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愛の導  作者: 瀬名柊真
六章 異常

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虐め描写等がちょっととあります。そこまで生々しくはない。と思います。


side?

『東城……邪魔……殺そう……』


 せっかくつけた盗聴器は不具合の所為か、全然声が聞こえない。


「高かったのにー。不良品じゃん、これ」


 思わずそう呟いた少女こそが、拓海のストーカーである。


(それにしても、東城だっけ?あいつ、拓海くんの愚痴によく出てくるんだよねぇ。拓海くん、普段愚痴なんて言わないのに)


 拓海が嫌いな人は、彼女も等しく嫌いだ。逆に言えば、拓海が好きな人は、彼女も好きだ。彼女にとって、拓海は絶対的な神なのだから。

 何故そこまで拓海を思えるかと言われたら、彼女は胸を張って答えるだろう。ハンカチを拾ったから。と。

 そういえば、みんな「そんな胸を張ることか?」なんて思うのだろうが。そんなことは知らない。

 それだけ。本当にそれだけなのだ。が、彼女にとってその出来事は大きく世界観を変えたのだ。

 顔がいいから。スタイルが良いから。そんな理由だけで痛いほどの好奇の目と嫉妬を浴びてきた。

誰もそんなことなど求めてはいなかったのに。


 あたしだってこんなふうに生まれたくて生まれたんじゃない。


 出来ることなら、普通で良かった。


 あたしをちゃんと普通に見てくれる人は居ないの……?


 そんな気持ちばかりがどんどんと増えていった。

 必死に抵抗した。

 泣きわめいた。

 だのに、誰も助けに来てくれなかった。最早、何も出来なかった。助けを呼んでも誰も助けてくれはしない。少女が普通に戻る道筋はすべて絶たれてしまった。

 それでも気丈に振る舞おうとした。そんなものには屈しないように。だが、勇気を振り絞ってした反撃、のようなものは、いとも容易く受け止められた。

 学校で虐めにあったからだ。

 悲しさと、悔しさとで涙が出る。泣きたくなどないのに。

 痛い。苦しい。止めて。助けて。

 そんな少女の叫びは声にもならない。ただ、小さな雑音として社会に消えるばかりだ。

 机に施された暴言の羅列も、切り裂かれた教科書も。全てなかったことになる。

 いっそのこと死んでしまえればどれほど良かっただろう。だが、それは許されなかった。自殺しようとすれば、家族みんなに迷惑がかかってしまう。

 結局、何も出来ないまま月日は経った。

 虐めが始まった日も、その次の日も、その次も。一度始まった行為は終わることを知らなかった。むしろ、どんどんと行為はエスカレートの一途を辿るばかりだ。

 唯一安心して眠れるの長期休暇の間だけ。

 そんな日々を送っているのだ。当然体力も精神もどんどんと削られていった。

 それでも必死に中学へ通っていたある日、激しい目眩と吐き気がした。

 まさか。と思ったけれど、まだ確定は出来なかった。確定のために病院に行くのも嫌だ。堪えきれなくなるほどのストレスが溜まっているだなんて。診断結果の所為で、虐めの事が家族にバレるのは嫌だった。

 何よりも、担当医からも軽蔑されるのではないか。そこだけが信用出来なかった。

 それに、本当にそうだったら?そうだったら、どうすれば良いのだろう。少女はどうやってこの苦痛から逃れれば良いのかわからない。逃れられないとさえ思う。

 その日も虐めは行われた。だが、体調不良でいつも通りの反応が得られないとわかると、舌打ちをした。

 舌打ちには怯えたが、これから暫くは、この行為に怯えなくて良いんだ。そう思うと安心した。

 しかし、そんな少女の期待は直ぐに打ち砕かれた。


「じゃあさ、お金、払ってよ」


 そう言って差し出された手はひどく小さかった。少女と変わらない大きさの手。けれど、それは少女とは違うものだった。

 怖い。いやだ。けれど、しなければ何をされるか分からない。

 少女は泣く泣く従う他なかったのだ。本当に。望んでやったわけではないのだ。

 初めて家族からお金を盗んだ。それは、ひどく辛くて不快な感覚がした。これで家族にまで迷惑が……そう考えると嫌で嫌で仕方がなかった。

 堪えられなくなった少女は、翌日、母に助けを乞うた。初めてのことだ。ずっと知られたくないと思っていたのに。それだけ嫌だった。堪えられなかった。だが、無情にも母はそんな娘に怒りをあらわにしたのだ。


「あんた、なんて汚らわしい子なの!とんでもないわ!」


 一瞬何を言われたのか飲み込めなかった。そして、その間に母は何度も何度も、狂ったように少女を殴り続けた。

 思い切り頬に平手打ちをされた所為で、学校になどいけたものじゃなかった。頬が赤く腫れ上がり、目元も真っ赤になった。それでも母は腹の虫が収まらないようだった。

 そこで初めて気がついた。


 この人はあたしのことなど愛していないんだ。


 虐められているあたしのことなどどうでもいいんだ。


 この人も、あたしのことをあたしとして見てはいないんだ。


 辛かった。悲しかった。愛されてないということが此処まで心に傷を遺すだなんて思っても見なかった。

 どこへも行きたくなかった。だが、家を出ないわけにもいかないし、出ないと息苦しいし、少女は家を出て、学校とは違う道を歩いていた。学校にいかなければこれからもっとひどい目にあう。どうせそうならもう死んでしまおうと思ったからだった。

 そんな時、ふとハンカチが目の前に落ちた。白くて、清潔そうなハンカチ。女性の持ち物だろうと思って、拾い、顔を上げると、そこに居たのは紛れもなく男だった。

 ひゅっと息が詰まる心地がした。虐めの中心はいつも男子だったから。けれど、彼もハンカチを落としたことに気づいたのかこちらを向いている。渡さないわけにはいかないだろう。なんとか勇気を振り絞ってハンカチを手渡す。


「……どうぞ」


「ありがとう。助かりました」


 思いの外優しい声音に思わず顔を上げる。

 その時少女の視界に入ったのは、情欲にまみれた穢らわしい目などはなく、ただこちらを無機質そうに眺める目だった。本当に、ただ無機質に。

 今までそんな目をされたことがなかった少女は、そんな彼の目を愛していた。

 だから、だから彼がその目に激情を宿らせるのなら、彼女はその激情に沿いたいと思うのだ。

 彼が心を動かせるものは、素晴らしいものに違いないのだから。

 だから、東城は消すべきだ。彼が消したいと願っている。それだけで理由は十分だ。

 別に彼女が殺す必要はないかもしれない。だが、彼に人殺しなどさせるわけには行かない。彼にはいつまでも完璧で居てもらわなければならないのだ。

 拓海なら、こんな彼女にも何も思わないだろう。そう、思う。

 そうして、少女だった彼女は、ある準備を始めたのだった。

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