第43話 侯爵二人
フィリップ侯爵というのは、四十代半ばの痩せた男である。
金髪で背も高く、容姿の点でおかしなところはまったくないんだけど、青い瞳から放たれる眼光がものすごく険しい。
二十五年前のヴァフリーズ会戦で敵将を四人も討ち取った伝説の持ち主でもある。
なんつーかな、傭兵あがりの俺みたいなチンピラ剣士とは格が違うって感じ。
「陛下、貴族の権力とは平民をいじめるためにあるのではありません」
そのフィリップ侯爵が厳かに口を開く。
「むしろ民を慈しみ、平和な暮らしを与えることこそが貴族の義務」
おう、まったくその通りだよ。
あんたの口からそんな言葉が飛び出すなんて、俺ちゃんびっくりですわ。
フィッシャーを良いように利用して殺し、ユーリたちを踊らせて死なせ、それを俺の仕業としてでっち上げようしている御仁が、よく歌いますねぇ。
「しかるにサクラメント男爵は無辜の民を殺害し、捕縛に動いた者たちまで斬殺した。許されざることです」
こいつ故意に冒険者って言わなかったな。
言ったら、ただの無頼漢じゃん死のうが生きようが知ったことじゃないよね、って他の貴族が思っちゃうからね。
「お言葉ですがフィリップ侯爵、小生が殺したという証拠すら」
「黙れ小童!」
俺の言葉の途中で大声を張り上げる。
もちろん言葉を封じるためと、萎縮させるためにね。
いきなり大声を出されたら誰だってびっくりするもの。
「黙りません。格下とはいえ貴族の言葉を途中で遮るとは、なんたる非礼ですか」
ひょうひょうと反論してやる。
悪いねおっさん。俺も百に届こうって数の戦場を渡り歩いてるんだわ。
でかい声程度でびびるわけがない。
「そうだな。むしろ黙るのは卿だろう。フィリップ侯爵」
静かな、だけど威厳たっぷりの声があがった。
まさか俺とフィリップ侯爵以外が発言するとは思っていなかったから、一斉に参加者が声の出所を見る。
もちろん俺もね。
豊かな口髭と同じく豊かな恰幅、頭部がだいぶ薄くなっているつやつやとした健康的なデブ(失礼!)って印象の男が座っている。
俺の義父であるサラソータ侯爵だ。
「サクラメント男爵は無辜の民を殺すような男ではないぞ。無辜でないなら、その限りではないだろうがな」
にやりと意味深に笑う。
本当に殺されたのは一般人なのか? 彼らに非はなかったのか? と、言外に問いかけているのだ。
「サラソータ……」
ぎりりと奥歯をかみしめる音が俺の席まで聞こえてきた。
まさに痛いところを突かれた格好だからね。
「答えられぬか? では私が語ってやろう。最初に殺されたのはフィッシャーという男で冒険者ギルドの幹部だな。より正確には元幹部だ。解雇されて酒場で飲んだくれ、乱闘騒ぎを起こした上に刺されて死んだ」
サラソータ侯爵が歌うように言葉を紡ぎ、会場にざわめきが伝播していく。
冒険者ギルド……、乱闘……、ただのならず者じゃないか……、という言葉が議場の各所から聞こえてきた。
誰も興味を持たないような事件なのに調べ上げてるのか。
さすがだな。
「フィリップよ。この事件をサクラメント男爵の仕業だと判断した理由はなんだ?」
「……それは、冒険者ギルドにおいて、彼の者が男爵に失礼な態度を取ったからだと聞いている」
「ないな。それならばその場で無礼打ちすれば良かろう。なんで後から乱闘騒ぎに乗じて殺す必要がある?」
「そんなことを我が知るものか。腕に覚えがなかったから手下を使ったのだろうよ」
フィリップ侯爵が答えた瞬間、サラソータ侯爵が腹を抱えて笑い出した。
おかしくてたまらないといった態度に、さすがにフィリップ侯爵がむっとする。
「罠にはめようとするなら、もう少し相手のことを調べるがいいぞ、フィリップ。サクラメント男爵は、閃光ビリーという二つ名を奉られる凄腕の剣士だ。冒険者のごとき無頼漢に後れを取るわけがなかろう」
やめてお義父さん!
その微妙な二つ名を国王陛下や貴族たちの前でばらさないで!
恥ずかしくて死んじゃうから!
「罠だと? サラソータ」
「おぬしがどうしてウィリアムを亡き者にしたいか判らんがな。こいつは失礼な口をきいた冒険者を笑って許してやるような好漢よ」
はっきりきっぱり断言する。
いやあ、笑って許したわけじゃないんだけどね?
呆れ果てて相手をするのもめんどくさくなったから席を立っただけで。まあ実際、殺す価値もない相手だったんだけどさ。
「それ以降の事件についても同様だな。逆恨みした冒険者どもが襲いかかってきただけだろうよ」
「なぜそれが判る……」
「証拠を示せというのか? であれば、まずは卿がサクラメント男爵が主犯だという証拠を出すが良いぞ。私のように」
などと言いながらぱんぱんと手を叩く。
こちらからがつんと先に出すつもりなのか? 証拠を。
どこから?
扉が開き、胴縄で数珠つなぎにされた男たちが議場に引き出された。
耳をそがれたり指を切り落とされたり、拷問の後も痛々しいけど、街道で俺たちを襲った冒険者の生き残りだね。
なんと、サラソータ侯爵が捕縛していたのか。
「こやつらが全部吐いたよ。サクラメント男爵を殺せと命じられたそうだ。ことが明るみに出てもちゃんと、貴人が上手く処理してくれることになっていたとな」
その貴人が誰かまでは判らない。
当前、名前が出ないようにしているからだ。
「我のたくらみだとでも言うつもりか?」
押し殺したフィリップ侯爵の声である。
これは万事休すだな。
「いいや? 私の言いたいことはたったひとつだけだよ」
そう言って、サラソータ侯爵は国王陛下に向き直った。
まっすぐな眼光に、女王シエル陛下がちょっとだけたじろぐ。
「もしフィリップ侯爵がサクラメント男爵領に攻め入るというなら、我が軍はサクラメント防衛に動きます」
国内最大級の力を持つサラソータ侯爵軍だ。
公表されている数だけで二万八千。フィリップ侯爵軍の二倍近くになる。
「判った。サラソータがそう言うなら朕に異論はない。どうにもフィリップの言い分には理がないように思えるしな」
凜とした声が響く。
この瞬間、フィリップ侯爵の正義は消滅した。
ていうか! 俺ほとんど発言しないうちに話が終わってしまったよ!
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