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8.銀の鱗(最終話)

 信じられない。

 開いた扉の向こうの人物は、全く宇宙人らしくない。おまけに、警察に捕まった時に会った、白衣を着た男に顔がそっくり。宇宙人が、あの生物学者に化けているのかもしれない。

「またしても手荒な扱いをして申し訳ない。君があまりにも暴れたから、眠ってもらうしかなかった。具合はどうかな?」

「……柏木さん?」 

 柏木似の男は、いたずらをした少年のように目じりを下げて笑った。

「驚かせてしまったが、私は宇宙人ではない。君はここで元の体に戻る手術を受けたのだよ。動き回れるなら大丈夫そうだな。骨や筋肉の痛みがないなら、包帯をはずしてもいい」

「この円盤って日本製だったんですか。俺はてっきり宇宙人がギャミを迎えに来たと思いました」

「この船は日本政府直轄で、ヴィウ星人という異星人の技術指導により、日本人だけで造った。船内では公にできないような実験や研究が行われているから、政府はここの情報を全部伏せている。私は政府の依頼を正式に受けた、細胞研究部門の責任者。ヴィウ星人が提供した高速成長細胞の一部が体内に入ると、君のように体が急変する。説明しよう」


 柏木に案内された広い部屋には、多くのギャミ族が集められていた。彼らを監視している、日本人らしき武装兵の姿もある。

「この人たちは、君と同様、元々人間だった。あそこで今、ひとりずつ、元の姿に戻す作業を行っている」

 柏木は、壁にある小窓から見える別の部屋を示した。

 中では、ひとりのギャミ族の女性が、大きい試験管のような透明ガラスの筒に入れられて寝かされていた。女性は全裸にされており、胴体を頑丈なベルトで何か所も固定され、顔をひきつらせて、助けを求める声を上げ続けている。

「痛々しいが、君もあの作業をしたから元に戻れた」

 注射を打たれた女性が静かになると、女性の筒は、ゆっくりと回転を始めた。速度は徐々に増し、何が入っているのかわからないほど高速回転になった。

 手に汗を握りながら見つめていると、数分後、徐々に回転速度が鈍り、筒は停止。


 グロさに息を飲む。 

 ガラス製の筒は、飛び散った血で、中が見えないほど汚れていた。

 すぐに数人が筒に取り付き、血まみれになった女性の体が運び出されていく。女性の長かった手足の先の方は、手袋から中身を抜いたようにぺしゃんこで皮だけになり、たてがみ状の髪もなく、丸坊主になっていた。

「女の人が」

「吉川君、落ち着きたまえ。高速成長細胞だけを絞り出す処置をした。後で余分な皮を手術で切り取って包帯を巻けば元の体に戻れる。筒の下を見てくれ」

 筒の下に据え付けられた大きな透明瓶には、赤黒い物質が何リットルもたまっていた。

「あれはあの女性が食べた金属類。体内に取り込まれた金属類は、ヴィウ星人の高速成長細胞にだけ、つまり、長い手など、後から作られた部分だけに蓄積される。この分離器でヴィウの細胞だけを切り離して金属類を回収する。これは金属回収の国家プロジェクトの一部でもある」

 ……俺たちは金属回収機かよ。

 こみ上げる怒りに言葉がきつくなってしまった。

「じゃあ、柏木さん。ギャミは金属回収機械だったのですか」

「君がギャミと呼んでいる一号のことは……予想外なことになり、残念に思っている。一号は開発途中だった。あの日、首都高速で大きな事故があったのを憶えているかな?」

 ギャミと出会った日、確かにそんなニュースを見た。その事故に、移送中のギャミを積んだ車が巻き込まれたのだと柏木は言う。

「事故で飛び出した一号は、社会の仕組みも学習しないままで君と繁殖を成功させ、大騒動を引き起こしてしまった」

「ギャミは、その、なんとか星人ではなかったのですね。俺は宇宙人だと信じていましたけど」

「彼らの細胞の一部を継いだアンドロイドだ。発する言葉は常に暗号化されていたから意味不明だったと思うが、脳内には通信チップも仕込んであったから日本語は理解していただろう?」

「で、ギャミはどこです?」

「残念だが……一号は、思った以上に細胞劣化が進んでいて、分離器での実験に耐えられず、処分となった」

「えっ!」

 自分の顔色が変わったことがわかった。

 ギャミがあの回転機にかけられて血だらけにされたのか!

「捨てるならギャミを俺にください。今すぐ会いたい。まだこの船の中にいるんでしょう?」

「吉川君。一号と結ばれ、情が移ってしまった君の気持はわかるが、一号は不都合解明の為にすでに解体してしまったよ」


 柏木は、よろめく俺をその場から連れ出し、船内の自室のような場所へ案内すると、椅子を勧めた。室内の壁は曲線を描き、天井も低く、部屋はとても狭く見える。

「ゴミ処理場不足で困っていた日本政府は、どこの国も飛びつかなかった異星人の要求に応じることを決めた。すなわち、金属を提供することと引き換えに、宇宙船建造技術と金属を集める特殊細胞をもらうこと。これならば、格安で埋め立てゴミを減らせると計算したわけだ」

「その特殊細胞っていうのが……ギャミの」

「そう。我々は、ヴィウ星人が提供した細胞を使って人型アンドロイドを開発し、それらに使用済み金属類を食べさせて、ゴミ処理と金属回収を同時にやろうと考えた。想定外の一号の脱走で大パニックが起こったが、政府は、変異した人間を使っても金属集めはできそうだと判断し、君たちを容認し手厚く保護した。国家機密が絡むから、私は君と前に会った時、何も教えられなかったのだよ」

「最初から、俺たちのことを笑っていたんですね。酷いじゃないですか」

「吉川君……」

 柏木は、俺の気持ちを察するように、謝罪を口にすると、後ろの鍵付き棚に並べてあった、小さな透明のビニール袋を取り出し、俺に渡した。 

「これは一号の一部。この細胞が我々の体内に入ると、みんな手長巨人になってしまう」

 袋の中で光る、鱗のような破片。見覚えがある、きれいな銀色。

 ギャミの頬にくっついていた――


 俺のギャミ。こんな姿になって。凶暴で恥ずかしい「変な女」だったけど俺は楽しかった。俺も「変な男」になり下がったけど、それでもよかった。

 あの時、俺が手を離さなければ。

 これでは一緒に踊れないじゃないか。

 涙があふれ出し、同時に指の間から、ギャミの鱗が入った袋がすり抜けて落ちた。


「この船は普段は海中に置いてあって――」

 その後の説明は半分も聞いていなかった。柏木はヴィウ星の位置を説明してくれたが、何も頭に入って来ない。

 涙が止まらない。

 ギャミはいなくなってしまった。

「その鱗は、高速成長細胞の塊のようなものだ。君は、体験済みだから、その恐るべき威力はわかっているね? それを取り入れれば、性別に関係なく子を産める。いや、頭から飛ばす、と言った方が正しいが。君に一号の言葉を理解する能力ができたことは意外だった。それはすごい物質だよ。まだまだ謎が多い」

 鼻をすすり、目をこすった。

「人体に入れば急成長し、金属をたくわえるだけでなく、運動することで発電し、蓄電までできるが、突然劣化する、という欠点があることがわかった」

 柏木の言い方はやさしい。落胆している俺を気遣ってくれていることがわかるだけに、よけいに泣けてくる。

「それが人体に入った場合、実は大変危険なのだということが、ほんの数日前に判明した。細胞が急に壊死する。だから我々は、ギャミ族に変異してしまった人たちを集めて、元の体に戻しているのだよ。君を突然ここへ連れてきたのも、君の命を守る為だった。説明している暇もなかったから、回収に適したこの船で出向き、強引に収容作業をさせてもらった。すでに何人も、身体が崩れて亡くなっている」

 もう何も言えなかった。

「吉川君、いろいろ知ってショックだったと思うが、すべての情報を出したのは、君に研究チームに加わってもらう為だ。君に一号の記憶データをあげよう」

 柏木は、俺が落としてしまった鱗の袋を拾い上げると、二ミリほどのカプセル型記憶媒体と一緒に、俺の手の平に乗せた。 

 俺たちの思い出。たったこれだけかよ。

「こんなの、人殺しだ……」

「一号は人間ではなかった。だが、君の気持ちは受けとめる。悲しい思いをさせて申し訳なかった」

 ……ギャミ!

 喉に流れ込む涙を何度も飲み込み、俺は渡された鱗と小さな記憶媒体を握りしめ、なりふり構わず声を上げて泣き続けた。



 ◇



 約半年後。

 柏木はピンセットを使い、ビーカーの中にある十センチほどの肉塊に、一ミリもない金属片を埋め込んだ。

「よし、うまく入った。これで成長すれば、一号の記憶を継ぐだろう。だが、船の上へ出すのは一度きりにしてくれよ。屋外での運動による充電率を調べる、という名目にしておいたが、政府の特別許可を取るのは苦労したぞ」

「無理を言ってすみませんでした」

 俺は、礼を言うと、手足が付いた肉塊に、ギャミ、と小声で呼びかけた。

「俺に協力してくれるか?」


 こんな実験をして、俺は自分勝手かもしれないけど。

 あの悲しみを捨て去って、新たに歩き出す為に。

 俺は、どうしてもギャミと屋上で踊りたい。

 あの狂喜の時を、もう一度だけ味わいたい。

 ギャミの記憶を持つ、新しい「ギャミ」。

 今度こそおまえを守ってみせるから、一緒に踊ろう。

 


    了


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