第44話 義父と差し向かいで飲むなんて照れてしまうね
御前会議はとくに何の結論も出ないまま終わった。
あ、いや、結論は出たよ。問題にするようなことではない、という結論ね。
だからフィリップ侯爵は宣戦布告を取り下げたわけじゃない。
ただ、攻め込めなくなった。
サラソータ侯爵の他、ヨーク公爵、ビールズ伯爵、オレゴン伯爵、トリントン子爵らが相次いでサクラメント支持を明言したから。
フィリップ侯爵に味方する貴族は一つくらいで、ほぼ孤立してしまった状態だった。
そこに国王陛下が、「この件はもうこれで良いではないか」と助け船を出し、会議は閉幕したのである。
追い詰めすぎないようにって配慮だろうね。
陛下は調整型っていうか、乱を嫌うお人だから。
「サラソータ侯爵、此度の骨折り感謝に堪えません。なんとお礼を言って良いか」
「なんの。娘婿を助けるのは当然のことだ」
一緒に王城を辞し、歩きながらの会話である。
女婿になる前からずっと良くしてもらってるけどね。
「ずっと義父上にきこうと思っていたんです。どうしてそんなに良くしてくれるのかと」
借金のことだって、普通だったらこんなに貸してくれないってサイサリスも言ってた。
完全に不良債権で、回収の目処も立たない。
だったら手を引くのが道理で、投資にすらなっていないってね。
今は領地も栄えてきて、何年かしたら少しずつは借金返済に充てられるかなって感じだけど。
ふむ、とサラソータ侯爵が腕を組み、少し考える仕草をした。
「食事でもしながら話そうか、婿どの」
それから、にかっと笑って誘いかけてくる。
招かれたのは侯爵の上屋敷だった。
なんとこの方、王都タイタニアにも屋敷があるんですよ。
くるたびに宿に泊まってる貧乏男爵とは大違いですね。
「私ときみは会っているんだよ。もう十年以上も前になるがね」
贅沢というより、食べる人の心地よさをなにより優先したような食事の後、応接間で差し向かいに座り、義父が懐かしげに語り出す。
十年以上前ってことは、俺がまだ男爵位を継ぐまえだね。
王都で傭兵とかやったりしていた頃かな。
もしかしたら顔を知っている人がいるかもって考えて、依頼主が貴族の仕事は受けないようにしていたんだけどな。
さすがに正体がばれちゃったら気まずいもん。
「きみの方は、イトゥマの宿場近くで助けた商人のことなど、すっかり忘れてしまっているだろうがね」
ぱちんとウインク。
いや、いやいや、ちょっと待って。
「場所も事件も憶えてます。だけど……」
「まさか助けた商人がサラソータ侯爵だなんて夢にも思わなかっただろう? 私も助けてくれたのがサクラメント男爵公子だなんて夢にも思わなかった」
一介の行商人のふりをして領内をまわっていたんだってさ。
自分の目で見て、人材を確保するためにね。
老婆心ながら忠告しておくと、それはやめた方が良いと思うよ。
どんな危険があるか判らないもの。たとえば盗賊団に襲われたりとかね!
「三人もいた護衛が殺され、もうダメだと覚悟を決めたときにきみが現れた。閃光ビリーの勇姿は今も目に焼き付いているよ」
少年のような憧憬を瞳に浮かべる侯爵だった。
やめてくださいよ。
恥ずかしいじゃないですか。
あのときはシェルパの森に巣くう盗賊団を壊滅させるって仕事をしていたはず。
依頼元は近隣の村や宿場町で、かなり手を焼いていたらしい。
森っていう特殊な地形を使った遊撃戦に、雇った冒険者たちは軒並み失敗して這々の体で逃げ帰っちゃったんだそうだ。
中には全滅してしまった連中もいるって話だから笑い事じゃないよね。
それで何でも屋ではなくて荒事の専門家に依頼することになった。近隣で金を出し合って。
俺も派遣された一人だった。
集合場所に向かう途中、イトゥマの宿場近くで襲われている旅人を助けた。まさかそれがサラソータ侯爵だなんて思いもよらずにね。
「マントをなびかせて戦場に躍り込み、一閃で一人、二閃で二人、みるみるうちに盗賊を打ち減らしていったからね」
酒精の入った侯爵閣下は饒舌だ。
すっごく格好良く語ってくれているけど、実際は盗賊が弱かっただけなのである。
アッシマが言ってたでしょ。自分たちの戦闘力は油断している相手を後ろから襲って一撃で殺す程度だって。
侯爵の護衛が負けちゃったのは奇襲だったからと、敵の数が多かったから。
俺の場合は最初から相手が見えていたもの。
純粋に腕の差で勝負できる。
食い詰めて盗賊になった連中の腕なんて推して知るべしだよ。六、七人殺されたら、尻尾を巻いて逃げちゃった。
「あのとききみは名乗りもしなかったな」
「そうでしたかね? 失礼してしまいました」
空になった侯爵のグラスに蜂蜜酒を注ぎながら苦笑する。
「名乗るほどのものではないし、謝礼を受け取るほどのこともしていない。あなたが無事なら、それが一番の報酬だ。今でも一字一句思い出せるよ」
「かっこつけまくりですね。ちょっと過去の自分を殴ってきますわ。ボコボコに」
まさに赤面の至りである。
顔から火が出そうだ。
「金貨を山と積んでも私の家臣団に加えねばと思ってね。八方手を尽くして調べたさ。閃光ビリーなる傭兵はすぐに見つかったんだけど、さらに深掘りしていったらとんでもないことが判ったじゃないか」
「サクラメント男爵の息子でした。じつは」
侯爵が差し出したグラスに、自分のそれをぶつける。
チン、と澄んだ音がした。
「部下なんてとんでもない。娘の婿にしようと思ったね。そこから、絶対に断られないよう援助を惜しまなかったわけさ」
「計画が遠大すぎませんかねぇ」
笑い合う。
義父との夜が、賑やかに更けていった。
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