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「冗談じゃない…!」
「冗談で言っているようにみえるかね?信じる信じないは自由だが私は実行に移すだけだよ。もっとも君があまりに反抗的で、思慮に欠く行動を取るようなら有無を言わさず始末するがね。まぁそんなことをする人間なら私の思い違いだったということで結論を出せる」
ローレンスはおもむろに立ち上がった。ローレンスが指示を出したのか、ゼメキスが俺を解放する。
「折った指の処置をしてやれ。一度あれに任せよう。吊り橋理論というものもある」
「これはこのままにしておくので?」
「あぁ、治療の際に抵抗されたら手間だな。ゼメキス、眠らせろ」
「ヤー」
ゼメキスの返事と同時に強烈な衝撃が後頭部を襲った。脳が揺れるのを感じながら、俺は再び意識が落ちた。
目が覚めた時、俺はベッドにうつ伏せで寝かされていた。結束バンドで拘束されているのは変わらないが、折られた右手の人差し指に包帯が巻かれ、固定されていることに気づく。一応応急処置を施したらしい。鎮痛剤を打たれたのか痛みはほとんどなかった。
「くそっ…」
悔しさで胸が一杯だったが。なけなしとはいえ、あっさり反撃をいなされた挙句になすすべなく気絶させられた。自分の無力さが情けなかった。相手の巨大さは理解しているが、何もできないことを良しとしていたわけではない。
フェリシティの助けに期待している自分に気づいた。状況を考えれば当然のことだ。でもその助けに頼ることはできない。ローレンスはフェリシティを始末すると発言していた。フェリシティの方も動けなくなるだろう。向こうが自分を助けてくれるのを気長に待つことはできない。自分で脱出、ないし通信手段を確保してフェリシティの助けを呼ばなければならない。
考えろ。俺にだってできることはある。何か手段を講じなければ…。
「目覚めたのね」
その一声に俺は反射的に振り返った。直後にその声がよく知った、懐かしい声であることに気づいた。
「ハーピア…!」
灰色の光沢のある生地で作られたマーメイドドレスをまとったハーピアが傍らに佇んでいた。外見はほとんど変わっていない。日本で一緒に過ごしていた時の彼女のままだ。違う点といえば、目つきが冷たくなっているくらいだった。