第42話 御前会議
御前会議が開かれることとなった。
王国としても貴族間戦争は避けたい事態だからね。まず当然の決定といえる。
アータルニアに存在する六十四の貴族家が集い、国王陛下の前でフィリップ侯爵の主張が是か非かを審議するわけだ。
国法に照らして、じゃないよ。
前にも言ったけど、王様の意思はすべての法律の上に存在するからね。
王様が白と言えばカラスだって白くならないといけない。それが嫌なら国から出て行けってこと。
ゆーてあんまり自分勝手が過ぎると反乱を起こされて打倒されたりしちゃうからさじ加減が大事なんだけどね。
で、フィリップ侯爵の主張が正しいかどうかなんて、貴族たちには実際どうでもいい。
だって、平民がたかが十人ばかり死んだってだけの話だもん。
まして冒険者みたいな無頼漢ね。
真剣に取り扱うような議題じゃないんだ。
平民たちには業腹だろうけど、専制国家ってのはそういうもんなんだよ。
そしたらなにが問題なのかって言うと、フィリップ侯爵とサクラメント男爵の間にどんな確執があるのかって部分。
平民の生き死になんて口実だからね。
サクラメント男爵はどんだけフィリップ侯爵の機嫌を損ねたんだか。謝る機会と場所を用意してやるから、ちゃんとごめんなさいしなさいねってのが、御前会議の公表されない方の目的である。
俺、ぜんぜん悪くないはずなのに、謝らないといけないんですわ。
大変申し訳ありませんでした。なにを差し出せば許していただけますかってね。
「やはり初手がまずかったですな。フィッシャーとやらはその場で斬り捨てるべきでした」
「だよなぁ」
今回の随員であるサイサリス技術長の言葉に、俺ははぁぁぁとでっかいため息を漏らした。
さすがに御前会議にアヒル姫は連れて行けないので留守番である。
オリバーと協力して内政に専念してもらう。
ていう話をしたら、文官筋の大喜びな。とくにイノリ! 言うに事欠いて「男爵様は単身赴任してくれれば領地のことがいろいろはかどるのに」なんて言いやがったんだよ。
領主俺だからね? どこに単身赴任するのさ!
「フィッシャーを無礼打ちし、その足でフィリップ侯爵にねじ込むのが最良手でしたなあ、いまさらですが」
ほんとにそう。
てめえの家では子分の教育もまともにできねえのかってケンカ腰で詰めれば、機先を制することができた。
やれやれ、どうしょうもねえなって流しちゃった俺は、一番やっちゃいけないことをしたってことなんだよ。
だからそれ以降、主導権はずっとフィリップ侯爵の手にある。
こっちは彼が打ってくる手に対処してるだけで、なにも仕掛けられていない。
「平民にも親しく同じ目線で接せられるお館さまの気安い為人は、たしかに得がたい美点ですが、同時に欠点でもあります」
「耳が痛いよ」
「けなしているわけではないのです。お館さまの人柄に惹かれて仕える者も多いのですから。私もその一人ですし、グレイス殿やアッシマ殿も同様でしょう」
面と向かって言われると気恥ずかしい。
俺よりずっと人生経験も豊富で、成功をつかんできたサイサリスに褒められたら、もじもじしちゃうよ。
「ですがお館さまの寛容につけ込む人間もおります。どうかそれを頭の片隅に留めおきください」
「諫言、身にしみた。心するよ」
主導権が自分にない戦いは、こんなにしんどいんだもんな。
御前会議に参集した貴族は二十六人だった。
残り三十八家からは白紙委任状が届いてるそうである。この件に関してはとくに意見もないので好きに決めてくれ。決まったことに文句いわないから、という意味ですね。
貴族たちの感心のなさがすっごいよく判る。
俺だって当事者じゃなかったら白紙委任状を送って終わりにしただろう。
どうでもいいってのを通り越して、巻き込まれたくないわ。
もちろんフィリップ侯爵はそこまで計算している。
俺が国王陛下に調停をお願いすることも、他の貴族たちが無関心だろうことも全部ね。
「こっちに選択権のない戦いは厳しいなぁ」
「お館さまは今回ひとつお学びになられた。それをこそ寿ぎましょう」
控え室でがりがりと頭を掻く俺に、サイサリスが微笑みかける。
御前会議はロビー活動が禁止のため、会議が始まるまでみんな控え室にいなくてはいけない。
これがまたけっこう精神にくるんだよなぁ。
他の貴族とかと喋って存念とか聴ければ、作戦の立てようもあるんだけけどな。
「王城に登る前に相談、という手もあったのでは?」
「それを誰かに見られて、会議でチクられたときが痛すぎる」
禁止されている行為をわざわざやるとは、なにか心に秘したるものがあるんじゃないのかって主張されたら、ただの茶飲み話だなんていっても言い訳くさく聞こえるだけだしね。
「前々から思っておりましたが、貴族社会は面倒ですな」
「だから商人に出し抜かれて借金をこさえたりするらしいぜ」
「我々は利得のみを見ますからね。形式や力関係などに配慮する必要はありません。ですがサクラメント男爵家は借金がありませんよね」
「んなわけない。借金まみれだよ」
「私の言っているのは商人からの借金です。すべてサラソータ侯爵さまから借り入れではありませんか」
すごく不思議そうに言うサイサリスだった。
だいぶ前に侯爵から提案されて借金を一本化したんだよな。
サラソータ侯爵から金を借りて、それ以外の借金はきれいさっぱり完済した。
「結果、返しきれない額の借りを侯爵に作ってしまったわけだけどな」
利息すら満足に返せてない現状だよ。
哀しすぎる。
「解せませんね。サラソータ侯爵さまにはまったく利得がありません」
サイサリスが首をかしげたとき、王家の侍従が俺たちを呼びにきた。
でもさ、アヒルを嫁にってよこされても文句の一つも言えない関係なんだよ?
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