びかけられて振り返る。


 声の主は小次郎だった。門の柱に寄りかかるようにして立っていたが、軽く反動をつけて柱からぴょんと離れると俺の横へと並んだ。


「密会なんて変ないい方をすんな。それよりなんだよおまえ、わざわざ待ってたのか?」


 喋りながら俺たちは帰路を歩きだす。


「へへ、その通り。最近のカズアキは姫宮さんのとこに通い詰めで全然ボクの誘いにのってくれないじゃないか。だから久しぶりに語り合おうじゃないかということで、待ってたんだよ」


「おまえな……」


 俺は大きく溜め息をついた。そしてできる限りの恨みがましさで、


「先週、わざわざ家まで遊びに来てくれた友人をドタキャンしてその場に放置していったのはどこのどいつだ」


「え? ……あ。そういえばそうだったっけなー。いやははー悪い悪い!」

 頭の後ろに手を組みながら軽快に笑いを飛ばす小次郎である。


「ったく……」


「先週は悪かったよ。そのかわり……ってわけでもないんだけど、カズアキに話があるのさ」


「話? また新しいゲームか漫画でも買ったのか? それなら貸せ」


「いやいや、違うよ。姫宮さん絡みの話」


 不意に出てきた姫宮さんというキーワードに、俺は興味をひかれるとともに、じゃっかんの警戒心を抱く。まさか火事とかご両親の話をききつけてきたとでもいうのだろうか。


「なんだ? あまり個人の事情を詮索するもんでもないぞ」


 牽制を入れると、


「いやいや、ボクに個人情報を調べるような技術やネットワークはないよ。姫宮さん絡みっていう言い方だとややこしかったね」

 片手を前につきだし、「訂正」というと、

「ボクなりに考えてみたのだけど、姫宮さんは『教室に来たがらないのか』それとも『第一音楽室にいたがっているのか』そこって重要だと思うんだよね。結果は一緒だけど、理由がだいぶ変わってくるじゃない?」


 小次郎にしてはめずらしく正論らしいことをいう。そしてそれは俺も思っていることだった。俺は頷き、

「そうだな。たとえば風邪をひいたから学校を休むのと、新しいゲームをやりたいから学校を休むのとじゃ、同じ休むんでもだいぶ違う」


「うんうん、そんな感じ」


「前者ならふつうの生徒だけど、後者は小次郎だ」


「お、おいおい! ボクはそんなことしないよ! 多分」


 がんばって否定するも、しきれないようだ。


 俺は「ただ――」と補足するように、

「第一音楽室を選んだのは姫宮さん自身らしいから『教室に来たくない』というより『第一音楽室にいたい』なんだと俺は思っているけど」


「だよね。で、ボクは調べてきたんだよ」


「なにを」


「第一音楽室について。そこになにか秘密があれば、それは姫宮さんがとじこもる理由と関係があるんじゃないかってね」


 小次郎はまるで事件解決のキーアイテムを発見した名探偵のようにニヤリと口の端を上げた。


「なにかわかったのか」


 小次郎は「ふっふっふ……」となにか企んでるような笑いをしたあと、


「なーんも、わかんなかったわあ!」


 両手で万歳した。お手上げだといわんばかりに。


 俺はがっくりと肩を落とした。真空パックに布団を入れて掃除機で吸い上げるのと同じくらい、肺の空気がなくなるかと思うほどの溜め息が出た。


「もう知らん。おまえに期待した俺が馬鹿だったよ」


 早歩きをすると、小次郎も小走りで追いついてくる。肩を掴まれた。


「悪かったってー。でもボクは話があるっていっただけだろ? 情報があるなんていってないじゃないか」


「俺はそういう揚げ足取りは好きじゃないんだ」


 さらにすたすたと歩く速度をあげる。まったく、データ取り込みが完了したあとのCDみたいなやつだ。


 小次郎はそれでも食らいつき、

「いやあ、けっこう良い線行ってる考えだと思ったからさ。話しておきたかったのさ」


「おまえの考えには同意だよ。なにせ、すでに俺も考えてたことだからな」


 こたえながら俺はしぶしぶ歩く速度を落とす。


「まあ、きもちはありがたく頂いておくよ」


「おーう。受け取ってくれ」


 そして俺たちは雑談をしながら別れ道にさしかかる。家の方角の都合上、ここで小次郎とは別れることになる。


「じゃあまたな」


 俺が軽く手をあげると、


「それじゃー……ああ、ところでさ」

 小次郎も手をあげつつ、思いだしたようにいった。ニヤニヤと締まりのない顔で、


「カズアキはさ、本当のところどうなのさ。姫宮さんのこと、好きなのかい?」

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