勇者に妹を奪われた
全3話です。本日 12:30 / 18:30 / 20:30 に更新予定です。
「お兄ちゃん! 今日は二匹です!」
キラキラした笑顔でこちらを向いた。
「あんだけ粘ったのに、結局それか」
あんまり楽しそうに話すアメリを見て俺は苦笑する。
湖の水面が、昼の光をきらきらとはね返していた。風はぬるく、草の匂いがする。俺は木陰に背を預け、隣で籠の中をのぞき込んでいる妹のアメリを見た。
「うー……でも大丈夫です。ボクがスープにしますから。頭も出汁をとって、余すところなく食べれます」
「魚二匹だろ? 今焼いて食って、夜はどっか連れてってやるよ」
「そんなこと言ってー。無駄遣いはダメです。お兄ちゃんだって、ボクのごはん好きじゃないですか」
そう言って笑うアメリを見て、口元がゆるんだ。
今日も俺の妹は可愛いな。
アイン・アイルー。俺の名前だ。戦争遺児の俺たちはこの辺境の小さな村で暮らしている。俺は村の傭兵、アメリは教会の手伝い。休みの日はこうして湖畔で過ごすのが日課だ。
「ボクがずーっと、お兄ちゃんにごはん作ってあげますからね」
今日も二人で飯を食って、笑って一日を終える。
そのはずだった。
「アイン! アメリちゃん!」
遠くから村長の声が飛んできた。振り向くと、血相を変えてこっちへ走ってきている。
「どうしたんですか、村長さん」
アメリが立ち上がると、村長は息を切らしながら叫んだ。
「大変だ! 今夜、勇者様がこの村に立ち寄られる!」
勇者。聖剣に選ばれ、魔王討伐のため各地を巡る英雄。王に次ぐ強権の持ち主だ。なんでこんな辺境の村なんかに。
「村のみんなで、お迎えせねばならん。それでな、アメリちゃん。今夜の宴で勇者様のお相手を頼みたいんだ。アメリちゃんなら見栄えもいいし場も華やぐ。村のためと思って、どうか頼む」
アメリは少しだけ困った顔をしてから、小さくうなずいた。
「……分かりました。お兄ちゃんも一緒なら」
俺はまだ勇者がどういう存在なのか分かっていなかったが、胸の奥に何かが引っかかる感じだけが残っていた。
その日の夜。村の広場には料理と酒がずらりと並んでいた。歓声が上がり、人垣の向こうから男がやってきた。派手な装飾、腰には豪華な剣。見た目は英雄そのものだ。
男は勇者ワタナベと名乗った。後ろには細身でニヤついた男が付き従っている。
「勇者ワタナベ様と賢者ヨシダ様だ。失礼のないようにな」
村長の紹介に、ヨシダは鼻を鳴らした。
「ずいぶん田舎ですね。こんな辺鄙な村に勇者様が立ち寄るんです。光栄に思いなさい」
なにか嫌な雰囲気の二人だ。
……何も無ければいいが。
ワタナベは村人に軽く手を振った後、不意に動きを止めた。見ている先にはアメリがいた。
「へえ。こんな村に置いとくのはもったいないな」
「勇者様の宴席のお相手として、本日は教会のシスターを用意いたしました!」
村長が言う。
「は、初めまして勇者様。ボク、いや私はアメリと申します」
「こりゃいいや。今夜は楽しくなりそうだ」
勇者の唇の端が吊り上がった。
宴が始まると、ワタナベはアメリを自分の隣に座らせた。ヨシダも近くに陣取りにやにやしている。俺は少し離れた席からずっとそちらを見ていた。
「アメリちゃんさあ、シスターってことは治癒魔法が使えるんだろ?」
「少しだけです。村の人の怪我を診る程度ですが」
それを聞いてワタナベが満足そうに笑った。
「そうかそうか。丁度、回復役が欲しかったんだよ。前のやつはすぐに壊れちゃったからな。よし決めた。アメリちゃん、名誉をやろう。このワタナベ様のパーティの一員にしてやるよ」
場の空気がぴたりと止まった。気にも留めずにワタナベが笑う。
「どうした? このボロい村から勇者ご一行様が生まれたんだ。祝いたまえよ」
勇者の言葉でまばらな拍手が起こった。もう我慢できない。俺が立ち上がった瞬間、アメリが口を開いた。
「すみませんが、ボクはこの村の教会に仕えています。ここでやることがありますので、お受けできません」
場の空気が静まり返った。
「……は? 聞き間違いか? 勇者の俺がわざわざ声をかけてやってんだぞ。調子に乗るなよ。シスター風情が」
「勇者様」
気づけば俺は立ち上がっていた。
「誰だ? お前」
「俺はアインです。アメリの兄です。俺に出来ることなら何でもします。だから、妹だけは勘弁してください」
「兄? 貴様、妹の出世を邪魔する気か?」
「……お願いします」
ワタナベの目が細くなった。
「俺にそんな口を利いて、どうなるか分かってんのか?」
ゴッ!
言い切った瞬間、胸ぐらを掴まれた。
続けざま、重い拳が顔面に叩き込まれる。
「ぐはっ!」
一撃喰らっただけで分かる。こいつは化け物だ。足から力が抜けて、俺はズルズルとその場に倒れ込んだ。
「せっかく人が気持ちよく飲んでたのによぉ!!」
ガッ! ガッ! ガッ!
倒れた俺に追い討ちをかけるように、鳩尾に勇者の蹴りが入る。堪えきれず、胃の中のものを吐き出した。
「お兄ちゃん! やめろ! お兄ちゃんから離れろ!」
——遠くなる意識にアメリの悲鳴が響く。
(……来るな、アメリ……)
「おい、誰が気絶して良いと言った?」
勇者が俺の右腕を両手で掴んだ。
ゴキン、と骨が折れる音がした。
「ぎゃああああぁぁっっっ!!!!」
激痛が走る。視界が白く弾けた。
「やめろおぉっ!」
アメリが勇者の腕に掴まろうとしたが、ヨシダが手を引いてそれを止めた。
「アメリさん、落ち着いて。これは勇者様の機嫌を損ねた罰ですから。ほら、これ以上貴女が断ると、お兄さんはもっと大変な目にあいますよ?」
俺は痛みに耐えながら、うずくまって勇者を見た。たったそれだけで、勇者の眉が上がった。
「へえ、まだその目するんだ」
まるで小枝でも折るように俺の左腕も折った。
「っ、ああああっ!」
次は右脚。次は左脚。ごき、ごき、と鈍い音が連続するたび、俺の体は地面の上で跳ねた。痛みが強すぎて、どこがどうなっているのか分からない。傭兵として鍛えた体が、玩具みたいに壊されていく。
「もうやめて!」
アメリが泣きそうな声で叫ぶ。
「お願いします! それ以上は……!」
ワタナベは血まみれの俺を見下ろしながら、アメリに向き直った。
「明日の朝、俺と来い。言っておくが、魔法で兄貴を治そうなんて思うなよ。もうお前は俺の所有物だ」
俺は必死に首を振ろうとした。だが、声も出ない。喉の奥から漏れるのは、痛みに潰れたうめきだけだった。
アメリの目には涙がにじんでいる。それでもワタナベを見返す目だけは消えていなかった。
「……分かりました、言うとおりにします。だから、お兄ちゃんにはもう何もしないでください」
振り絞るような、掠れた声でアメリが言った。
その言葉を聞いてワタナベが満足そうに笑った。
「良い顔だ。その顔が何日持つか今から楽しみだよ。アメリちゃん」
ワタナベは俺の顔を足で踏みつけたまま、アメリを眺めていた。
「最初から素直に言うこと聞いてりゃ、ここまでしなくて済んだんだよ。おまえのせいで兄貴がこうなったんだからな?」
「……違う。逃げろ……アメリ……」
ワタナベは笑って俺の頭を蹴り飛ばすと、今度はアメリの前まで歩いていった。
「明日の朝、黙ってついて来い。変な気を起こしたら、次はこいつの指を一本ずつ折る。いや、目玉でもいいな」
村人たちは誰も助けてくれなかった。村長は青ざめて震えている。恐怖と、暴力だけがこの場を支配していた。
アメリが駆け寄ってくるのが見えた。
俺の意識はそこで途切れた。最後に見えたのは、泣くのをこらえながら俺を見ている妹の顔だった。
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次に目を覚ました時、俺は教会のベッドにいた。窓から朝の光が差し込んでいる。全身に板と包帯が巻かれ、少し動かすだけで激痛が走った。だが、すぐに昨夜のことがよみがえる。
「アメリ……!」
そばにいた見習いの子がびくっとした。
「……アメリは……どこだ」
「朝、勇者様と……これを、残して……」
子どもは震える手で、ベッド脇に置かれた手紙を指差した。俺は子どもに頼んでそれを広げてもらう。妹の字で、短くこう書かれていた。
『お兄ちゃん、心配しないで。今までありがとう』
「ふざけるなっ……」
あんな男に連れて行かれて、無事でいられるわけがない。分かっていて、俺を守るために行ったのだ。
「くそ……っ!」
指一本動かせずに、折れた骨が痛んだ。代わりに涙だけが溢れる。悔しさが喉を焼く。こんなところで寝てる場合じゃないのに、俺は一歩も動けない。
憎い。勇者が、ただひたすらに憎かった。
殺す。必ず見つけ出して、妹を奪い返す。
その時だった。
「いい顔をしてますね」
入口の方から、静かな声がした。
振り向くと、白と青の法衣をまとった女が立っていた。年は俺とそう変わらない。腰まである美しい金髪に整った顔立ち。まるで教会の絵から抜け出してきたようだった。
「誰だ……」
「はじめましてアインさん。わたしはシオンといいます。教会直属の聖女です」
聖女。そんな大層な肩書きの人間が、こんな辺境まで何の用だ。
「勇者ワタナベを止めるためにきました。……でも、遅すぎたみたいですね」
その言葉に、俺は思わず目を見開いた。シオンは俺のそばまで歩いてくると、包帯だらけの体を見下ろし、小さく息を吐いた。
「勇者を……止める?」
「ええ。ワタナベは各地で似たようなことを繰り返しています。女を奪い、金を奪い、逆らう者を潰す。それでも勇者の肩書きがあるせいで、表立って裁きにくい。ですから教会が秘密裏に動くことになりました」
「聖女が……勇者を?」
「……殺します。わたしの命に変えても」
あまりにも静かな言い方だった。だが、冗談を言っている顔じゃない。
「ですが、その前にまずあなたを治療しないといけませんね」
シオンが俺の腕に手をかざした。淡い光があふれ、全身の痛みがすっと引いていく。折れていたはずの骨が、熱を持ちながら元に戻っていくのが分かった。
「な……」
見る見るうちに痛みが消えていく。信じられない。
「……治癒魔法の効きは心の強さが影響します。あのケガなら普通なら心まで折れていてもおかしくありません。大したものです」
シオンの瞳が小さく揺れた。
「……どうして俺を助けてくれたんですか?」
「あなたに見込みがあるからです」
「……アメリを取り戻したい」
気づけば、俺は絞り出すように言っていた。
「……俺だって勇者を殺してでも、あいつを取り戻したい。でも、どうすればっ……!」
シオンはじっと俺を見た。試すような目だったが、やがて静かにうなずく。
「勇者に奪われて、なお立ち上がろうとする人はそう多くありません。……正直、その場にわたしがいても、勝つのは難しかったでしょう。……あなたに覚悟があるなら、わたしが力を授けましょう」
そう言うと、彼女は祭壇の前へ向かった。
「今から神託の儀を行います。あなたの魂に新しい力を刻みます。失敗すれば命はありません。……それでも、妹さんを取り戻す力を望みますか?」」
迷いはなかった。
「お願いします」
「……やっぱりあなたは強い人です」
シオンが俺の手を握って微笑んだ。暖かい手だ。
シオンが祈りを始めると、足元に白い魔法陣が浮かび上がる。重い圧が満ち、肌がびりびりと震えた。
「耐えてください。失敗すれば妹さんには二度と会えません」
次の瞬間、光が全身を貫いた。
「ぐっ……!」
昨夜の骨折など比べものにならない痛みだった。体の内側を引き裂かれ、砕かれ、また組み直されるような激痛。意識が飛びそうになる。
「気を強く持って!」
シオンの声が響く。
「奪われたままで終わりたいんですか!」
アメリの顔が浮かんだ。俺を守るために、自分から地獄へいった妹。あいつを取り戻さなければならない。大切な妹を、あんな男に好き勝手させるものか。
「う、おおおおおおおぉぉっ!」
叫びとともに、さらに光が強くなる。アメリを助けて勇者を殺す。全て、奪い返してやる。
やがて、ふっと圧が消えた。俺は祭壇の前に膝をつき、荒い息を吐く。生きている。死んでいない。
「……成功です」
シオンが小さく息を吐いた。いつのまにかシオンも汗だくだ。信託の儀の負担は俺だけではないらしい。
「よく耐えましたね。あなたとなら戦えます」
右手の甲を見ると、黒い紋様が刻まれていた。見たことのない文字が、頭の中に流れ込んでくる。
「簒奪……」
これが俺の得た力らしかった。
シオンの方に向き直ると、彼女は俺の右手の紋様を見つめたまま、言葉を失っていた。
「……SSSランク」
静かな声だった。だが、その響きには隠しきれない驚きがあった。
「おめでとうございます、アインさん。『簒奪』。それはSSSスキル――神話級とさえ言われるほどの異能です。神託の儀でも、ここまでの力が現れた例はまずありません。……わたしも、実際に目にするのは初めてです」
シオンは俺をまっすぐ見つめる。
「スキルの強さは、想いの強さに呼応します。……それほどまでに、あなたの怒りも覚悟も本物だったのでしょう」
そして、わずかに微笑んだ。
「……やはり、あなたに賭けて正解でした。今のあなたならきっと妹さんを取り戻せる。わたしはそう信じます」
俺はゆっくり立ち上がった。体はまだ重い。だが、昨夜までの俺とは違う。妹を奪われて何もできないまま終わる男じゃない。
「この力で、アメリを取り戻す」
自然と声が低くなった。
「そしてワタナベを、死ぬより辛い目に味わわせてやる」
シオンは静かにうなずいた。
俺は剣を取った。向かう先は一つ。アメリを連れ去った勇者の後だ。この力でアメリを救う。そしてあの男から全部、奪い尽くしてやる。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるのっ……!」
と思ったら
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