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「そういえば例の彼女とは会えたの?あれだけ力を込めてラブレター書いていたじゃない」
「…そうか、手元にないんだ。ちゃんと届いていればいいけど」
「結果が出たら教えてよね」
―――5人目。シャーリー・ペリー
「すっかり元気になったのか。安心したよ。記憶も全部戻るといいな」
「私は君の惚れた腫れたには興味がなかったから、詳しくは知らない」
「あの噂が出た日?具体的な日は曖昧だが…事故の前日だったかな」
「留学生との送別パーティーの準備があって多忙だったんだ。夜遅くまで…ってのもザラだったし、噂にかまけている暇はなかった」
「君も律儀に参加してくれていたよ」
…どういうことだ?
シャーリーとの電話を追え、俺はスマホを握ったまま呆然としていた。ここまで得た情報をまとめると、ある事実が浮かび上がる。
何もかもを覆すような事実が。
まだ仮定の域は出ていない。あくまで推測であり、浮上した仮説の一つに過ぎない。
だけどこれが事実なら、真実なら。ハーピアも、フェリシティも、ナイトクラウド家全体も目測を誤っていることになる。
俺はこめかみを小突いた。何度も何度も。
この事実を元に記憶を引きずり出すために。思い込みを払い、先入観を崩し、ありのままの真実を探りだす。
この探索の中で、俺はかすかな不安を覚えていた。怯えといってもいいかもしれない。俺は初めて自分の記憶を探すことを、この空白を埋めることに恐れを抱き始めている。
それでも記憶を思い出すことをやめることは出来なかった。ハーピアと出会ってから、いやあの事故があってからの俺の優先事項だ。俺の中にできた空白をきっかけに大勢の人間が動き、俺はその大勢の人間と関わっている。俺自身も色々なことを感じ、考え、それを元に行動している。
すでに事態は加速している。ハーピアの例えを借りるなら、俺が乗ったトロッコが走るレールはもう変更できない。倒れれば全部が台無しになる。引き返すことも、止まることもできない。
いや、してはならない。




