第九話 カメのジョナサンの、贈り物にされた命
第九話 カメのジョナサンの、贈り物にされた命
一八八二年。
四頭のリクガメが、セントヘレナ島にやって来た。
そのうちの一頭が、のちにジョナサンと呼ばれることになるカメだった。
四頭は、総督への贈り物だったと伝えられている。
遠い海を渡り、見知らぬ島へ運ばれてきた命。
船の上で何を食べ、どれほどの時間を過ごしたのか。細かな記録は残っていない。
人間にとって、珍しい動物を贈ることは、特別な品物を贈ることに似ていたのかもしれない。
けれど、カメは置物ではない。
食べ、水を必要とし、身体を動かし、休む。病気にもなる。
贈られたあとも、生きていかなければならない。
人間が「贈り物」と呼んだものは、カメにとっては、自分の意志とは関係なく始まった、新しい暮らしだった。
その暮らしが、以前よりよいものだったのか。四頭が島でどのように過ごしたのか。詳しいことはわからない。
ただ、四頭が島に到着したことは、記録に残っている。
*
ジョナサンという名前が使われるようになったのは、到着した一八八二年より後のことだ。
一九三〇年代、当時の総督スペンサー・デイヴィスの時代に、この名前がついたとされている。
なぜ「ジョナサン」だったのか。その理由は、確かにはわかっていない。
名前の由来となったヘブライ語のヨナタンは、一般に「神が与えた」という意味に解釈される。
贈り物として島へやって来たカメに、「神が与えた」という意味を持つ名前がついた。
そう考えると、不思議な縁を感じる。
しかし、その意味を意識して名前が選ばれたという証拠はない。偶然の重なりを、歴史的な事実に変えることはできない。
名前がつく前から、カメは生きていた。
名前を与えられたあとも、彼は食べ、歩き、休みながら、日々を過ごしてきた。
名前は、その命の始まりではない。
けれど、名前が記録に残ったことで、一頭のカメの生涯は、後の時代まで語られるようになった。
*
一緒に島へ来た三頭については、ジョナサンほど長く語られる記録が残っていない。
どんな一生を送ったのか。
どこで暮らし、いつ命を終えたのか。
私たちには、確かなことがわからない。
三頭が食べられたと決めつけることも、幸せに暮らしたと決めつけることもできない。
記録がないのなら、わからないままにしておくしかない。
歴史には、名前の残らなかった人々もいる。
建物を造った人。荷物を運んだ人。誰かの世話をしながら、一日一日を働いて過ごした人。
記録に名前が載らなくても、その人たちが生きた時間はあった。
動物たちも同じだ。
ジョナサンが長く生きたことは、確かに驚くべきことだ。
けれど、彼の名が残ったからといって、ほかの三頭の命が軽くなるわけではない。
長生きした命も、そうでなかったかもしれない命も、それぞれに、その命だけの時間があった。
*
人間は、長く生きたものに注目する。
年齢を数え、身体を調べ、長寿の理由を探す。
それは大切なことだ。
けれど、ジョナサンは、人間に長寿の秘密を教えるために生きてきたのではない。
一八八二年に島へ運ばれた一頭のカメが、結果として、これほど長く生きてきた。
その生涯を、人間が記録し、後の時代に伝えている。
四頭で海を渡った。
そのうち三頭の生涯は、詳しくわからない。
そして一頭の名前は、遠い未来まで残った。
ジョナサン。
私たちは、その名を長寿の象徴として呼ぶ。
けれど、その物語を読むとき、記録に残らなかった三頭のことも、心の片隅に置いておきたい。
彼らがどんな一生を送ったのか、わからないからこそ。
一八八二年、四頭のカメが、セントヘレナ島にやって来た。
その一頭は、今もジョナサンという名前で呼ばれている。
そして、今日も一日が過ぎていく。
カメにとって、それは歴史に残る一日ではないかもしれない。
ただ、生きた一日。
けれど、その一日が積み重なって、長い生涯になった。
・贈り物にされた命。
・名前を与えられた命。
・そして、記録に残らなかった命。
これからも、ジョナサンの物語は、そのすべてを思い出させてくれるはずである。




